第十話 軍に生きる覚悟
「ねぇねぇ、暇なんだけど」
「遊び行って来ていいよ」
「せっかく二人と話せるようになったのに…」
「今は無理だよ、夜な、夜」
ルークとノエルに話しかけたミアとシルフィは、拗ねたように飛び回っている。
二人は、人が周りにいるとあまり寄ってこない。朝食の時も、吹き抜けの上に並んで腰掛けて食卓を見下ろしていた。
「絶対ね。金平糖もね」
「ほいほい、ほら、先にやるよ」
作った金平糖をルークがミアに向けて投げると、ミアは機嫌を直してクルクル回る。可愛い。ずっとそうしていてほしい。
「じゃ、俺らは行くから。」
「行くからじゃないわ、一緒に行くわよ」
「当たり前でしょ。」
と言った二人は、ルークたちの元へ急いで飛んできた。
きっと今までもこうやって側に居てくれたのだろう。ルークとノエル、二人きりだと思っていた時間は、二人ではなかったのだ。そう思うだけで、心が温かくなる。
ルークたちが玄関を出ると、リア先輩と中佐の姿が見えた。
「お待たせしました」
「じゃ、行こうか。」
「レッツゴー!」
兄弟がきょろきょろ見回すと、「ん?」とリア先輩が振り返る。
「他の方は…?」とルークが尋ねると、「準備があるから先に行ったよー。書類整理とかしてる。」と返ってきた。待たせてしまったらしい。
「ほら、ちゃっちゃと歩いて!」
軽く蹴りながら、ケラケラと笑うリア先輩は朝から元気だ。昨日までの警戒が嘘のようで、昨日は本当に警戒されていたんだな、とルークはそっと息を吐いた。
「今日の昼ごはんはなにかなー?ノエルは何が好きなの?」
「僕ですか?うーん。ハンバーグ…ですかね。特別な日にしか食べられなかったから、好きです」
「これからはお姉さんが沢山食べさせてあげるからね!」
リア先輩に抱きつかれたノエルは、年相応に顔を真っ赤にしている。
ノエルも無事に馴染めそうでルークは安心した。
「いい奴らだろう。皆」
その様子を隣で見ていた中佐がポツリと呟く。
「はい。いい人たちです。こんなに良くしてもらっていいのかと思うくらい。」
「…戦場では、私たちは一つのチームだ。お互いに命を預けるし、預けて来た。
君たちは戦場に出るのはまだまだ先の予定だが、覚悟はしておけ。
私たちに命を預けられるかどうか。
それが、戦場で生き残れるか否だ。」
雑談のように言われた言葉にルークは息をのんだ。
「味方を信じられない人間から、死んでいく。」
そう遠くを見る中佐の目は、戦場に立つ戦士の目だった。命が散る瞬間をどれだけ見て来たのだろう。
見上げた朝の碧い空に、鳥が飛んでいく。
同じ空の下、戦地となっている場所では、命のやり取りが行われているんだろうか。
知識としては知っていたはずのものが、急に生々しく身近となった気がした。
それが、これから自分たちが歩む道なのだ。
それでも、自分たちらしく生きてみせる。
ルークはぎゅっと手を握り、「はい」と答えると、「今は、とにかく慣れなさい」優しい低い声とともに、頭に大きな手がポンと置かれた。
中佐の、不器用な優しさだった。
⸻⸻
「リア、来るのが遅い。」
「帰りたーい」
「殴ってもいい?」
「殴ったら泣いちゃう。」
騒がしい始業の合図。それは双子の戯れからいつも始まるらしい。この隊のムードメーカーはきっと二人なのだろう。
「兄弟はこっちだ。調書を作る」
中佐に呼ばれ、執務室に続きに作られた応接室にルークとノエルは入った。
廊下側にも扉があるところを見ると、そちらからも入ることが出来るようだ。
二人がソファーに腰掛けると、ヴァイスさんが紅茶を持ってきてくれた。
「コーヒーより、こっちかなって」
「こんなの、ほとんど飲んだことないですよ。いつも水です」
「そういえば、孤児院だったっけ…所作とか綺麗だし、意識しないと全然わかんないんだよね。」
「両親がしっかり仕込んでくれましたから」
「優しいご両親だったんだね。」
ヴァイスさんは、ルークとノエルが村の生き残りであることは知らない。ルークの発言から、事故か何かで亡くなったと解釈したのだろう。
優しい目をしたヴァイスさんは優しくルークの頭を撫で、部屋から出て行った。
ここの人たちは、頭を撫でるのが好きらしい。
「どこまで書くか…悩ましいな。」
「魔術が使えることは、書いていいですよ。」
「お前たち、軍の中で魔法使いがどう扱われているかは聞いたことが?」
「んー。軍属になるくらいしか聞いたことないです」
そう答えると、中佐は簡単に説明をしてくれた。
まず、魔術が使えると言うだけで一旦軍属になるらしい。それは知っていた。だから逃げ続けていたのだから。
そこから、魔法使い(魔術が使える人間)は特級、上級、中級、下級へと試験結果により分けられるらしい。
特級は国家レベル。
上級が地方上級レベル。範囲魔法が使える程度。
中級が地方下級レベル。簡単な戦闘魔法等が使える程度。
下級が日常生活レベル。高官や王都の王城で働くことが多いらしい。
魔法使いというだけで、生活は保障され生涯安泰だそうだ。そんな生活は望んでいないけれど、もう逃げることはできない。腹を括るしかない。
そこまで考えたとき、ルークはふと疑問が浮かんだ。
「あれ?そういえば、中佐は魔術使えるんでしょ?階級なに?」
「私か?私は特級だ。」
「え、すごいじゃん。」
「凄くはない。君が昨日見せたようなレベルの魔術は使えない。」
「いや、俺も無理だぜ?あれは、必死だったから発動しただけ?まぐれ?もっかいって言われても無理だから、そこら辺も宜しく。」
「そうなのか…」
と顎を撫でる中佐に、ルークはさらに質問を重ねる。
「じゃあさ、中佐はなんの魔術なの?」
「私は、結界魔術の使い手だ。そういう君たちは?」
「俺は水。」
「僕は植物です。」
兄弟の答えに、興味深そうに中佐の目が細まる。
「なるほど。どの程度できる?」
「俺は、ウォータージェットで、精度は低めだけどある程度の物を切れるくらいなら。弱い魔獣くらいなら倒せる」
「僕は、グロウフラワーで植物の成長を促進させるくらいですね。蔓を伸ばして拘束するくらいなら大丈夫です。」
「であれば、ルークは上級、ノエルは中級といったところか…?だがなぁ。」
腕を組み、天井に視線を彷徨わせた中佐は何かを考えている。二人はそれを邪魔しないよう、黙ったまま見守った。
「よし、決めた。君たちの軍での設定はこうしよう。
ルークは、12歳。男。中級魔法使い。試験では、遠くの的に当てる程度の実力でいくように。
ノエルは、11歳。勿論男だ。下級魔法使いで、試験では少し植物を伸ばすくらいで止めよう。
実力よりも低くみせる理由は、目をつけられないためだ。
その年齢で上級と中級の魔法使いは目立ちすぎる。
あまりにも目立つと私でも保護できなくなるからな。ルークの事情もある。
私の手元にいた方が安全だろう。何より、私が手放すつもりがないからね。もう少し私が出世するまで待っててくれ。
ノエルが12歳になったら、二人とも士官学校に行ってもらう。原則は士官学校の宿舎に入ることになるが、お前たちは既に軍に住んでいるようなものだ。そのままアルグレイ隊の宿舎から通うように。 その方がルークも性別を偽りやすくていいだろう?」
最大限にこちらの要求を飲んでくれる中佐の姿勢に、逆に警戒してしまう。
そんなに差し出されても、素直に受け取れるほど兄弟は純粋ではなかった。
「何が目的…?」
「昨晩と先ほども伝えたとおり、君たちには私の手元にいて欲しい。私はもっと上に行く。
力になってくれたら嬉しい。」
力になれ、ではなく、なって欲しい…か。
「俺らは、他の人たちみたいに中佐のために命はかけられないぞ。」
「まだ信頼関係も何もないところで、命をかけますと言われるより余程誠実だな。」
ああいえば、こういう。だが、悪い気分じゃなかった。
「分かりました。これから宜しくお願いします。」
ソファーから立ち上がり、ルークは頭を下げた。
上官になるからには、口調も改める。ルークなりのけじめだ。
隣に座ったままのノエルに、お前はどうする?と目で問いかける。これは、自分だけの選択だ。誰にも強制されるべきものではない。
「僕に出来る限り、力になります。既に皆さんには良くして頂いてますし、これからもきっとしていただけるんでしょう。善意には全力で報います。」
そう話す弟は、いつの間にか大きく成長していた。誰に言う訳でもないが、胸を張って自慢できる。泣いてばかりだった弟は、こんなに大きくなったんだぞ。と。
だが、誇らしい気持ちで見守っていた弟が不穏な言葉を付け加え始めた「ただし」と。
何を言い始めるつもりだとハラハラしていると、
「ルシアのことは――認めません。」
弟は、強い視線で中佐を貫いている。
ルークは弟の言葉の意図が分からなかった。
「ルシア?お姉さんの名前かね?」
チラッと中佐はこちらを見た。
最近、その名前をよく聞く。
聞くはずのない名前だったはずなのに。
「私にも、守備範囲というものがあってね。流石に範囲外だよ」
中佐はノエルにそう伝え、ヒラヒラ手を振っている。「そうですか。」と納得してなさそうな弟は、それ以上何も言わなかった。
「よろしくお願いします。」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む。平凡な人生では無くなるだろうが、まぁ、退屈はさせないよ。」
「こちらで調書は仕上げておくから、君たちは士官学校についてノアや双子に聞きなさい。彼等も卒業生だ」と執務室に戻された。
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