第十七話 発動する魔法、凍りつく森
ピィー
教官のホイッスルが深い森に木霊する。
朝の集合時間。
日は昇ったばかりで、森には冷たい空気が漂っている。
周りを見ると、まだ眠りこけていた班もあったのではないだろうか。
事前説明では、ホイッスルから10分以内に撤収を完了させて集合とのことだった。
先輩達曰く、それでも実際の行軍よりは事前にある程度の時間が分かっているだけ易しいらしい。確かに。
ルークたちのグループは、すでに天幕の撤収まで終え、火を消す前に作ったスープを啜っていた。
「うめー。これ。さすがリア先輩だぜ。」
リア先輩信者のアッシュは、ウィル先輩がお勧めした固形スープまでリア先輩の手柄としている。いつまでものんびりスープを飲んでいるアッシュに、ルークは声をかけた。
「そろそろ片付けるぞ」
「へいへーい」
水魔術で水を出し、簡単にコップを濯ぐ。簡単便利、水魔術。
普段あまり有用性を感じなかった水魔術が、こういう環境では驚くほど頼りになる。
「よし、行くぞ!」
教官の側に行くと、ちょうど教官がもう一度ホイッスルを吹こうとしているところだった。
「お、流石だな。間に合ったのはお前らだけだ」
「まぁ毎年のことだけどな。間に合うのは1組いるかいないかだ。」と教官は肩をすくめている。
「心配するな、間に合わなかった奴らには罰則があるからな。」
「いえ、全然心配してません。」
思わずルークは突っ込んでしまうが、教官はククッと笑っただけだった。
暫く待っていると、チラホラと集まってくるクラスメイト達。遅れた分数に応じた罰則を課せられ、阿鼻叫喚だった。
ちなみに、2分遅れたグループが帰営後すぐに5キロ走を命じられたらしい。それを聞いただけで背筋が寒くなった。
朝日が昇る前に準備を始めたノエルは、アッシュとリオに拝まれていた。
「よし、全員揃ったな。
今日はもう少し奥に進み、魔獣と戦闘を行う。想定はスパイクラットやフォレストモンキー程度の弱い魔獣だが、万が一凶悪な魔獣が出た場合はすぐに各グループに配布したホイッスルを吹いて逃げること。
では、奥に進む。」
「俺、魔獣見るの初めて」とワクワクしているアッシュを横目に、万が一に備え、小声でミアを呼ぶ。
「ミア、ごめんけど、今日は近くにいてくれ」
「ふふん、しょうがないわね」
珍しく頼み事をすると、嬉しそうに肩に留まって足をブラブラさせている。羽が頬をくすぐり、ふわりと甘い気配が漂う。
「珍しいね。」
何がとは言わずに、ノエルが声を潜めて問いかけてくる。
「んー、ちょっとな。保険」とルークは答え、ちょいちょいとノエルを手招きする。
耳を寄せたノエルに、「お前も、一応シルフィ呼んどけ」と伝えた。
驚いた顔をしたノエルもコクンと頷き、こっそり「シルフィ」と囁き、肩に乗せていた。
本当は魔法の使い方まで説明できればよかったのだが、昨日の今日では二人っきりで話すことはできなかった。
最悪の場合は、「名前を呼んでイメージしろ!」と伝えるだけで、ノエルならなんとかするはずだ。
万が一の備えにも万全にし、森の奥に進む。
森の奥は、薄暗く、陽の光も届かなくなっていく。
木々の緑は次第に濃さを増し、足元の落ち葉はじっとりと湿り気を帯びていく。
⸻⸻
「ここで魔獣を探す。あまり広くは散らばらないように注意して。講義でやった内容を忘れるな。怪我をしないように、健闘を祈る!」
教官の声を合図に、散らばる。
ルークたちは川の音がする方角に足を進めた。
ザクッザクッ
湿気た落ち葉を踏み締める音が響く。緊張しているのか、皆無言だ。辺りを警戒し、音に耳を澄ませる。
ザワッ
背筋を冷たいものが駆け上がる。ハッと上を見ると、緑色の猿と目があった。ニィっと笑う表情に鳥肌が立った。
「上!フォレストモンキー!」
鋭いルークの発声に各自散らばり、上を見上げる。フォレストモンキーは単体では弱いが、3〜4匹の群れをなす。1匹いたら4匹いると思えと講義で口酸っぱく言われていた。
「右上、2体」
ノエルが追加で見つけたらしい。
見つけた個体から目を逸らさず、僅かに視線をやると、ノエルと視線を合わせているであろう個体が見えた。
そちらはノエルがなんとかするだろう。ならば、ルークはこっちだ。
息を吸い込み、手のひらにマナを集める。熱を感じる。
中佐と繰り返し練習した鍛錬の成果で、発動スピードは速くなり、精度も高くなった。
今なら、戦える。
「ウォーターカッター」
指先をフォレストモンキーに向け、水を噴射する。
振動する水が、すべてを断ち切る。
ジャンプして避けたフォレストモンキーだが、脚を掠ったらしく、落下した。
その隙を逃さず、アッシュの剣が深々と突き刺した。
フォレストモンキーは断末魔をあげ、動かなくなった。
「ナイス!」とアッシュに声をかけ、ノエルの方を確認する。
ノエルはグロウフォレストで枝を伸ばさせ、フォレストモンキー達を拘束していた。隠れていた1匹も見つけ出したらしい。拘束された魔獣達はリオの投げナイフで絶命している。
「なんとかなったな。」
合計で4匹の魔獣を一瞥し、他に気配がないか確かめる。
教官に提出するため、心臓近くにあるという魔石だけくり抜いた。
魔石を抜いた死体は暫くすると消えるらしく、そのままで良いと言われている。
「一旦、一息つきたいが…」
その時、ホイッスルの音が静寂を切り裂いた。音は、すぐそばから発されている。
反射的に全員がそちらの方角を向き、頷く。
誰も脚を止めなかった。
「た、た、たすけて…」
辿り着くと、そこにはクラウディオが尻餅をつき、ジリジリとにじり寄る、巨大な熊型の魔獣と対峙していた。
サッと視線を巡らすが、教員の姿は見えない。
何度か先程ホイッスルが鳴っていたため、そちらの救助に向かっているのだろう。弱い魔物でも遠慮なく鳴らせと言われていたから不安になったグループはすぐに鳴らしているのだ。
「おい!こっちだ!」
ルークはとりあえず声を上げて、尻餅をついたクラウディオから魔獣の注意を惹きつける。
「アッシュ、リオ。今のうちにクラウディオを助けろ。ノエルは俺のフォローを頼む。」
「でも!」
「早くしろ、全滅するぞ。あいつはブラッドベアーだ」
その名前に、アッシュ達はヒッと息を呑む。一年がなんとかできる代物ではない。
正規の軍人が銃器を装備し、分隊規模でようやく討伐できる魔獣だ。
魔術が使えるからと言って油断はできない。相手は狡猾で、知能も高い。
ルークは魔獣から目を離さないまま、軽く魔術で牽制し、全力で走る。視線は逸らさない。
ルークの発した魔術に反応したのか、ブラッドベアーは木を薙ぎ倒しながら、物凄い勢いで追いかけてくる。
「まじかよ!やばすぎるだろ!」
「ルーク!名前!呼んで!イメージ!」
「そうだった。頼むぞ、ミア、行くぞ。」
急ブレーキをかけ、目を瞑る。ブラッドベアーが迫る気配がする。
ブラッドベアーの影が、目前まで迫る。
「兄さん!」
ノエルの悲鳴が耳に届く。
大丈夫、俺はやれる。目を閉じ、前に手を出し、息を吸う。
「ミア、いけ。」
「まっかせてー!」
ミアが肩から飛び出す。
強くイメージする。
巨大な水塊が魔獣を包み込み、世界ごと凍りつく光景を。
目を開けた瞬間─
森は一瞬にして、氷雪世界へと変貌していた。
そして、ルークの真正面には、向かって腕を振り上げたまま、凍りづけられた魔獣の姿があった。
「これ、やばくね…?」
「うーん。ちょっとやり過ぎちゃった?」
「張り切っちゃったー」とクルクル回るミアを横目にため息を吐く。
どう誤魔化そうか…無理だ…誤魔化せない。
これからやって来るであろう教官への言い訳を必死に考えていると、泣きそうな顔で抱きついてきたノエルに死ぬ程怒られた。
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