5-6
やたらと喉が渇いたので、お茶を一気に飲み干してしまいました。山田さんは甘いものを求めて和室から出ていき、松岡くんはぐちゃぐちゃに広がった紙を整理しています。
手持ち無沙汰で、近くにあったノートを覗いてみました。後悔しました。それは、さっき読み上げられた証言以外の何人もの証言が書き込まれたノートでした。
言った言葉をそのまま文字にしたのでしょう。何度も何度も、自分は悪くないと言うような言い訳みたいな言葉が挟まって、ダラダラと長いです。しかも、何があったかという肝心な部分の話がありません。
私が開いたページが、たまたまそんな人ばかりだったのかもしれませんが……大人なのに、と思ってしまいます。
「松岡くん、これ全部一人で調べたの? 証言って、この人数全員に訊いて回ったの?」
証言の人数は、多分ですが同窓会に出席したほぼ全員分あるように見えました。私達の学年の全員よりも多い人数です。
「証言は違うよ。調べようと頑張ってた人がいたんだ。でも、その人もう頑張れなくなっちゃったからノート貰ったんだ。実はこの火事のこと、事件って言ってたのもその人なんだ」
「その人って」
「山田さんも戻ってきたし、その話をしようか」
和室のふすまが、すーっと開きます。山田さんは子供三人分とは思えない量のお菓子を両手いっぱいに抱えていて、行儀悪く足でふすまを開閉していました。
「山田さん、もしかして普段からそんな量のお菓子食べてるの?」
「んな訳あるか。お客さんを口実にして食える今、食えるだけ食うんだよ」
「良いご家庭だね」
そう……でしょうか?
座卓の上をさらに整理してお菓子を設置します。紙皿に、手を汚さないようにか、お箸も人数分用意されています。勉強会というよりも、お楽しみ会パーティーみたいです。松岡くんも困惑した顔で座卓の上を眺めています。
「えっと、じゃあ話を再開していいかな。これからは祟りの話だよ」
「え?」
「は?」
今度は私達が困惑しました。松岡くんはお構いなしに話を続けます。
「取り敢えず最初から……二十五年前の男の子の行方不明からだね」
分厚いファイルを開いた松岡くんが、それを私達にも見やすい位置に置きました。それは二十五年前にあったという昔の行方不明事件について書かれた新聞記事のスクラップでした。
「これもさっき佐倉さんに話した人が集めたものだよ。元々その人はこっちを調べてたからね」
居なくなってしまった子供の名前は、小泉和兎くん。当時八歳、生きていれば三十三歳で私達の親と同じ年代の人です。
和兎くんが消えたのは八月三日の昼を過ぎた頃、友達の家に行くといって出かけてから誰も姿を見ていないそうです。
「その友達の家っていうのが芝原さん、当時は小島万里さんの家だったんだよ」
「じゃあ、もしかして黒姫さんの噂って」
「この事件から生まれたんだろうね。小島家はその日親戚の集まりで留守だったんだけど、何人かが小島万里さんを犯人扱いして苛めみたいなことにもなったらしいんだ」
「うわぁ」
「特に和兎くんのお姉さん、今行方不明になってる山本沙那さんのお母さんは本気で犯人だと信じちゃって、大変だったそうだよ」
酷い話だと思いました。何もしてないし何も知らないのに、勝手に犯人にされて苛められるなんてあんまりです。でも、居なくなったのが自分の家族だったら冷静に考えたりできないのかもしれません。
私には弟どころか、きょうだいも居ません。けど、もし、お母さんに何かがあったら誰かのせいにして凄く怒ってしまうかもしれません。
「それでね、このノートとスクラップブックを作った人は和兎くんの友達だった人なんだ。この人はずっと和兎くんのことが気になっていて、当時も捜したりスクラップブックを作ったりしてたんだけど、子供だからどうにもできなかったんだ。でも大人になってからお姉さんの学年の同窓会があると聞いて、また調べてみようと思ったみたい。和兎くんはよくお姉さんの学年の子と遊んでたみたいだから」
夢の中で見たアルバムの写真を思い出します。万里さんと芝原と父、同学年の子供達の中に一人小さな男の子がいました。彼が和兎くんで、山本沙那さんの面影のある女の子が和兎くんのお姉さんでしょう。
写真の中ではみんな楽しそうでした。和兎くんが消えてしまうことも、万里さんが犯人にされて和兎くんの姉に苛められてしまうことも、信じられないほど楽しそうに笑ってました。
「でも結局、和兎くん捜しは火事でできなくなっちゃったんだ」
「ん? 火事で有耶無耶になるのは分かるけどさ、時間経ったらまた捜せばよくねぇか」
山田さんが器用にポッキーを箸で摘みながら、疑問を口にします。
「それが、祟りのせいで誰も協力してくれなくなっちゃったんだ」
「はぁ? 祟りぃ?」
「居なくなった人を探そうとすると、祟りで自分も消されちゃうって。これは火事の前から言われてたらしいんだけど、火事以降は強く信じる人が増えたそうだよ。亡くなった二人が和兎くん捜しに乗り気だったってのが大きいかな」
「いやいや、でも同窓会の時点でもう良い年の大人だろ? 大の大人が祟りって」
私が感じた疑問を、山田さんが先に口にしました。
「祟りっていうのはね、そのままのオカルト的な意味もあるんだけど、もう一つあるんだよね。このバーベキュー場の火事、変なところが色々あるし二人も死んでるのに碌に捜査されなかったんだ。ドライヤーの漏電による不幸な事故で終わりにされたんだよね。事故現場も早々に買い取られて更地になっちゃって、火事の話をしてはいけない暗黙の了解みたいなのがいつの間にかできてたそうだよ」
「えーっと、つまり?」
山田さんがポテトチップスを箸で摘んだまま固まってしまいました。私も分からない、というか信じられません。
「小説とかマンガに出てくるみたいな、裏の権力が働いてるって言いたいの?」
「ただの憶測……都市伝説レベルの話だよ。でも信じてる人がとても多いんだ。本当かどうかじゃなくて、信じる人が居るかどうかなんだ」
さり気なく、松岡くんがノートに触れます。和兎くん捜しと、火事のことを調べていた人が書いたノートです。祟りのせいで協力してもらえなくなる中、どんな思いで証言を集めていたのか想像もできません。とても、とても大変だったはずです。
……芝原さんはどっちだったのでしょうか。祟りを恐れて口を閉ざしたのでしょうか。それとも万里さんの理不尽な冤罪を晴らすために、何故死ななければならなかったのか知るために、何かをしていたのでしょうか。
それとも、忘れたかったのでしょうか。
「芝原さん……万里さんの夫はこの同窓会には参加してなかったの?」
「旦那さんは別の学区の人らしいから。親戚がうちの学区にいて、よく遊びに来てたりはしたらしいけど」
「松岡くんはその芝原さん夫が今、行方不明になってて警察にも捜されてるって知ってる?」
ぱっとこちらを見た松岡くんと目が合いました。
「それは初耳だったよ。知ってる人だったの?」
「私の隣に住んでたの」
「それは偶然……なのかな?」
「分かんない」
芝原さんが何を考えていたのか、どうして隣に引っ越してきたのか私には何も分かりません。




