第二十一話 王都からの招かれざる客
「今度、王都から視察が来ることになった。」
無事に二年に進級し、平和ながらも充実した日々を過ごしていたある日、アルグレイ隊に集合の命令が下された。
いつもより緊迫した雰囲気を纏った中佐と、真剣な光を宿したヴァイスさんの姿に、自然と背筋が伸びた。
「ほぼ間違いなく、ルークとノエルの確認だ。恐らく魔法使いも同行し、魔術の披露を求められる。もう、隠さなくていい。私が何とかする。王都の奴らの度肝を抜いてやれ」
「「イエス、サー!」」
この二年で板についてきた敬礼で、ノエルと共に返事を返す。
前回の魔法使い試験では随分馬鹿にしてくれた。今回は、見返してやる。気合いは十分だ。
「当日は、お前らは士官学校だが、呼び戻す事になると思う。すぐに対応できるように学校側にも連絡を入れておくので、そのつもりでいろ。
一旦は通常視察の連絡が来ているため、他の奴らは通常視察の準備だ。監査を兼ねているので書類整理も忘れるな。以上だ、解散」
「イエス、サー」
返事を合図に、それぞれの机に散らばる。
「監査やだー、書類反対ー」
「しょうがないでしょ。まずは経理関係と報告書の確認だね」
「それが無理なんだって…」
「ほらほら、キビキビ動いて。双子はこっちをよろしくね」
「はーい。」
緩い雰囲気ながらも、次々と役割が決まっていく。
いつもの事ながら、切り替えが早く、仕事が捌ける人たちだ。
「ルーク、ノエル、ちょっと来い」
中佐に呼ばれ、応接室へついていく。
「先ほども言った通りだ。
要請があった場合は、全力で魔術を放っていい。逆に、こいつらは制御できる奴の下に置いて利用したほうがいい。そう思わせる威力でいけ。
中途半端が一番不味いからな」
「分かりました。全力は得意です」
「中佐のもとで制御させたほうがいいと思われればいいってことですね。」
「その通りだ。ノエルは聡いな。ルークも全力で頼むぞ。」
そこまで話した中佐は、軽く息をつくと、それまで纏っていた雰囲気をふっと緩める。
それに合わせ、俺たちも緊張を解いた。
「まぁ、お前らのことは大して心配してない。
元々、魔法使いは気難しい者も多いから、大抵魔法使い側が希望すれば通ることも多いんだ。
望んだ環境に置いた方が威力を発揮することが多いからな。王都の奴らは私が想定してる限りなら、どうとでもなる。
前回の憂さ晴らしするくらいの気持ちでいってやれ」
「ほーい」
「兄さん、気を緩めすぎ。兄さんの手綱を離さないよう頑張ります」
「頼んだぞ、ノエル」
「なんだよ二人とも…俺の扱い酷くねぇか…?」
笑った弟に慰めるように肩を叩かれる。
どちらが年上かわからなくなり、余計にルークは肩を落とした。
⸻⸻
穏やかな春が過ぎ、ジリジリと日差しが照りつける初夏。
遂にその日はやって来た。
「ルーク、ノエル、司令部から呼び出しだ。至急、司令部へ向かうように。今日は戻らなくていい。急げ。」
「「イエス、サー!」」
来た!とノエルと目を合わせ、慌ただしく荷物を片付ける。
「頑張れよ」と囁くアッシュに、力強く頷く。
──やってやろうじゃねーの。
最近、金平糖を大量に食べることが出来てご機嫌なミアは、視界の隅で腕まくりをしている。ミアも俺も、気合いは十分だ。ぶっ放してやる!
賽は投げられた。
⸻⸻
「ルーク・フェルンです。招集に従い、参りました。」
「ノエル・フェルンです。同じく、参りました。」
「ほう。彼らが。
こんにちは。学校は楽しいかね?」
「はい!中佐のもと、充実した日々を過ごさせてもらっています。」
「学びある機会を与えていただき、中佐には感謝しています!」
目線の端に捉えた中佐の顔色はいつもよりも悪く、硬い表情をしている。業務中には珍しい表情だ。大抵が想定内だ。と飄々とした態度で顔色を変えないことが多いのに。
「ふむふむ。中佐の下で励んでいるようで何よりだよ。あぁ、今日先ほど、中佐じゃなくなったんだ。
大佐に昇格したからね。これからは大佐と呼びなさい。」
目を見開き中佐の方を見ると、こちらを見て頷いた。
本当のようだ。そんな事は一言も言っていなかったのに。
知らされていなかっただけかと思ったが、中佐、いや、大佐たちの顔を見る限りは大佐たちも想定外だったようだ。
「は、おめでとうございます!大佐!」
「おめでとうございます!」
「あぁ、ありがとう。その話は後でしよう。」
向き直れ、というように視線で促され、ルークたちは王都から来た軍人へ姿勢を正す。そして、改めて観察すると、幾つか前回とは異なる点に気付いた。
まず、服装がなんだか豪華だ。キラキラした飾りが付いているし、生地も上等そうだ。
そして、纏う雰囲気が妙である。前に立ち、視線を受けるだけで重圧を感じるというか、あまり心地いいものではない雰囲気がある。
まるで軍人というより、別の何かのような圧があった。
何だか様子がおかしい。だが、どうすることもできない。自分は、粛々と命じられたことを実践するだけだ。
「魔術が得意なんだってね。見せてくれるかい?」
「「イエス、サー」」
演習場へ移動し、ルークは中央に立つ。
披露する魔法は、前と同じ。ミアと放った季節を冬にする魔法だ。最もインパクトがあって、分かりやすい。
凍るのが分かりやすいよう、事前に司令部の人たちが演習用のカカシを、あちこちに立ててくれていた。
魔法に巻き込まないよう、ルーク以外の人達は演習場に設けられた観覧席に座り、万が一に備えて大佐が結界を張ってくれている。
大佐が結界を張り終わり、こちらに合図を送ったのをみて、ルークはミアを呼ぶ。近くに人が居ないので、聞かれる心配もない。
「おいで、ミア」
「よし来た!出番ね!派手にいくわよー!」
いつもの調子のミアに笑みが溢れる。頼りになる相棒だ。そう来なくっちゃ。
大きく深呼吸し、目を閉じる。
全てを凍らし、息をするのも痛いくらいの冷気をイメージする。思い出すのは、凍りついた森。太陽の光を受け、きらめく氷柱。
……いける。
「ミア、いけ!冬をよべ!」
「りょうかいっ!お任せあれっ!」
ミアが飛び回り、キラキラと光が満ちていく。
急激に下がる温度。ピキ、ピキ、と凍結音を立てながらカカシ達が白く染まっていく。
頬を撫でる風は冷たいのに、不思議と心地良かった。
「完璧ねっ!」
自信満々なミアの言葉に目を開けると、そこには一面の冬景色が広がっていた。無事だったのは、大佐が結界を張った観覧席だけだった。
観覧席の人々は、驚愕に目を見開き、顔色を失っているのが見えた。どうやら度肝を抜くことには成功したらしい。
ルークは少し肩の力を抜き、周囲を見回す。
急激に気温を下げたことで、凝固したらしい水分は、演習場の上に霜となって舞い降りている。おかげで一面銀世界だ。カカシには氷柱がぶら下がり、白い霧がうっすらと立ち込めている。
「やるじゃん、ミア」
「当然でしょ。ミア様よ?」
あちらこちらを飛んで確認していたミアが、肩に帰ってくる。耳を触るふりをして、ミアの頭をそっと撫で、「ありがとな」と御礼を言う。
ミアは嬉しそうに笑い、足をパタパタさせていた。
⸻⸻
観覧席へ向かうと、王都からの軍人からルークは声をかけられた。
「これは、凄い威力だな…いつも出来るのかね?」
「力を溜めないと無理なので、ここまでの規模を連発は出来ませんが、ある程度は」
「そうかい。これは、文句なしの特級だな」
「ありがとうございます。」
「次は…ノエル君だったかね?頼めるかい?」
「イエス、サー」
ノエルが返事をし、身を翻す。
「君の後では可哀想かね?」
「そんな事はありません。弟も中々の実力です。」
心配する軍人に問題ないと返事をする。当たり前だ、ノエルの魔法は凄いのだ。
ノエルは先程俺が立っていた位置に立ち、辺りを見まわし苦笑していた。
大方、こんなに凍らせるなんてと呆れているのかもしれない。
ノエルがシルフィを呼んだのが、シルフィが飛び回った事で分かった。
ノエルの纏う雰囲気が変化する。澄んだ、煌めくような、神聖な雰囲気がする。
ルークは、ノエルが魔法を使うのを見るのが好きだ。ノエルらしくて、とても優しい。
目を瞑り、ノエルが手を広げる。
すると、みるみるうちに凍りついた地面が溶け、土から芽が噴き出してくる。ノエルが手を上に上げると、それに合わせてグングンと芽が伸び、草原となっていく。
草は成長を止めることを知らず、蕾をつけ、色とりどりの花を咲かせた。
ノエルが目を開けたそのとき、辺りには一面の花畑が広がっていた。
先ほどのルークが"冬"を呼んだのに対し、ノエルは"春"を呼んだのだ。
「なんと…美しい…」
シルフィに笑いかけるノエルの表情は柔らかい。シルフィが見えていない人たちは、ノエルが微笑んでいるように見えるだろう。
それは、聖母のような光景だった。
「これ…演習場、どうするの…?」
コソコソと囁く双子の冷静な声に、確かに…と現実に戻される。
これでは暫く使えないかもしれない。ノエルと相談しよう。
いつまでも呆然とし、帰ってこない王都の軍人たちは放置して、アルグレイ隊の者たちは囁きを交わしていた。
⸻⸻
「見事であった。いいものを見せてくれてありがとう。幻想的で、神の奇跡を見せてもらった気分だ」
「ありがたいお言葉をいただき、ありがとうございます。」
王都へ戻ると言う軍人たちを見送りに来ていた。
「君たちは兄弟だったね。
軍に、これからも尽くすつもりかい?」
微笑んだ表情と対照的に、その視線は、鋭い光を帯びていた。その視線に、姿勢を正す。
これは、間違えることのできない問いかけだ。
「はっ。我ら兄弟は、アルグレイ大佐のもとで、この力を国民のために使いたいと考えております。」
「そうかい。国民のためにね。それは心強い。これからもよろしく頼むよ。」
一瞬、笑みが消え、射抜くような視線を向けられたような気がした。瞬きをするとその視線は立ち消え、先程の表情は幻だったように柔らかい表情を浮かべた軍人は、踵を返し、車に乗り込んでいく。
最後に乗り込んだ軍人の横顔を見て、ルークの呼吸が止まった。
──その男は……黒髪だった。
1日足りとも忘れたことはない。
「つまらない」
そう吐き捨てて全てを焼き払った、あの横顔。
ルークが目を見張り、呆然としている間に、軍人たちは車に乗りこみ去っていった。
「参ったな…」
姿が見えなくなったのを確認し、踵を返した大佐が落とした一言が、耳に残った。
ルークは、ただ一人、その場から動けなかった。
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