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妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む  作者: 月焔 レイ
第一章(2)【士官学校編】
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第二十二話 明かされる大佐の秘密



 執務室。


 珍しく入り口に鍵までかけた部屋には、いつになく硬い顔をした大佐と、アルグレイ隊が整列していた。


「今日来られていた王都の軍人。あれは、国王陛下だ。」


 その一言に衝撃が走る。ルークと、ノエルにだけ。他の人たちには事前に共有されていたのだろう。あまり動揺していない。


 チラリ、と先輩方を見ると、「そんな顔で見ないでよ。私達も視察の最中にヴァイス中尉から耳打ちされただけなんだから。知らせるタイミングがなかっただけよ。」と決まり悪そうに言われる。

 

「リアの言うとおり。今回の視察は完全にお忍びだ。私も知らされていなかった。大佐昇格についてもだ。」


 "完全にしてやられた"という顔をしている大佐は、苦虫を噛んだ顔をしていた。


「まぁ、今回の大佐昇格は前々から決まってはいたものだ。時期は前倒しになったがな。

 ルークとノエルの披露についても、概ねうまくいった。問題ないと言っていい。

 今回は、各自よくやった。感謝する。」


 その声に、他の人達の肩の力が抜ける。皆もなんだかんだと肩の力が入っていたようだ。


 「解散。」という声に合わせ、「監査も引っ掛かんなくてよかったねー。」という双子の嬉しそうな声が遠ざかっていく。


 いつもならすぐ傍で聞こえる皆の声が、どこか遠いもののように感じられた。

 

 その様子がおかしかったのだろうか。


「ルーク?ちょっと応接室来い。」

 

 大佐から手招きされ、大人しくついていく。


「どうした?先程から様子がおかしいが。魔術は見事だったぞ。」


 普段なら嬉しくなる言葉も、今日のルークには響かない。

 

「取り敢えず座りなさい。」


 スプリングの効いたソファーに腰を下ろす。足元がふわふわしていて、どこか現実味がなかった。


「どうした?らしくないな。何か心配事か?」


 向かいの席に腰を下ろした大佐が覗き込んでくる。


──この人を、巻き込んでいてもいいものか。

 ルークが縋れば、たぶん、きっと。助けてくれる。この人は、そういう人だ。


「どうした?」


 ルークが話すまで、じっと待ってくれている。

 

 ルークは悩んだ。

 

 この優しい人たちを、これ以上巻き込むか否か。

 だが、一人で解決できることではない事は明らかだった。ずっと探し続けた奴を、見逃すことは出来ない。


──ルークの心は、決まった。


「どうした。なんでも言え。

 私が力になる。そう、初めに誓っただろう。」


 呼吸を整え、話出そうとした瞬間、先に切り出したのは大佐の方だった。


 いつだってそうだ。この人は、助けて欲しいタイミングで、助け舟を出してくれる。


「今日、来た軍人の中に…あの日、村を焼いた奴がいた。」


 ゆっくり、静かな。それでいてしっかりした声で切り出したルークの声に、大佐は息を呑んだ音がした。

 いつかの、あの晩のように。


「……どいつだ。」


 大佐の、纏う雰囲気が静かに変わった。

 柔らかな空気は消え、代わりに場を支配する重厚な威圧が満ちていく。


「一番最後に車に乗った、黒髪のやつ。話してる軍人、国王陛下?に気を取られてたから、最後まで気付かなかった。」


 その言葉に、大佐は黙り込む。

 何かを、考え込むように。じっと目を伏せ、動かない。二人の間に、沈黙が落ちた。


「…この話は、長くなる。今晩まで、待てるか。」


 そう告げた大佐は、何かを知っているようだった。


 ⸻⸻


 いつもの、帰路。

 いつもの、晩ごはん。

 変わらない、日常。


 視察を終え、心なしか浮き足立つ皆に合わせるよう笑みを浮かべ、日常を過ごす。


 ルークの沈んだ心を悟ったように、ノエルだけが時折気遣わしげな視線を送ってくるが、敢えて無視をした。

 それに気づいているノエルも、問いかけては来ない。


「大佐のとこ、行ってくる。」

「うん、いってらっしゃい」


 静かに告げるルークの言葉に、温かな温度を宿した返事が返る。いつだってノエルは優しかった。


 コンコン。


 ノックの音が、廊下に響く。


「俺。ルーク。」

「開いている。入って、鍵を閉めてくれ。」


 扉を開くと、机に二つ、コーヒーが並んでいた。大佐は既にソファーへ腰掛けている。

 ポンポンと、横に座るよう促された。


「長くなるから、コーヒーでもと思ってね。先に用意しておいた」

「ありがとう。」


 沈黙が、落ちる。

 部屋の時計の針が進む音が響く。


 どちらから、切り出そうか。そんな沈黙。


「黒髪の奴だが。」


 先に切り出したのは、大佐だった。


「あれは、国王の息子だ。」


 発せられた言葉に、部屋の空気が凍る。

 荒れ狂うルークの心を表すように、部屋の温度が急激に下がった。コーヒーの表面に、氷が張る。


「落ち着け。大丈夫だ。私がいる。

 私は、お前の味方だ。」


 そっと、温かい手で、膝で白くなり震えている拳が覆われた。大佐の手が青白くなっているのを見て、慌てて深呼吸をする。


「ミア、お願い。」


 ミアに頼んで、部屋の空気を調整してもらう。「ミア?」と不思議そうな声をあげた大佐に、「あとで説明する。全部、話す。」と静かに返す。


「つまり、あいつは、国王の息子で。

 俺の村を、両親を殺したのは、王族で。

 俺は、そいつらの為に、今ここにいるってこと?」


 冷静になっているつもりだが、発した言葉は震えている。頭で理解はしていても、心がついていっていない。


「前半は合っているかもしれないが。

 一番最後のは、違うな。


 君は、私がいて欲しいから、ここに居るんだ。

 君の力が必要だから、ここに居る。

 決してマレディア王族の為に居るんじゃない。」


 その言葉に、ルークは目を瞬かせる。


 確かに、そうだけど。

 俺は、大佐のためにここにいるけど。大佐は国のためにいるんじゃないのか?


「少し、私の話を、聞いてくれるかね?」


 静かに、大佐は話し出した。


 この話はノアでも知らない。

 人に話すのは初めてだ。そう言って。


 大佐は、元々旧王族であるルミナリア王家に仕える騎士の家に生まれたらしい。


 両親共に騎士で、王子夫妻の護衛をしていた。

 旧王族が現王族であるマレディア王族に滅ぼされたときも、護衛任務に当たっていた。当時、大佐は10歳だった。


 大佐の両親は、王子夫妻を旧王都ルミエラから、フェルンベルクまで逃した。しかし、両親は、脱出の際の傷がもとで命を落としてしまったらしい。


 大佐は孤児院で育ち、魔術を発動したことで軍に入り、士官学校でヴァイスさんと出会った。

 士官学校卒業後、戦地に派遣された大佐は、自らの魔術で人を殺めなければいけない現実と、逆らうことが許されない自分の立場に絶望した。


 そして……いつか、この国を内側から変える。


 自国だろうと他国だろうと関係なく、共に栄えることができる国を作る。


 ――そのために、頂点に立つことを決意した。

 

 親友であったヴァイスさんにだけ、その想いを告げた。

 ヴァイスさんは、「お前が描く未来を、俺が支えてやるよ」そう返してくれたらしい。


 大佐は、淡々とした口調で事実だけを話した。


 感情を殺した声を出す瞳からは、いつもの温かい光が失われている。目の前に蘇る絶望に心奪われたかのように、闇に押し潰されそうな漆黒のようだった。


「大佐は、怖く…ないんですか」

「私はこれ以上、誰かを殺める方が怖いよ」


「自国を富ませるだけのために、国民を傷つけ、他国を攻め滅ぼすことに正当性がある訳ない。」


 そう搾り出すように吐き出した大佐は、どれだけの地獄を見たのだろう。


 彼らは、その道を歩み続けてきたのだ。

 いつか、自らの手で終わらせるために。


「だからお前が、奴に復讐したいのならば―」

「しないよ。復讐は、しない。」


 それは、何度も何度も考え抜いた末に辿り着いた答えだった。


「俺は……復讐は、しない。

 

 『復讐は、何も生まない。だから復讐に囚われるな。』父さんと母さんが、毎日そう言ってたんだ。

 その頃は何のことか分からなかったけど。

 もしかしたら、いつかああなることを、父さんたちは予想していたのかも。

 

 でも、奴が国王の息子で、今後も同じ事を繰り返す可能性があって。俺たちのような想いをする人がいるなら、俺は、それを止めたいと思う。」


「そうか。君は、強いな。」


「強くないよ。俺は、弱いから。一人では何も出来ないから。結局大佐に頼るんだ。」

「頼ってもらえてるのかい?」

「そうじゃなかったら、こんな話は出来ないよ。」

「そうか…」


 大きく深呼吸をしている大佐は、今、何を考えているのだろう。きっと、俺にはずっと分からない。


「私と共に、この国の未来を作ってくれないか。」

「もちろん。」


 初恋は、静かに宝箱にしまった。

 鍵をかけ、鎖で幾重にも巻き、二度と開かぬよう心の奥底に沈めた。


 今は、恋なんてしている場合じゃない。


―同じ方向を見て、歩くんだ。

 大佐と、ノエルと。アルグレイ隊の皆で。


 その夜、ある街の片隅で、

 王国の未来を変える小さくて大きな焔が灯った。

 

 

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