第二十五話 士官学校体術大会 後編 ─並び立つ者─
「第三回、フェルンベルク士官学校体術大会を始める!己に恥じることがないよう、全力を尽くすように。」
学長の宣言により、大会が幕を開けた。
本戦出場者は各クラス3名、全学年8クラス、計24名。事前の抽選でトーナメントは決定していた。
ルークは三回戦免除組となったため、あと3回勝てば優勝だ。順調にいけば、アッシュとは二回戦、ノエルとは決勝で当たる。
二人と本気で戦うことは滅多にない。だからこそ、ルークはとても楽しみにしていた。
ルークの一回戦の相手は、四学年で体ばかりがやけに大きい男だった。
無策に突っ込んできた巨体の懐へ滑り込み、ルークはそのまま背後へ抜ける。次の瞬間、相手は地面に沈んでいた。
数秒で終わってしまった戦いに、全く手応えはない。
二回戦は、予想どおりアッシュだった。
ルークとアッシュの対戦に合わせ、アルグレイ隊からはリア先輩とグレインさんが応援に来てくれていた。
一箇所に全員が固まると来賓としてはよくないため、裏で事前にあみだくじを行ったらしい。
何をやっているんだ、あの人たちは…
だが、応援したいと思ってくれる気持ちはなんだかくすぐったかった。
「よしっ!ルーク、負けないぞ。俺はリアさんに良いところを見せるんだ!」
「お前…それネタなの?本気なの?」
「本気に決まってるだろ!」
「ほう…お前に姉さんはやれねぇな。」
「キャー!二人とも私のことを取り合わないで!」
「リア少尉、少しは静かにしてください。恥ずかしいです。」
騒ぐリア先輩を横目に、ルークは気合をいれる。
「始め!」
これまでの相手と違い、アッシュは動かなかった。ルークの動きをジッと観察している。
やるな。
「そっちが来ないなら、こっちから行くぜ?」
ルークはアッシュへ向かって走り込む。右フックと見せかけてしゃがみ込み、足払いをかけた。
だが、アッシュは予想していたのか、後ろにステップを踏んで避け、そのまま蹴りを放つ。
「へぇー。アッシュもなかなかやるじゃん」
「ルークのフェイントは読みにくいんですけどね」
リア先輩とグレインさんが感心したようにアッシュを褒めている。
友達が褒められるのは誇らしい。
──だが、面白くはない。
「これならどうだよ!」
アッシュが突き出した腕を抑え込み、力が乗った瞬間にルークは体重をふっと抜いた。
力をかけていたアッシュの重心がぶれる。
ルークはその隙を逃さず、腹に拳を打ち込み、そのまま背中に肘打ちを繰り出した。
ついに、アッシュは前のめりに崩れ落ちた。
「そこまで!フェルンの勝利!」
「くそ、負けたぜ」
「よく言うよ、ちょっと焦った。強くなってんじゃん」
「俺だって鍛えてんだよ!」
アッシュの専門は剣術だ。
正直なところ、体術でここまでやるとは、ルークは考えていなかった。
「二人ともお疲れー!見応えあったよ!」
「ありがとうございます!負けましたー」
「いや、二年であそこまで動けたら大したものだ」
「精進します」
グレインさんに褒められているアッシュを横目で袖口で滴る汗を拭う。すると、パサっと後ろからタオルがかけられた。
「女の子が服で拭うんじゃない。」
小さく耳元で囁かれた声にルークが後ろを向くと、側には大佐が立っていた。
「なっなっなっ!近い!」
「聞かれたら困るのは君だろ。」
大佐は、飄々とした様子でそのままアッシュ達の元へ足を進める。そして、アッシュの戦いを褒め、助言を送っていた。
しっかり試合の様子は見ていたようだ。
沈めたはずのルークの宝箱が、すぐにガタガタと音を立てる。
深呼吸して、鼓動を落ち着ける。
2、3度深く息をすると、やっと静かになった。
ルークは小さく、息を吐いた。
心が思うように動いてくれなくて、
歯痒かった。
⸻⸻
アッシュに勝った後は、決勝だ。
相手はもちろん、知り尽くした相手。
――ノエルだ。
「兄さんか。やりにくいね。」
「手の内を知ってるのはお互い様だろ。」
パチンッ
手を打ち鳴らし、掌を合わせ、握り込む。
お互いを鼓舞する。
負けられない。
お互いに…この相手には。
「それでは、決勝戦を始める。
二年、ルーク・フェルン対ノエル・フェルン。
始めっ!」
見慣れた瞳と睨み合う。
視線の動きだけで相手の動きを読み取り、牽制し合う。
「おい、どっちも動かないぞ」
「どんだけ睨み合うんだ」
「バカ、あれは視線だけで戦ってんだ。たまに身体が僅かに動いてる。」
「嘘だろ、二年だろ…格闘家でも目指すのかよ…」
外野の声は、二人の耳には届かない。
お互いが僅かな動きを見逃すまいと、瞬きさえもしない。
──できない。
ふっと空気が動いた。
──先に、動いたのは、ノエルだ。
ノエルは大きく後ろにステップを踏んだ。そのままザッと足で蹴り上げ、砂でルークの視界を眩ます。
見えにくくなった視界の中、目を瞑ったままのルークが足を蹴り上げたのは、ルークの斜め後方。
誰もいないはずの空間に。
バシッ
ノエルは腕でルークの足を受け止め、ルークの足を掴み片足を払う。
ルークは体勢を崩したまま左手を大きく振るい、ノエルの頭を狙う。
察したノエルは身体を逸らし、そのまま後方に下がり距離を取った。
息もつけない攻防。
瞬きするたびに戦況が変わる。
学生の体術大会とは思えないほどの試合が繰り広げられていた。
「おい…もう10分は経ってるぞ。」
「あいつらの体力、化け物か…?」
先に隙ができたのはルークだった。滴り落ちる汗が目の中に入り、一瞬ルークの視界がぼやける。
瞬きで誤魔化そうとしたが、その隙を見逃すノエルではなかった。
ルークが瞬きをし、目を開けると…
ノエルの姿は消えていた。
どこだ。右か、左か。
どっちだ。
「──下だよ、兄さん」
ルークが視線を下に向けると、そこには足払いと共に、ルークの片腕を拘束しようとするノエルの姿があった。
「負けるわけにはいかないんだ。ごめんね。」
――避けられない。
ルークは体勢を崩し、地面に伏せる。ノエルは背中に体重を掛け、ルークを地面に拘束した。
「そこまでっ!勝者、ノエル・フェルン!」
「まじかよ…ルークが負けるのか。」
「ノエルってのほほんってしてるのに、強かったんだな…」
──能ある鷹は爪を隠す。
それが、ノエル・フェルンという男だ。
⸻⸻
「おつかれー!」
体術大会のあと。ご褒美の打ち上げ。
前々から決まっていたアルグレイ隊との夕食だった。
「三人とも強かったねー!」
「アッシュもうちの隊に来るか?引くて数多だな、あの実力なら」
「えー!とても光栄なんですけど、俺、王都にも行ってみたくて…でもアルグレイ隊の皆さんとも働きたい…」
「まだ先は長いんだ。これから悩みなさい」
「うううぅ…」
元気いっぱいなアッシュに、優勝して皆からバシバシ叩かれ、嬉しそうなノエル。
もう一人の主役であるルークは、隅でチビチビとジュースを飲んでいた。
「なんだ、不貞腐れてるのか?」
「違います…」
皆が少し気を使ってそっとしていたなか、ルークの隣に自然に腰掛けたのは大佐だった。
「上達していたな、二人とも。正直驚いたよ。」
「まだまだです。ノエルには負けました。」
「もう一度戦ったら、分からないんじゃないか?」
「いえ、負けますよ。俺はあいつには、多分勝てません」
大きくなった肩。追い抜かれた身長。全力で殴っても軽く流された拳。
──守っていたはずの小さな弟は、
いつの間にか自分よりも強くなっていた。
「いつの間にか、大きくなるんですね…」
「そうだな。ルークと、ノエルも。いつの間にか、大きくなっているよ。身体も、心も。」
「そう…ですかね……」
「そうだな。初めて会った時と比べると、見違えるようだ。小さかったのにな、二人とも。」
そうだった。
大佐は、幼い頃の俺らを知ってるんだった。
「あんまり、急いで大きくなってくれるなよ。」
ぽんぽんとルークの頭を優しく叩いて、大佐は去っていく。
その手は温かくて、ルークの目からぽろぽろと雫がこぼれた。
堪えていた感情が、涙となって溢れていく。
止めたくても止まってくれない。
「もー。泣き虫なんだから、兄さんは。」
影が落ちて、馴染みのある声にルークが顔を挙げると、大きくなってしまった弟が腰に手を当てて立っていた。
「あのねぇ、僕だって守られるばっかりじゃないの。
僕に守らせてくれたっていいんじゃないの?」
唇を尖らせて怒ったようにいう口調は、幼い頃に喧嘩をした頃と変わっていない。
変わっていく環境と、変わる立場。
その中でも、絶対に変わらないもの。
「兄さんは、僕の、僕だけの兄さんだよ。
──ね、ルシア姉さん?」
小声で囁いた弟に、ばっと顔を上げて、目を見開いたルークの目に、悪戯成功!と笑っているノエルの姿が飛び込む。
ふっと肩の力が抜けた。
なんだ、何も変わらないじゃないか。
「そうだな、俺たちは、二人だけの姉弟だ。」
「なぁにー!今日は"姉さんはやれない"とか言ってくれたのにー。混ぜて混ぜてー。」
お酒が入ったリア先輩が勢いよく突撃してくる。
「リア先輩、酒臭いです。」
「そんなこと言わないでー。お姉ちゃん泣いちゃう。」
「姉じゃないんで。」
「えー、今日、アッシュに言った言葉、かっこよくてキュンってしたのに!」
「おい、リアに何言ったんだ、ルーク。」
「ちょ!ちょ!何も言ってない!言ってないので、その右手のフォークを下ろしてください!ウィル先輩!」
「きゃははー!」
──変わらない関係に、隣にいつもいる弟。
一緒に並べることのできる仲間たち。
その形は、少しずつ変わっていくのかもしれないけれど、歩む先はこれからもずっと一緒だ。
それならば、いいじゃないか。
明るい顔となったルークを嬉しそうな、切なそうな顔で見つめる大佐の視線に、ルークは気づかなかった。
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