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ゴールデンウィークが間近に迫ると、教室内は休みに何処へ行くか、何をするかの話で持ち切りでした。私はゴールデンウィーク中に何かをする予定もないし何処へも行けないのでみんなが羨ましいです。
私の家は、お母さんと私の二人しか居ません。お母さんは仕事が忙しいので、ゴールデンウィークも休みではありません。なので家でお留守番です。
ゴールデンウィーク最終日、流石に家にいることに飽きてきたのでちょっとだけ外を散歩します。カラッと良く晴れた日で草木の緑が生き生きとしていました。
ふとアパート近くにある祠が目に入りました。祠は元々近所に住んでいたおばあちゃんが管理をしていたそうですが、年を取って施設に入るとなった時に芝原さんが管理を引き継いだそうです。その芝原さんも居なくなった今、祠は掃除されることも花を取り替えられることもなく煤けてしまっています。
「どした?」
急に話しかけられて、びっくりして振り向きます。アパート二階に一年くらい前から住んでいる、灰色の髪のお兄さんです。お兄さんはフレンドリーな人で、会う人誰彼構わず話しかける人です。私もよく挨拶をしますが、実は名字も知りません。
「あー、祠いつの間にこんなに汚れちまったんだ。罰当たりだな」
お兄さんが祠に付いていた枯れ葉を払います。
「そいや、これって何祀ってるの? 効能? って何か知ってる?」
「えっと……何か人によって違ってて、願いが叶うとか捜し物が見つかるとか会いたい人に会えるとかバラバラで……良く分かんないです」
「ふーん、でも良いことは起こるんだなー」
お兄さんがおもむろに雑草の花を摘み取り始めました。それが束になるくらい集まると、クタッと枯れていた花と交換します。
「お、思ったより良いじゃん。これはこれで趣き? がある」
確かに祠がパッと明るくなったように見えます。目から鱗でした。綺麗な雑草を集めるくらいなら私にもできます。芝原さんほどは無理でも、芝原さんが帰ってくるまでこの祠をボロボロにしないくらいなら私にもできるかもしれません。
ゴールデンウイークが終わると、数人の女の子からお土産をこっそり貰いました。休みの間にあったことを楽しそうに話す子、休みが終わってしまったことを嘆く子、色々です。山田さんは相変わらず一人でつまらなそうに欠伸をしています。中島さんは……やっぱり学校には来ませんでした。
放課後になると、いつもならみんなすぐに下校して教室は静かになるのに、今日は何人かが残って話をしています。机を囲んで何かをやっているようですが私は構わず本を読んでいました。
私は毎日、空の色が変わり始めるまで下校しませんでした。どうせ早く帰っても誰も居ませんから、こうやって時間を潰すのです。本なんて家でも読めるけど、誰もいない家よりも誰もいない教室の方が不思議と落ち着くのです。
本を一冊読み終わり顔を上げると、窓の外の色合いが黄色っぽく変わっていました。そろそろ帰らなくてはと本を本棚に戻します。
「きゃあ!」
鋭い悲鳴が聞こえ、驚いて本を落としてしまいそうになりました。振り向くと机を囲んで何かをしていた子達が慌てたように立ち上がり、ソワソワしています。知念くん達の男女混合のグループです。
「どう……したの?」
正直苦手なグループですが、恐る恐る声をかけてみました。
「大丈夫、何でもない、何でもないから」
知念くんが机の上にあった物を隠すように片付けました。ちらりと一瞬見えた紙には鳥居のマークとひらがなが五十音順に書かれていました。こっくりさんでしょうか? 私は気づかない振りをしました。
カツンと何かが落ちた音がして、私の足元まで何かが転がってきました。虹の写真の入った手作りっぽいキーホルダーでした。
「これ、落ちたよ」
「あ……ありがとう」
茶髪の女の子がキーホルダーを受け取ります。
知念くん達は大急ぎで机を元に戻すと、逃げるように教室から出ていきました。ポカンとしてしまいましたが、私も早く帰らないといけないのでした。ランドセルを背負って教室から出ます。
廊下には島倉先生と山田さんが居ました。
「あれ、佐倉さんもまだかえってなかったのか。さっき出ていった子達、慌てたたみたいだったけど何かあった?」
「ゲームか何かをやっていたみたいですが、良く分かりません」
こっくりさんのことは軽々しく話してはいけないような気がしました。
「そうか。でももし何か気になることがあったら悩みでも分からないことでも何でも言ってくれ。些細なことでもいいから」
最近の島倉先生はやたらと神経質です。軽く礼をして早々に帰ってしまいましょう。
「ちょっと待って、佐倉さん」
呼び止められてしまいました。
「佐倉さんと山田さん途中まで帰り道同じだし、せっかくだから一緒に帰ったらどうかな」
「え」
「え」
びっくりしました。
「山田さんは佐倉さんのこと知ってるかな」
「知らねぇし」
「彼女は佐倉芽生さん。佐倉さんは……分かるよね、山田泉水さん。暗くなったら危ないから早く帰ろうな」
「は、はあ……」
押し切られてしまいました。私はいつも一人で帰っていて、誰かと一緒に帰るなんて集団下校くらいしかありませんでした。ましてや相手はあの山田さんです。正直嫌でしたが、どっちにしろ帰る方向が同じなので一緒に歩くしかありませんでした。
「えっと、今日は天気いいね」
「無理して話しなくてもいいだろ」
気まずいです。こんなにも辛い下校、初めてです。暫く無言で歩いて、ある廃屋の前で山田さんが立ち止まります。
「私こっちの道だけど、あんたは?」
「私はあっち」
「じゃあお別れだな、ご苦労さん」
山田さんは廃屋の横にある小道を進んで行きました。山田さんが見えなくなると、体の力がすーっと抜けて思わず「はぁー」っと息が漏れました。
私も早く帰ろうと一歩踏み出すと丁度風が吹いてきて、ザワザワっと木や草が擦れる音が廃屋から聞こえました。
その廃屋は子供達からお化け屋敷と呼ばれていた不気味な一軒家でした。前面と横は高い塀に囲まれていて、裏側は竹林に飲み込まれて暗々としていました。敷地への入り口には学校の裏門みたいな門扉があり、そこからボロボロの平屋の建物と荒れた庭が見えます。怖いのでさっさと帰ります。
そういえば、前に上級生の人達が「ここが黒姫さんの家」と言っていた気がします。
カア。鳴いたカラスにびっくりしてしまいました。お化け屋敷の前で怖いことを思い出してしまったせいでしょう。それもこれも全部山田さんのせいです。たぶん。




