5-5
キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音に驚いて飛び起きました。
「あ、起きた」
目の前には、みやちゃんが居ました。
「え、あれ……寝てた?」
「うん、でも二、三分くらいだよ」
長い夢を見ていたのに? と思いましたが、確かに時計は数分しか進んでいませんでした。夢の長さと現実の時間は、あまり関係ないのかもしれません。
学校がお休みの土曜日になりました。昼過ぎに迎えに来た山田さんに連れられ、着いた山田さんの家は大きな一軒家でした。豪邸と言っても良いほど立派な家です。庭だけでも、私の住んでいるアパートを超えてしまいそうな広さです。
「家、凄いね」
「この家は、アミラとお父さんの伯父さん……私にとっては何だ? まぁ、いいか。伯父からアミラが相続したらしい。元々住む用じゃなかったらしいけど、色々あってな」
お金持ちにも色々あるのでしょう。
山田さんがガラッと引き戸の玄関を開け、「帰ったぞー」と言いながらずんずん進んで進んでいきます。戸惑いながらも、私も後に続きます。
「芽生ちゃん、いらっしゃーい。くつろいでね」
「お邪魔します」
「男の子、もう来てるよー」
通された和室には松岡くんが座っていました。
和室はとても広く、モダンで大人っぽいデザインでした。開け放たれた障子の先に縁側があって、庭が見えます。庭の先にある竹の柵の向こうに、お隣さんの立派な日本建築の家と大きな松の木が見えました。
「凄いよね」
庭を眺めていた松岡くんが振り向きました。
「うん、凄い」
「そうか?」
今日は、勉強会という口実で山田さんの家に集まりました。一応、勉強道具を高そうな座卓の上に出して、飲み物を運んできてくれたアミラさんの目をカモフラージュします。
「じゃあ、本題に入ろうか」
松岡くんが、座卓いっぱいに持ってきたものを広げます。びっしりと文字と図の書かれたノート、メモ、プリントアウトされたウェブページ、コピーされた本や新聞の一部、写真……
「火事の事件と、それに関係してそうなもの選んできたよ」
「……」
「……」
確か松岡くんの自由研究は、サンサンバーベキュー場の火事だけではなかったはずです。それなのに火事のこと一つだけで、これだけ調べたようです。一体どれだけ調べて、どんなボリュームの自由研究を提出したのでしょうか。
「えっと……まず火事のこと、ざっくり訊いていいかな」
「この事件の概要は、まず小学校の卒業生達が同窓会をしていた。そこで、洗面所と休憩スペースのあった小屋が火事になり、中にいた芝原万里さんが亡くなり、同じく中にいた五歳の女の子が大火傷を負った。そして助けに入った男性二人のうち一人が……佐倉さんのお父さんだったのかな」
「……多分」
知らないこともありましたが、亡くなったのが私の父だということは変わりません。
「ここからは気分が悪くなるかもしれない話だけど、大丈夫?」
「大丈夫」
口ではそう言いましたが、本当は良く意味がわからないまま答えてしまいました。親が火事で亡くなる以上に嫌になる話って、何なのでしょう。
「じゃあ、まずあの日について詳しく話していこうか。色んな証言からすると、芝原さんも君のお父さんも参加する予定ではなかったらしいんだ。まぁ、芝原さんは臨月だし君のお母さんもお腹が大きかったみたいだから。でもほら」
松岡くんが、地図らしきものを広げて指差します。サンサンバーベキュー場があった頃の周辺の地図のようです。バーベキュー場の近くに、産婦人科のある病院がありました。
「芝原さんはおばあさんと、君のお父さんは夫婦で病院に来ていたらしい。で、折角近くまで来たんだから顔ぐらい見ていこうってなったらしいんだ。そこで火事に巻き込まれてしまった」
「運がねぇな」
山田さんが、座卓に散らかっている紙を数枚引き寄せて眺めています。営業していた頃のサンサンバーベキュー場のホームページのもののようです。
「で、これの何処が事件なんだ?」
すると松岡くんは迷うように視線を落としました。そして一冊のノートを手に取ります。
「これは同窓会に居た人の証言なんだけど、取り敢えずそのまま読むね」
松岡くんがノートを開きました。
—同窓会が始まったのは午後の一時頃、準備が終わって最初の肉を食べる頃に佐倉が奥さん連れてきた。奥さんとは、ほとんどの人が初対面だったから盛り上がってた。でも、その時既にベロンベロンに酔ったグループが絡んできたから佐倉夫婦は帰るってことになったけど、奥さんが「折角だからもう少し楽しんできなよ」って言って、奥さんだけタクシーで帰った。
その三十分後くらいに万里が来た。誰かに渡すものがあったとかで寄っただけらしいけど、その頃子供が一人居ないってなってバタバタしてたんだ。そうこうしてる間に万里の髪にタレみたいなのが付いちゃって、洗ってくるって離れてすぐだった。
小屋の方が騒がしくて見に行ったら、もう小屋の中が火で真っ赤だった。消火器探して戻ってきた時には、もう小屋がなかった。
ふぅ、と松岡くんが一息つきました。
「次の証言」
—友達の子供が見当たらなくなったから捜していたら、小屋から悲鳴が聞こえて急いで行ったんだけど、戸が開かなかった。中からドンドン戸を叩く音と子供の泣き声がして、ヤバいと思って、でも戸が開かないから窓の方に回ったんだけど……もう煙で真っ白で、赤い炎もチラチラ見えて、もう無我夢中で窓割ったんだけど、割れた瞬間から火が噴き出して、そこからは良く覚えていない。
いつの間にか戸は酔っぱらいグループが開けてくれてたみたいだけど、間に合わなかった。
松岡くんがノートから顔を上げます。
「このまま三人目もいく?」
「私は良いけど、あんたは?」
山田さんがちらりと私を見ます。
「……大丈夫」
—小屋の近くで酔っぱらい連中がたむろしてて、良く分からない遊びをしていた。
最初、小屋からの音も酔っぱらいが騒いでるんだろうと思ってたけど、窓が割れた音でおかしいと思って行ったら小屋が燃えていた。
酔っぱらい達も酔いが醒めたみたいで戸を開けてたんだけど、火が強くて、でも中から「子供が居る!」って叫び声が聞こえて、一か八かか水被って中入ったんだ。でも何も見えなくて、手探りで探してたら誰かが手を掴んで、「子供を外へ」って抱えた子供渡されて、その子連れて外に出て、出て、振り返ったら、小屋が崩れて。もっと早く気づいていれば、誰も死ななかったかもしれないのに。
証言を読み終わりました。
「早過ぎると思うんだよね。小屋が崩れるの」
「それが、お前がおかしいと思う理由か」
「うん。火の回りも早過ぎるし、あと引き戸が開かないのも気になる。他にも色々あるけど」
「待った待った、休憩休憩。こんなの長く聞いてられるか」
山田さんがバタンと倒れます。
「そうだね。これから先はもっと悪い話だから」
「まだあんのかよ」




