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6-3


 スマホが鳴りました。画面を見ると、一応登録していたひなこちゃんの家の電話番号からでした。


「ああ、良かった繋がった。えーっと、芽生ちゃんよね」


 ひなこちゃんママでした。


「はい」

「今何処に居るかな?」

「家に帰るところですけど」

「そっか、えっとね、芽生ちゃん落ち着いて聞いて欲しいんだけど」


 ほんの少しだけ間が空いて、呼吸音が聞こえました。


「お母さん怪我して病院にいるの。病院に来てほしいみたいなんだけど、家までどれくらいかな」


 ……言っている意味が分かりませんでした。ちゃんと聞こえているのに、分かる言葉なのに、意味が理解できません。電話の向こうでは何かずっと喋っていますが、病院? 怪我? そんなに慌てるほどの? 擦り傷とか足を捻ったとかじゃなくて? 何だかぼんやりしてきます。


 山田さんに通話中のスマホを奪われました。


「友達なんですけど、何ですか。……はい、うちのに車出してもらえると思うけど一旦家まで行ったほうが良いですか? はい、分かりました」


 山田さんが私のスマホで電話してます。私はただそれを見ていました。通話が終わると、山田さんがぱっと私を見ました。


「しっかりしろ、行くぞ」


 手を引かれて、まだそんなに離れていなかった山田さんの家に戻りました。とてもバタバタしていた気がします。でも頭が働かなくて、何がどうなっているのか分かりません。車に乗って、病院が見えた瞬間、急にゾワッと寒くなりました。


 きっと、きっと大丈夫です。きっと足を痛めて迎えが必要なだけです。


 場合によっては私が家事をすることになるかもしれません。でも、スーパーに置いてあった私でも作れそうなレシピはいっぱい集めてありますし、洗濯機の使い方だって取扱説明書やネットで調べれば何とかなるはずです。幸い今は夏休みです。時間ならたっぷりあります。


 大丈夫です。大丈夫です。


 お母さんが居なくなるなんてこと、あるはずがありません。


 病院は地域で一番大きい総合病院です。普段は診療所へ行くので、この病院には滅多に行ったことはありませんでした。自動ドアをくぐると、病院らしい不思議なニオイがしました。

 入ってすぐのエントランスには、人がたくさん居ました。白くて長い廊下を進むアミラさんの後ろを、はぐれないように付いていきます。病院内はとても入り組んでいて、見失ったら迷子になってしまいそうでした。……どこまで行くのでしょうか?


 とても広い部屋でした。端に色んな機械や道具が寄せられてて通り道が広いです。小さな車輪の付いたベッドがいくつも並んでいて、カーテンで仕切られていました。


 ベッドに横たわっている一人と目が合いました。ガーゼと包帯で顔がほとんど隠れてしまっていたので、中々お母さんだと気づくことができませんでした。


「芽生、ごめんね。お母さんちょっと転んじゃった」


 どう見てもちょっとどころではありません。お母さんは無理に微笑んでいますが、肌は青白くなっていて目を開けるのも気怠げです。


「お母さん?」


 言葉が詰まります。


「大丈夫よ、ちょっと入院することになっちゃったけど、すぐ元気になるから。アミラちゃんが連れてきてくれたんだね。ありがとう。……アミラちゃん、ちょっとお話があるんだけど良いかな? 芽生、少しお話するから部屋の外で待っててくれないかな」


 動けませんでした。アミラさんが何かを山田さんに投げました。


「泉水、好きなもの買っていいから外で待ってて」

「了解」


 山田さんに手を引かれて広い部屋から出ました。部屋から出て、ドアが閉まる直前に振り返ります。お母さんが泣いているように見えました。


「何食べる?」


 病院内にあるコンビニで山田さんが訊きます。食欲もないし喉も渇いていないので何もいりません。それなのに、山田さんはミルク味のカップアイスを買って私に渡してきました。

 軽食をとっても良いらしいテーブル席に座り、牛のイラストの描かれたカップアイスをぼんやり眺めます。


 ここには色んな人が通りました。車椅子の人、松葉杖をついている人、パジャマ姿の人もビシッとスーツを着ている人、様々です。


「お母さん、大丈夫だよね」

「駄目だったらもっと、何ていうかガラス張りの部屋で大量の機械に囲まれて色んなのに繋がってんじゃねぇの? 知らんけど。普通にベッドに寝てるみたいだし、そこまで酷くないんじゃねぇの?」


 本当にそうでしょうか?


「朝はあんなに元気だったのに」

「それは私も見てる」

「転んだだけで、あんな怪我するかな」

「転んだ場所が悪かったとかじゃねぇか。車道に転んだら轢かれるし」

「私のせいかな。昨日お母さんの靴踏んじゃったから靴が壊れてて」

「馬鹿か。靴は踏まれるのが仕事だぞ。その程度で壊れるか」

「私が良い子にしてなかったから、悪いことが起きたんじゃ」

「はぁ? 私、何も悪いことなんてなかったけど、私が優等生の良い子ちゃんに見えるのか?」

「……私が昔の事件のこと知ろうとしたから、居なくなった人のこと捜そうとしたから」


 ガタッと山田さんが立ち上がりました。私の両肩を掴み、顔を近づけます。


「それ、本気で言ってる?」


 怒りの混じった強い目が、私を真っ直ぐ見つめています。


「祟りのせいだって、本気で思ってるのか? お前じゃなくて、母親がか? 祟られんならお前か私だろ。おかしいだろ。それでも祟りが怖いんならもういい。祟りだか黒姫さんだか知らねぇが、私が全部一人で暴いてやる。お前のせいでも黒姫さんのせいでもないって証明してやるから黙って見てろ」


 ポロポロと涙が勝手にこぼれます。首をブンブン横に振って、つっかえた声を絞り出します。


「怖くない。祟りなんか信じない」


 全部祟りや黒姫さんのせいになんかしたくない。自分勝手な都合の為に作られた噂を、私が使いたくない。これ以上悪い心に振り回されたくない。

 ギュッと抱きしめられて、温かくなります。最近ではお母さんにもギュッてされなことないので、忘れていた不思議な感覚でした。


 負けたくない。負けたくない。私はお母さんとの生活を守るんだ。


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