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4-6

 午後の授業は全く頭に入りませんでした。気づけばもう下校の時間です。校庭に集まるのも慣れましたが、数日降り続いた雨でぐしゃぐしゃになった校庭はいつまで経っても嫌な気分になります。

 今は雨が止んでいます。ですが湿度のせいか世界がぼやっとしています。


「にいな!」


 聞き慣れない大人の女性の声が響きました。声の方を見ると、やっぱり知らない大人の女性が立っていました。

 名前をずっと呼んでいるので誰かの母親なのでしょうが、凄く怖い顔をしています。女性が動くたびに近くにいた子供達が泣き出しそうな顔で逃げ出します。


「待って下さい、落ち着いて下さい」


 先生達が女性の元に集まりますが、女性は何を言っているのか分からない怒鳴り声で先生達を押し退けます。姿は大人ですが、とても大人には見えません。


「お母さん?」


 私の近くで小さな女の子が呟きます。とても小さな声でしたが母親の耳には届いていたみたいです。


「にいな!」


 母親らしき女性が一直線に突っ込んできました。鬼のような顔があっという間に目の前に迫ってきます。あまりの恐ろしさに私は体を動かすことも声を上げることもできませんでした。


 私は女性に弾き飛ばされてしまいました。あまりにも強い力だったのでバランスを崩してしまい、ぐしゃぐしゃの地面に倒れてしまいそうになりました。地面すれすれの所で腕がぐっと引っ張られます。


「大丈夫?」


 松岡くんが助けてくれました。お礼を言いたかったのですが声が出ません。目が回ってしまったのかクラクラして立っていられずにしゃがんでしまいました。

 女性は私とぶつかったことにすら気づいてなくて、にいなちゃんらしき小さな女の子の手をグイグイ引っ張って何処かへ行こうとしています。


「おい、謝れよ」


 同じ地区の六年生が叫びました。言われた女性がキッと睨み返します。


「うるさいクソガキ! ほら、にいな帰るわよ」


 すると近くにいた子供達が一斉に騒ぎ出しました。


「ぶつかってきたくせに逆ギレ?」

「謝れよ!」

「それでも大人?」

「ってか本当にその子の親なの?」

「誘拐しようとしてるんじゃねぇの」

「うぎゃああ!!」


 女性が訳の分からない叫び声を上げて暴れ出しました。握り締められた拳をブンブン振り回しながら近くにいる子供へと突っ込んでいきます。校庭中が阿鼻叫喚でした。


「止めて下さい!」


 先生達が女性を取り押さえましたが、女性は「セクハラだー!」「暴力教師だー」と暴れ続けています。先生達は殴る蹴るされながらも女性を校舎の中へと引きずっていきました。その後をにいなちゃんらしき小さな女の子がおろおろしながら付いていきます。


 恐ろしい女性と数人の先生が居なくなったあとも校庭のざわつきは収まりませんでした。濡れたり泥だらけになってしまった子や、逃げて何処かへ消えてしまって見つからない子など、もう滅茶苦茶です。私があの女性とぶつかっただけで大変なことになってしまいました。


「佐倉さん」


 島倉先生の声がします。


「大丈夫? どこか怪我したのか? 立てる?」


 普段カッコつけたがっていた先生があたふたしています。大人があたふたしているのは不思議に見えます。


「大丈夫です。ちょっと目が回っただけです」

「念の為にお母さんに連絡しようか?」

「大丈夫です。それにお母さんは仕事中だから連絡取れないと思います」


 ちょっとびっくりはしましたが何てことはありません。こんなことでお母さんを心配させる訳にはいきません。


 結局騒ぎが収まるまでに一時間近くかかりました。何人かの子供は親が迎えに来て、私も同じ地区のひなこちゃんのお母さんの車に乗せてもらえました。アパートの近くでお礼を言って車を降り、家へ帰ると何故かお母さんが玄関の外に立っていました。


「学校で何かあったからひなこちゃんママが車で送ってくれるって連絡があって、びっくりして早めに帰ってきたんだけど、何があったの? ひなこちゃんママはもう帰っちゃった?」


 心配されてしまいました。


「誰かのお母さんが学校で騒いでただけだよ。モンスターペアレント? とか言うやつ? すぐ先生達がどっかに連れてってたから何もなかったよ。ひなこちゃんママにはあっちの道で降ろしてもらったからもう行っちゃったと思う」

「そう……危ないことはなかったの?」

「ないよ」


 怪我はしていないので危ないことではありませんでした。

 二人揃って家の中に入ります。お仕事がお休みの日でもないのにお母さんがこんなに早い時間に居るなんて凄く久しぶりです。


「そうだ芽生、折角だから今日は外食にしない?」

「え、でも外食ってお金かかるじゃん」


 するとお母さんは驚いたように目を丸くしました。


「やだ、そこまで貧乏じゃないわよ。それに安いお店だっていっぱいあるんだから」


 笑っていたお母さんでしたが、急にふっと笑顔が消えました。


「そうよね、もう随分長いこと外食もしてなかったものね」

「お母さん?」

「芽生」

「なに?」


 お母さんがまた笑いました。


「お洋服も買いに行っちゃおうか。前に買ってから大分経ってるでしょ? もう小さくなったりボロボロになってたりしない?」

「まだ大丈夫だよ。それより折角早く帰ってこれたんだからゆっくり休んだ方がいいよ」

「いいの、いいの。お母さん体だけは丈夫なんだから」


 押し切られるように私はショッピングモールに連れられていきました。


 ショッピングモールは夏用の商品が目立つ所に並べられていてディスプレイも涼しげでした。ただ、ここ数日は気温がとても低いので何だか寒々しく見えます。

 子供服を売っているお店を見て回ります。セールでびっくりするほど安く売っている服もありましたが、前に買ってもらった安いTシャツはすぐにボロボロになってしまったので安さだけで買うのも良くないです。


 私はシンプルな服が好きです。柄もなく飾りもさり気ないワンピースがありました。とても惹かれましたが、着回しを考えたら上下分かれるものの方が良いかもしれません。服なんてそんなに買わないので何を選べばいいのか良く分かりません。


「先輩?」


 男性にも女性にも聞こえる声が近くでしました。振り向くと、お母さんとすらっと背の高い男の人が話をしていました。

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