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5-2


「ギャアアア」


 女の子の叫び声です。驚いてコップを落とすところでした。


「どうしたの、何!」


 急いで声の聞こえた窓辺に行くと、山田さんは呆然と窓の外を見ていました。窓の外では、小さな女の子が路上に座り込んで泣いています。私と同じ地区の、二年生のひなこちゃんです。腰が抜けてしまったのか、山田さんから逃げるように這っています。


「山田さん何かしたの?」

「何もしてねぇよ! ただ変な声がしたから、窓開けたらこいつが」

「取り敢えず髪縛って!」

「ヘアゴム切れちゃったから、できねぇよ」

「じゃあ、そこのタンスの上から二番目に入ってるヘアバンドでも着けてて」


 そう言い捨てて外へ出ます。ひなこちゃんの所まで行って「どうしたの?」と訊いても、聞こえてないのか泣いたまま答えてくれません。


 良く見ると膝を擦りむいていて、血がでています。早く手当てをしないといけませんが、遅れて出てきた山田さんを見て、ひなこちゃんはさらに大きな声で泣いてしまいました。

 何かの景品で貰った、ピンクと白のふわふわ可愛い大きなリボンのヘアバンドでも、山田さんのお化け感を消すことができませんでした。


「山田さん、さっきの部屋のクローゼットの左奥にあるカラーボックスの一番下にあるジャンパースカート着てきて」

「はぁ? 何で」

「いいから早く」


 山田さんが部屋に戻って姿が見えなくなっても、ひなこちゃんは私にしがみついたまま泣いています。二年生の中でも小さいひなこちゃんですが、しがみつく手の力が強くて痛いです。


「これでいいのかよ」


 山田さんが出てきました。大きなリボンのヘアバンドに、ふんだんにフリルの付いたお姫様みたいなジャンパースカートです。美しいお人形さんのようでした。私もうっかり見惚れてしまうほど綺麗です。


 お人形大好きなひなこちゃんが泣き止みます。


 ひなこちゃんを家に入れてお風呂場で膝の傷口を洗います。救急箱に入っていた医療品で手当てをして、たっぷりの牛乳と砂糖を入れた紅茶を差し出しました。ひなこちゃんは、ついさっきまで山田さんから逃げようとしていたことを忘れたかのように、ぽーっと山田さんを見ています。山田さんにひなこちゃんを任せて、私はキッチンへ戻りました。


 書類の入った引き出しから手書きの電話帳を引っ張り出します。ひなこちゃんの家とは昔から交流があったので、ここに家の電話番号が書かれているはずです。見つけた番号に電話をかけて、呼び出しの間に何て説明しようかと考えます。


「もしもし」


 電話に出たのは、ひなこちゃんのおばあちゃんでした。よく地区の集まりでなどでお菓子や野菜をお裾分けしてくれる人です。

 ひなこちゃんのおばあちゃんは、すぐ家に駆けつけてくれました。ぽーっとしていたひなこちゃんですが、おばあちゃんの声を聞いた途端に玄関まで走ってきておばあちゃんに飛びつきます。


「ひなちゃん大丈夫? 何があったの?」


 ひなこちゃんは、頭をおばあちゃんのお腹辺りに埋めたまま答えません。


「私達も良く分からないんです」

「外から悲鳴? みたいなのが聞こえて、窓開けたらもう泣いてたし」


 それからも、おばあちゃんは何があったのか聞き出そうとしますが、ひなこちゃんは首を振るだけで話してくれませんでした。


「どうしたのかしら……取り敢えず家に帰りましょうか」

「いや!」


 ひなこちゃんが叫びます。小さな体から発せられたとは思えないほどの大声に、私達はびっくりして固まってしまいました。


「嫌ぁ、外には黒姫さんがいる! 外出ない、嫌ぁ!」


 また泣き出してしまいました。通りかかった人も驚いてこちらを見ています。私は慌ててひなこちゃんとおばあちゃんを家の中に入れました。

 取り敢えずテーブル席に座ってもらって、お茶を出します。おばあちゃんは動揺しているのか、お茶を一気に飲み干してしまいました。


「あの、えっと……黒姫さんでしたっけ? 学校でそういう怪談話が流行っているとは聞いていたんだけど、えっと……ただの怪談話じゃないのかしら」


 ひなこちゃんのおばあちゃんは、黒姫さんのことをほとんど知りませんでした。私は大体の黒姫さんの噂話と、最近黒姫さんを目撃したらしい子供が居ることを話しました。


「目撃証言のほとんどは、この山田さんだと思いますけど」

「悪かったな」

「でも、今日は山田さんは家の中に居たので、ひなこちゃんは別の人を見たんだと思います。ねぇ、ひなこちゃん。ひなこちゃんが見た黒姫さんって、どんな姿だったの? このお姉ちゃんと似てた?」


 ひなこちゃんは山田さんをちらりと見た後、小さく首を横に振りました。


「もっと大きかった」


 嗚咽混じりで聞き取りにくいですが、三人で耳をそばだてて聞きます。子供にしては背が高くて、髪はくねくねウェーブをしているそうです。肌は青白くて顔は髪に覆われていてほとんど見えなかったそうです。


「背が高いって、大人ぐらいだった?」


 ひなこちゃんは首を振って否定します。


「じゃあ、六年生とか中学生くらい?」


 少し考えた後、ひなこちゃんは「たぶん」と答えました。記憶を辿りますが、近所でそのような人を見かけたことがありません。おばあちゃんも心当たりはないらしく首をひねっています。


「あの、黒姫さんって昔居た人というか起こった事件というか、モデルになった何かがあったらしいんですけど、何だか分かりますか?」


 暫くおばあちゃんは考えていましたが、やっぱり思い当たることはないそうです。

 それから三十分ほど経つと、ひなこちゃんも落ち着いてきました。ひなこちゃんママがお仕事を切り上げて、駆け付けて来た頃には眠っていました。


 ひなこちゃんママにも一通り説明しましたが、話が良く分からないらしく不安そうでした。一応、ひなこちゃんのお母さんにも黒姫さんの噂の出処を知らないか訊いてみましたが、お母さんはそもそもよその地域から来た人らしく、黒姫さんどころか昔のことは何も知りませんでした。


「昔のこと、他のママさんに訊いてもはぐらかされちゃうのよね。本当に何があったのかしら」


 ため息をついたひなこちゃんのお母さんは、どこか疲れているように見えました。

 ひなこちゃん達が帰り、静かになった家の中でやっと気が緩みます。


「しかしお前、こんな服持ってたんだな」


 山田さんがジャンパースカートを脱ぎながら言いました。


「たまに送られてくるの。おばさん? おばあちゃん? から。でも一回着て写真撮ったらしまっちゃうんだよね。送られてすぐの時はそれもブカブカでちゃんと着れなかったし」

「何着かあったけど、全部しまいっぱなしか? 高そうな服なのに可哀想に」

「そうなの?」


 山田さんがジャンパースカートを裏返して、タグを指差しました。


「ほら、これブランド品だよ。それに裏地もしっかりしてるし、縫い目も綺麗」


 言われてみると、確かに普段着ている服とは違います。コスプレ用のドレスの一種だと思っていた自分が恥ずかしいです。そんなに良い服だと聞いたら、ますます着られません。

 しわにならないよう丁寧にジャンパースカートを畳みます。元の場所にしまい終わった丁度の時に、お母さんが帰ってきました。


「お邪魔してます」

「あら、アミラちゃんの。いらっしゃい」


 お母さんと山田さんが軽い話をしています。クローゼットから私も二人の居る玄関へと向かうと、山田さんは「そろそろ帰るわ」と言って帰っていきました。

 ヘアバンドを着けっ放しなことに気づいていないようでした。


「そうだ、ひなこちゃんママから連絡あったんだけど、何があったの?」

「ひなこちゃん転んで怪我しちゃったから家で手当てしたの。何か見間違えたみたいで驚いたみたいだよ」

「ひなこちゃん大丈夫だった?」

「膝、擦りむいただけだから多分大丈夫」

「そっか、良かった」


 黒姫さんの話は、お母さんにはできません。


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