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6-1

 私の住んでいる地区では、夏休みの朝はラジオ体操に集まりました。毎日ラジオ体操をして、カードにスタンプを押してもらっていました。

 でも、今年は中止です。小さい子が外に出るのを異様なほど怖がるからです。私も人気ひとけのない朝に一人歩くのは怖いです。スタンプを集めたご褒美のイベントもないでしょうが、仕方がありません。その分遅くまで寝ていられるので良しとします。


 ピンポーン。


 ラジオ体操の時間よりも早く、山田さんが来ました。仕事に行く前だったお母さんも、流石に驚いていました。


「遊びに行こうぜ」

「朝早過ぎるでしょ。それに」


 お母さんの顔を見ます。少し困ったような表情でした。


「二人なら遊びに行っても良いだろ。絶対一人にしねぇから。ずっと部屋で一人ぼっちよりは良いと思うけど」


 お母さんが考えています。


「そうね。あまり遠くへ行かないで、人気のない所へも行かない。一人にならないで暗くなる前に帰る。約束守れる?」

「うん」

「なら行っておいで。気をつけてね」

「うん!」


 朝ご飯を急いで食べて、お出かけ用の鞄にハンカチ、ティッシュ、財布、スマホ、家の鍵、後は麦茶を入れた水筒を詰め込みます。気恥ずかしくて学校に着けていけなかった白い花のヘアピンも着けて、山田さんの待つ玄関に向かいます。


「行ってきます」


 外はまだ暑くなくて、心地良い風も吹いています。蝉がミンミン鳴いていて、暑くなる前に散歩している猫とすれ違います。


「ところで山田さん、どこ行くの?」


 前をずんずん進んでいた山田さんが立ち止まります。


「果し状を貰ったから、そこに」

「はた……何て?」


 山田さんに見せられたのは、可愛い便箋に女の子らしい文字で場所と日時が書かれたものでした。必ず来いとも書いてありますが、多分果し状ではないと思います。


「誰からなの?」

「名前書いてねぇし、下駄箱に入ってた」


 それは、本当に会っても大丈夫なのでしょうか?


 ショッピングモールの駐車場と、そこから下がった所にある交通量の多い道路との間にある公園が、約束の場所です。公園といっても道路までの階段の途中にある、ベンチとブランコと花の咲いてない花壇があるだけの小さなものです。ここに公園があるなんて知りませんでした。


 公園には女の子が一人、仁王立ちしていました。姫ちゃんです。


 姫ちゃんは付け髪か塗ったのか分かりませんが、髪の一部がピンクになっていました。可愛くツインテールにしているのに、顔は戦う前のアスリート選手みたいに怖くなっていました。


 本当に果し状だったのかもしれません。


「これ書いたの、あんた?」


 山田さんが便箋を見せると、姫ちゃんは頷きました。


「朝早過ぎるだろ」

「だって連絡先知らないから、もし予定とかあっても日にち変える話できないじゃん。だったら絶対に予定入ってなさそうな時間にすれば良いと思って」


 なるほどと思いましたが、売られた喧嘩は買うタイプの山田さんじゃなかったら無視されて終わってしまいそうです。


「で、何の用?」

「その……」


 俯いて言い淀んでしまいました。でも、意を決したように姫ちゃんが顔を上げます。


「火事、バーベキュー場の火事の話してたでしょ。姫にも聞かせてよ」


 予想外な頼みだったので、私と山田さんは顔を見合わせてしまいました。


「何で知りたいんだ」

「それは……興味があって」

「私さ、あんたのこと全然知らねぇんだけど。もしあんたが何でもかんでも言いふらす女だったら困るから言えねぇなぁ」

「姫そんなことしないもん。ただ、ただ……最近れおれお達がおかしいの。れおれおと王子とみかっちだけで何か秘密の話してて、ひーくんとかじゅじゅも知らないって言ってるし」

「誰?」


 確か、れおれおが知念玲音(れおん)くんで王子が森野王子(おうじ)くん、みかっちは多分三日月さんで他のひーくんやじゅじゅも知念くんグループの人です。


「おかしいって、どうおかしいんだ?」

「それは」


 姫ちゃんが迷うように視線を泳がせています。ファーっという車のクラクションが聞こえて、姫ちゃんがビクッと飛び退きます。私も驚きましたが、そこまでびっくりしませんでした。


「姫ちゃん、もしかしてだけどゴールデンウィーク直後に、こっくりさんしてたよね。あれと関係あるのかな?」


 姫ちゃんが困っているようにも、悲しんでいるようにも怯えているようにも見える不思議な表情になりました。

 道路から怒声が聞こえます。何かあったようですが、気にしている場合ではありません。


「誰にも言わない?」

「言わないよ」

「いや、松岡には言うかも」

「山田さん!」


 山田さんにも秘密をしっかり約束させました。もし他の人に言いたくなっても、必ず姫ちゃんの許可を貰うことにします。ということで、三人で連絡先を交換しました。


「もし破ったら?」

「……蛇」


 山田さんは舌打ちをしました。


 姫ちゃんが周りを気にして見回します。道路には車がたくさんで大渋滞してますが、私達の声が聞こえる範囲に人は居ません。


「実はね、みかっちが変なこと言い出したの。ゴールデンウィークの頃に」


 記憶を辿るように視線がふわふわ動きます。


「急にお母さんが変だって、思い詰めたみたいに言ってさ。で……何でかは忘れちゃったけど、こっくりさんに訊いてみようってなって、そしたら」


 喉がつっかえてしまったかのように声が途切れます。それでも姫ちゃんは絞り出すように続けます。


「ひとごろし、って。十円玉が、みかっちのお母さんを」


 すっと雑音が消えていくかのように、姫ちゃんの言葉がはっきり聞こえました。ひとごろし。だから、あの日あんなに混乱していたのかと腑に落ちました。


「人殺し? いつ誰を殺したんだよ」

「分かんないよ。その後すぐこっくりさん止めちゃったし。でもその後、れおれおとみかっちと王子が三人でこそこそしてて、その時にバーベキュー場の火事がどうって聞こえた気がしたから」

「なるほど」


 山田さんが私を見ながら「いいか?」と訊きます。私は頷きました。


 姫ちゃんにサンサンバーベキュー場で起こったことを、できるだけ整理して話しました。でも、まだ私達ですら理解しきれていない内容なので、姫ちゃんは訳が分からない様子で混乱してしまいました。


「ええっと、つまり? どっ、どーいうこと?」

「多分だけど、みかっち? のお母さんも同窓会に出てて火事か逃げ遅れの原因を作ったってことじゃないか? 知らんけど。そもそもこっくりさんを鵜呑みにしていいのかよ」

「う、うーん……」


 姫ちゃんがクラクラしています。そうこうしていると、場違いで陽気なメロディーが聞こえてきました。何処かのお店が開店したみたいです。


「姫ちゃん、三日月さんのお母さんの名前って分かる?」

「分かんないけど、前の名字は葉月だったと思う」

「え、何で名前知らねぇのに旧姓は知ってんだよ」

「あの人みかっちの新しいお母さんで、お母さんになる前は葉月さんって呼んてたの」


 思っていたより複雑みたいです。


「あーもう話終わりだろ。辛気臭いのはやめやめ、あれ食いに行こーぜ」


 山田さんが指差したのは、道路の向こう側にあったフルーツサンドのお店でした。さっき開店したのはそのお店のようです。


「でもあそこのフルーツサンド結構高いんだよね」

「安心しろ、お前らの分も奢ってやる」

「悪いよ」

「その代わり、宿題写させろよ」

「……」

「……」


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