第二十三話 ほどけた夜の約束
「おーい、ルーク?おーーーい」
「ん?なに?」
「何じゃねーよ。最近おかしいぞ?大丈夫か?」
「何がだよ。普通だろ?」
講義の合間の休憩時間。
アッシュが兄に絡む姿を横目で見つつ、ノエルはため息をつく。
あの日を境に、兄の目は変わった。
大佐と話をして帰ってきたあの夜から。
何をしていても楽しそうで、いつも好奇心旺盛だった兄は、どこか自分を戒めるようになり、あまり笑わなくなった。
大佐と話した内容は聞いた。後日、自分も呼ばれて説明を受けた。驚いたし、そんな大切なことを隠していた兄に腹は立ったが、自分が守られていたのだと納得はしている。
でも今は、自分をあまりにも追い詰めすぎだ。
あれでは、心が壊れてしまう。
分かっているのに、どうすることも出来ない自分が歯痒い。
「やっぱり、大佐に頼るしかないのかな…」
これ以上、おんぶに抱っこは避けたかったけれども、自分では解決できそうにない。
──兄の心を動かせるのは、大佐なのだ。
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「ルークの様子がおかしい?」
「そうなんです。あの夜から、思い詰めたような顔をすることが多くて。張り切ってるならいいんですが、少し自分を追い詰めているように見えて。」
「家では普通だからあまり気づかなかったな。君の姉は、なんだかんだで隠すのが上手いからね。教えてくれて助かった。話をしてみるよ」
「すみません。僕で解決できれば良かったんですが……"大丈夫"の一点張りで、頑固で…」
「いや、君の前では年上でいたんだよ。そこは彼女なりの甘えだと思って、甘えさせてあげなさい。」
「そう言ってもらえると助かります。それじゃあ、よろしくお願いします。」
扉の前で一礼し、部屋から出る。
兄がお風呂に行っている隙を見計らって、大佐に話をしに来たのだ。
「大佐、人が居ないときには頑なに”彼女”って呼ぶんだよな。無意識なのか意識的なのか…」
大人の考えることは、分からない。そこにどんな意味が含まれているのか。
まっ、僕には関係ないしいっか。人の恋路に首を突っ込むもんじゃないよね、と切り替え、シルフィと遊ぶことにした。
今日も僕のシルフィは可愛い。
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「ルーク、ちょっといいか?」
次の晩、早速大佐は時間を作ってくれたみたいだ。兄が部屋に呼ばれて出ていく。
「大佐、頑張れー!」
妖精たちと共にエールを送る。
どうか、頑固な兄が素直になれますように。
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「最近、様子がおかしいぞ?大丈夫か?」
「え?何が?俺おかしい?なんかよく言われるんだよね」
「無意識…か?」
息を吐き出した大佐は、「やれやれ」と肩をすくめている。
その様子にルークはイライラした。どいつもこいつもなんなんだ。
そんなルークの様子を見て、大佐はまた口を開く。
「どこからどう見ても、普通ではない。気を張り詰めすぎだ、馬鹿者。」
「馬鹿ってなんだよ…」
「そんなんじゃ、上に上り詰める前に倒れてしまうだろう?まだまだ先は長いんだ。張り切るのはいいが、少し肩の力を抜きなさい」
「それは分かるけど、肩に力なんて入れてないって」
「そうか。なら、最近食事を美味しいと思ったことはいつだい?」
「え…いつ…うーん。」
「ほら、そういうところだよ。今日の晩御飯は美味しかったな。ノエルのクリームパスタは絶品だ。」
そう言われてみれば、ご飯を美味しいと思った記憶がない気がする。いつもの自分ならあり得ないことだ。
ここ一年、毎日ご飯が美味しいと幸せに感じていたのに。
「そうは言っても、肩の力の抜き方が分からないんだろう?君は、頑張り屋さんだからね。」
優しく細められた大佐の瞳は、何もかもを見透かされるようでルークは少し居心地が悪い。
どうして大佐は、こんなになんでも分かるんだろう。
「そうだな。張り切りすぎると、いいことは決してない。物事には順序がある。一つ一つ、積み重ねて、たどり着くものだ。」
「それは…分かってる…」
「そうか。それは良かった。
私の場合はね、最終的な目的は軍のトップに立ち、国民の生活を守ることだ。
だが、まだ力が足りない。だから、今は力を蓄えるときだ。
情報と、人材と、魔術──
私には、全てが足りていないからね。」
「大佐でも…足りないの?」
「そうだよ。全然足りない。
足りないからどうしようかと思っていた時に、同じ方向を向いて歩いてくれる君たちが来てくれた。力を貸してくれると言ってくれた。
今はまだまだ力が足りない。だが、確実に進んでいるだろう?」
「俺は……大佐の力になれてる?」
「なれているとも。
私が大佐になった最後の一押しは、君たちを見出して、私の部下に加えたことだ。
私の力ではないよ。君たちが、私を押し上げてくれた。
だが、私はそれを、情けないとは思わない。
私は自分の力だけで上に行こうとも、夢を叶えようとも思ってないからね。
──夢は、皆の力で叶えるんだ。」
大佐の言葉は、いつも素直にルークの胸に響く。
いつの間にか、俺は全てを背負って歩こうとしていたのかもしれない。
けれど、俺には共に歩く仲間がいる。共に目指すアルグレイ隊の皆がいる。大佐がいる。
──一人じゃないんだ。
「その顔だと、もう大丈夫そうだね。」
ほらまた。分かったような顔をしている。
この大人には、敵わない。
「迷ったら、いつでもおいで。
その代わり、私が助けて欲しい時、助けてくれ。
私はすぐに、助けを求めるぞ?」
冗談めかした顔をする大佐に、肩の力が抜ける。
「ほんと敵わない、大佐には。」
吐き出すように言った本音は、掠れていた。
「当たり前じゃないか。
私は君より13年も長く生きているんだ。君に負けたら私は泣くよ?
既に魔術では負けているのに、もう少しくらい大人ぶらせてくれ。」
「そろそろ寝なさい、明日も学校だ」
優しくそっと頭を撫でられ、背中を押される。
「ノエル、ルークが夜ふかししないように見張ってくれ」
「分かりました。ありがとうございます。」
部屋まで送り届けた大佐は、ノエルにウインクを残して帰って行った。
大佐がウインクなんて珍しい。
ルークが目をパチクリさせてると、「ほら、早く寝るよ」とノエルに急かされた。
「ん、分かった。」とモゾモゾとベッドに潜り込むと、すぐに電気が消される。
「明日からも頑張ろうな、ノエル」
「明日もきっといい日になるよ、兄さん」
変わらない挨拶。いつもの挨拶。
そういえば、この挨拶も最近は忘れてしまっていた気がする。
「ごめん、ノエル」
「なにが?」
「夜の挨拶、忘れてた。」
「今更気づいたの?重症だね、ばーか。」
ノエルが大佐になにか言ってくれたのかもしれない。優しい弟のことだ。そんな気がする。
「ありがとう。」
「これからも、一緒だよ。おやすみ。」
しばらくすると、ノエルの規則的な呼吸音が聞こえてきた。
ミアたちが遊んでいるのか、月光に照らされて妖精の羽がきらきら揺らめいている。
ルークは瞼を、そっと閉じた。
なんだか、いい夢が見れる気がした。
【御礼】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
あまり後書きに書くのは良くないと思うのですが、今回だけ。
ブクマや評価、リアクションを送ってくださる方々、本当にありがとうございます。
そして、レビューありがとうございました。
モチベーションがあがり、3月の毎日投稿分は書き終わることが出来ました。感謝しています!
完結まで絶対に書き切ります。
もう少しストックが溜まったら、更新スピードも週末中心に上げる予定です。
明日からはまた一日一回、朝の投稿になります。
よろしくお願いします!




