十九話 初恋は、ハーブの香りがした
「あー。マジで無理だ。頭パンクしそう…」
アッシュは机に突っ伏している。一問解いてはこの調子で、最早寝ている時間の方が長い。
そんなアッシュにルークは声をかけた。
「嘆いてる暇あったら一問でも覚えろよ」
「いいよな、お前には…いい頭があって」
「頭だけじゃなくて全部だけどな」
「うわ、マジでうざい。一回落とし穴に落ちろ。」
「落ちるだけでいいのかよ。優しいな、お前」
期末試験に向けた追い込み勉強会。
珍しく週末、全員が勤務だったので、アッシュとリオを呼んで勉強会をしている真っ最中。
この期末試験が終われば、ニ年に進級である。
なかなか濃い一年だったな…
思わず遠い目になってしまう。
これがあと三年かも続くのかと思うと気が遠い。
結局、校外授業の報告は王都に上がり、一旦預かりになったらしい。
内容の精査が必要とのことで、中佐のところにも質問書が届いているという。
そして、助けたクラウディオは、これまでの平民を見下す態度を完全に改め、なぜかルークの信者のようになっている。正直、ちょっと気持ち悪い。
毎日の訓練は厳しいし、授業や課題も忙しい。それでも充実した毎日を送ることができたのは、こいつらがいたからだよな。
頬杖をついて、まだぐだぐだしているアッシュを見る。
すると、アッシュは少し顔を赤くして、「な、なんだよ!」と怒り出した。「なんもねーよ。早くやれ。」とルークがアッシュの頭をペン先で突くと、「痛い!」とアッシュは騒ぎながら、参考書へ戻って行った。
⸻⸻
「終わったー!」
「お疲れー。マジで疲れた。」
「あとは実技と銃撃だけ?気が楽だな」
「気が楽なのはお前だけだよ、ばーか。」
「まぁまぁ、皆で打ち上げに行きましょう」
リオに宥められ、4人で校外へ繰り出す。
実技試験に関しては、今さら足掻いても遅いため、ご飯を食べにいく約束を前からしていたのだ。しかも、アルグレイ隊の皆も一緒だ。
士官学校の筆記試験の辛さは身に染みているらしい。夜遅くまで頑張るルークとノエルに、よく差し入れを持ってきてくれた。
そして、試験終了後は、アッシュとリオも交えて、ご飯に連れて行ってくれると約束してくれていたのだ。
⸻⸻
「こっちこっちー!」
店の前でブンブン手を振っているリア先輩は珍しく私服だった。よく見たら、全員私服だ。珍しい。
「すみません、お待たせしました。」
常識人組のノエルとリオがぺこりと頭を下げる。
「ん!ちゃんと着替えてきて偉い!」
流石に士官学校の制服で行ったらまずいだろうと、全員で着替えて来たのだ。危なかった。『よくね?』と言ったルークを止めてくれた常識人組に感謝だ。
「それでは!期末試験お疲れ様ー!無事ニ年生上がれたらいいね!」
「そんな不吉な事言わないでくださいよ。」
みんなで笑いながら乾杯をする。
大人組はビール、子供組はジンジャーエールだ。
美味しいご飯に、気心の知れた家族のような人達。楽しくないはずがなかった。
「でもなぁ。こんなにちっちゃかったのに。大きくなったよな、お前ら」
「誰のことですか、それ。俺らあったの2年前ですけど」
「え、そうだっけ?」
適当なことを言って笑っているウィル先輩は少し酔っているのだろうか。
アッシュは憧れの中佐の横でカチンコチンになりながら、何かを一生懸命話している。
そろそろと近づくと、話している内容は俺の士官学校での様子らしい。
保護者に告げ口された子供のような気分になり、思いっきりアッシュの頭をはたいてやった。
「何話してんだよ。」
「だって中佐が聞きたいっていうから、お前のスーパーマンぶりを話してただけだって」
「そうだぞ、ルーク。頑張ってるらしいじゃないか」
褒められる声に、ぼっと顔が赤くなる。
「そんなことねーし!もう話すなよ、ばーか!」
ゲシッと蹴りを入れ、ノエルのところに行き、後ろから抱きつく。
「ゔーーーー。」頭をガシガシ背中に擦り付けると、「ちょ、邪魔。どしたの?」と迷惑そうな声がする。
「なんもない。」「何にもないなら離して。」「やだ。」「やだじゃない。」そんな不毛なやり取りをしていると、「こら、ノエルを困らせるな。」とヴァイスさんに首根っこを掴まれた。
ぶらーんと猫のように摘まれたルークは、この際ヴァイスさんでもいいと、首に抱きつく。
「助けてー、ヴァイスさん。胸が苦しい」
「どうした?間違って酒でも飲んだか?」
「飲んで無い。それはまずいでしょ。」
「そうか。じゃ、どした?胸が苦しいって……恋みたいだな」
お年頃か?とククッと笑うヴァイスさんを呆然とした顔で見つめる。至近距離であった瞳はキラキラしていた。そういえばこんな距離感で見たのははじめてだなー。と思った瞬間、
後ろからベリッと引きはがされた。
「あ、中佐。その面倒なの持ってっていいですよ。」
「え、中佐!?!?なんで!?」
抵抗も虚しく、あっという間に抱え込まれて連行される。
隅の方まで連れて行かれ、そのまま膝の上にのせられた。
「お前は…少しは女の子だという自覚が本当にあるのか?」
周りに聞こえたら不味いからか、潜められた声は少し掠れていて心臓に悪い。
吐息が耳にかかり、耳に血が集まるのがわかる。胸の痛みはさらに増し、痛いくらいだ。
「な、なにが。」
「密着しすぎだ。馬鹿者。」
「今も変わんないじゃん」
「私はいい。保護者みたいなものだからな。」
「全然意味わかんない。違うだろ」
顔を上げると、アメジストの瞳と間近に目が合ってしまい、慌てて逸らした。
ドクン、ドクンと鼓動が聞こえてきそうだ。
「最近、すぐ視線を逸らすな。前は威嚇した猫みたいに逸らさなかったのに」
そんなことない。と言い返そうとしたが、確かにそうかも知れない。目が合っても照れくさくてすぐに逸らしてしまうのだ。
なんでかな、と思っていたけど、先ほどのヴァイスさんの言葉で答えが出た気がした。
深呼吸をして、整理をする。
でもきっと、答えは合っている。
────俺……中佐のこと、たぶん好きなんだ。
子供の頃、助けてくれて。
街で拾って、居場所をくれた人。
俺たち姉弟を大切にしてくれるこの人が。
ストン、と胸に落ちた。
だが、中佐にとって俺たちはあくまでも"保護対象"だ。
胸が痛い。ズキズキした。心臓から血が出ているみたいだ。
初恋の自覚と同時に、失恋まで来るなんて早すぎる。
できることなら、もう少し希望があって、もう少しだけ甘酸っぱい恋がしたかった。
──初恋は、あの時と同じハーブの匂いがした。
温かくて、近くて、途轍もなく遠い。
大人の男の人に恋をして、失恋した。
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