第十五話 過保護な大人たち
アッシュ達との買い出しの日。
官舎の前にはなぜかルークとノエルの他に、私服姿のリア先輩とウィル先輩も立っていた。
「なんで先輩たちもついてくるんですか。」
「だってー。ルークとノエルが初めて友達と遊びに行くんだよ!?ここは姉として、ちゃんと着いていかないと!ちょうど私休みだし!」
「誰が姉だ!?」
「ねぇ、俺いらなくない?帰っていい?」
「ダメに決まってるでしょ!ルーク達の友達は私たちが見極めないと!」
気合を入れているリア先輩のことは、無視するのが一番だ。とルークは割り切った。
これは何を言ったところでついてくるだろう。
「楽しみだねー。どんな子たちだろ?」
「兄さんとそっくりですよ」
と失礼なことを言う弟を蹴飛ばしながら、士官学校へ向かう。
ミアとシルフィも、いつも通り元気にキラキラと光を撒きながら飛んでいる。
二人はいつも二人でキャッキャしていて楽しそうだった。
基本的に、二人っきりにならないと話しかけてこないのだが、長年見えていなかったからか、それでつまらなそうにしている様子もない。ふと目が合うと、嬉しそうに笑いかけてくる。
「おはよう!ルー…リア先輩!?!?」
驚きと緊張のあまり声が裏返っているアッシュに、本気で好きだったのかとルークは苦笑した。
「お、おい。どういうことだよ。なんでリア先輩が!?」アッシュに隅に引っ張られ、耳元で囁いてくる。どうでもいいが、近い。近すぎる。
「なんかついてくるって言って聞かなくて…嫌なら帰そうか?」「滅相もない!ルーク様!」と拝んでくるアッシュの頭を叩いて皆の元へ戻った。
リア先輩たちにアッシュたちを紹介する。
「こいつが、アッシュで、小柄な方がリオ。リオは優しくていいやつ」
「俺は!?」
「お前はうるさい。」
アッシュといつものように話していると、
「えー!ルークがなんか年相応!戯れてる!可愛い!」
ぎゅーっとリア先輩に抱きつかれた。
なされるがままにされていると、ウィル先輩にペリッと引き剥がされた。
「引っ付きすぎだ、ルーク」
「いや、俺なんもしてませんよね?見てましたよね?」
「そんなに抱きつきたいなら俺が抱きついてやる。ほら」
「わー、いらない。本当にいらないんで離してください」
「…お前、なんかいい匂いするな?」
「あー、昨日シャンプー変えたんでそれでですかね?」
「え?ほんと?ほんとだ!いい匂い!それ今日貸して!」
「ダメに決まってんだろ。」
騒いでいる3人を横目に、「ルークっていつもあんな感じなの?」とアッシュとリオがノエルに尋ねる。
「んー。おおむねあんな感じかな?兄さん揶揄うのが楽しいらしくて、皆に構われてるよ。たまに僕も巻き込まれるから基本は逃げてる」という答えに、「愛されてんだな…」と遠い目をしていた。
「そろそろ行くよ」というノエルの掛け声に、一行は出発する。
軽く昼食をとってから、雑貨店や食料店を巡る。
流石、戦場経験がある双子の意見は、非常に参考になった。
参考になりすぎて、少しずるをしている気分にもなった。しかし、人脈も実力のうちだ。しなくていい苦労はしなくていい。
そんな訳で、なんやかんやあった買い出しは無事に終了した。
⸻⸻
夕食の席。リア先輩は自慢げにみんなに今日の話をしていた。
「ルーク達の友達、素直な子たちだったよ。」
「なんだ、お前たち。本当に着いて行ったのか。弟離れが出来てないな。」
「えー。中佐までそんなこと言うんですか。酷い。」
泣いたふりをしているリア先輩は、皆から無視されている。
「校外授業か…懐かしいな…」
「俺たちの時は、ブラッディラビットが出てきて大変だったんだよ…」
「え、ヴァイスさんのとき、本当に出たんですか?」
「ああ。あの時は、レオン、あ、中佐が結界魔術で防いでくれてさ。その隙に必死で逃げたり、攻撃したりしてなんとか仕留めたんだ。」
大変だった…と遠い目をしたヴァイスさんの目は疲れていて、本当に大変だったのだろう。
「意外と奥まで行くからさ、結構魔物も出てくるんだ。ルークたちは魔術があるから大丈夫だろうけど、気をつけてね。」
「はーい」
「分かりました。気をつけます」
食事を終え、順番にシャワーを浴びた。
廊下を歩いていると、ふっと人の気配がし、不意に腕を引っ張られた。
”パタン”と扉がしまる。
ふわっとしたハーブの匂いに全身が包まれた。
温かな感触に、なんだか懐かしい温度がした。
周囲を見渡すと、隙間からしか見たことがなかった中佐の部屋だった。
「初めて見た」と部屋の中を見回していると、「はぁ…」と中佐のため息が降ってきた。
「お前な…少しは警戒しろ。女の子だろ。」
「警戒しろと脅す意味で連れ込んだのに、なんだか気が抜けた」と顔を手で覆っている。
「取り敢えず座れ」とソファーを指さされ、ソファーに腰を下ろす。
高いソファーなのか、スプリングが効いていてふわふわする。
気持ちがいい。
そのまま跳ねていると、呆れたようなため息がまた降ってきた。
「お前なぁ…」
「だって…警戒しろって、中佐だよ?」
立ったままの中佐を見上げると、自然と上目遣いになる。
少し息を呑んだ中佐は、トンと肩を押し、体重をかけてきた。
気づいた時には、背中は柔らかいソファーに押し付けられていた。
「え…え?」
状況が理解できず困惑していると、耳元で中佐の低い声が響いた。
「私でも、一応は男だ。
お前は、いくら外に男だと言い張っていても、もう13だ。
そろそろ隠しきれないことも出てくる年頃だ。
それは少し、もう少し、自覚しろ。」
心配なんだ。と囁く至近距離にあるアメジストの瞳がゆらゆら揺れている。
「こうして簡単に連れ込まれて、座れと言われたら素直に座る。
押し倒されても抵抗せず大人しく囲われている。
分かるか?どれだけ危険な状況か」
俺も、皆も、お前に傷ついてほしくない。なのにお前はこの調子だ。とため息を吐かれる。
「だって、中佐はしないじゃん、そういうの」
「私はしないかもしれないが、友達や同級生、先輩は分からんぞ。
そのくらいの年頃だと、男でも手が出る奴は出る。」
だから用心しろ。頬に、そっと熱を落とされた。
そっと引っ張り起こされた。
ん?熱?
「ほら、そろそろ寝ろ。ちゃんと用心しろ。頼むから。
娘が心配でたまらない父親の気持ちが、今なら痛いほど分かる」
「父親って歳でもねーだろ」
「例え話だよ、例え。」
中佐にそっと背中を押され、部屋から追い出された。
「おやすみ、ルシア」
耳元で囁いた吐息混じりの声が脳を揺らし、パタンと背後で扉が閉まる音がした。
ルークは一人、廊下に取り残される。
「はぁ!?!?」
遅れてやってきた熱が顔に上がり、暑くてたまらなくなる。
ずるずると床に座り込んだ。ひんやりしていて冷たい。
初めて感じた全身の熱。至近距離の瞳。全身を包んだハーブの匂い。
なんであんなに冷静でいられたのか、自分でも謎だった。
「なんだよ、もう…」
ルークはゆっくりと手で頬を抑える。
熱が残った場所をなぞる。いつまでも消えない温かい熱。
「ずるいだろ、そんなの…」
──それは、初めて感じた、大人の熱さだった。
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