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4-1

 今日は朝からどんよりと曇っていて、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくありませんでした。月曜日の朝はいつも気怠いものでしたが、今日は特に気持ちが沈みました。


 お母さんがいつもよりも長い時間、父の写真が飾られている仏壇に手を合わせています。私もお母さんの真似をして手を合わせますが、手を合わせている間は願えば良いのか話しかければ良いのか未だに分かりません。

 写真の人は私の父に間違いないのですが、私が生まれる直前に亡くなってしまったので、どんな人だったのか知りません。知らない人に願ったり話しかけたりするのは、とても難しいです。


 いつもより早く家を出て、飽きるほど通った通学路を進みます。通学路にはいつも旗を持った大人の人が立っているのですが、今日はやたらと人数が多いように見えます。子供達にはにこやかに笑って挨拶をしてくれるのですが、視線が外れた途端に険しい顔になるので何だか怖いです。


 辿り着いた学校も、まるで違う学校に来てしまったのではないかと思うほどに異様な雰囲気になっていました。

 いつもなら、なんてこともない会話がそこいら中から聞こえて賑やかだったのに、今日はみんな小声になっていてヒソヒソと話しています。話題はやっぱり行方不明になった女の子についてでした。それも、道に停まってる車が怪しいとか、知らないおじさんがいて怪しいとか、そういう大雑把でいい加減な犯人探しです。


「やっぱり、さらわれちゃったのかな」


 ハルちゃんが怯えています。


「まだ分かんないよ。事故かもしれないし」

「そうだよそうだよ。ただの家出かもしれないし、みやもよく家出するもん」


 何を言ってもハルちゃんの顔は晴れません。ハルちゃんはとても怖がりなので、こうなってしまったら安心させるのは大変です。何か別の話題に変えなければと考えている間に、誰かの言葉が耳に入りました。


「黒姫さんにさらわれちゃったんじゃないの?」


 とても悪いことにハルちゃんにも聞こえてしまったようです。ハルちゃんの顔が真っ青になってしまいました。


 午後の授業中に降り出した雨は、帰りの会が終わる頃にはザアザアと降る大雨になっていました。そんな雨の中、私達児童は水たまりが所々にできた校庭に集められました。

 集団下校です。登校も下校も、これから暫くは地区ごとに集まってすることになりました。いつまでそうなのかは言われていませんが、当分は放課後にだらだら帰ることすらできないようです。


 地区ごとに並び、人数の確認が終わったところから下校が始まります。私達の地区は人数が少ないので残りの一人まではすぐに集まりました。しかし最後の一人が中々現れません。先生や上級生達が話をしていましたが、雨の音がうるさくて良く聞こえません。とうとう地区で一番小さい子が泣き出してしまいました。

 そうこうしているうちに隣の列が動き出しました。気づけば、ほとんどの地区が下校して居なくなっています。それでも最後の一人が現れません。


「さらわれちゃったんだ! さらわれちゃったんだ!」


 泣いていた子が一層大きな声で泣きわめきます。慌てた先生達が、その子を職員室に連れていきました。


「騒がしかったけど何かあったの?」


 気になったのか松岡くんが話しかけてきました。


「一人中々集まらなくて、小さい子が泣き出しちゃった。松岡くんのところも集まってないの?」

「山田さんが来ない」


 そういえば山田さんと松岡くんは同じ地区でした。

 数分後、キャーという小さい子達の悲鳴を受けながら山田さんがやって来ました。機嫌が悪いらしく、紫の傘を回し水滴をわざと飛ばして周りに迷惑をかけています。どうやら先生が山田さんに集団下校の説明をし忘れてしまっていたようです。


 山田さんと松岡くんの地区が下校すると、とうとう私達の地区だけになってしまいました。流石におかしいと思ったのか先生達が声を強張らせながら、忙しなく動き回っています。

 結局、最後の一人はただ単に集団下校ということを忘れて一人で勝手に帰ってしまっただけでした。私達は人数が足りないまま下校することになりました。


 下校中、マスコミらしい人がちらほらと居ました。行方不明になった子は違う学校の児童ですが、私達の学校の近くにあるそろばん教室に通っていたそうです。そのせいか学校内に彼女のことを知っている人が何人かいて、ショックで休んでしまっている子もいるそうです。

 家の近くまで無事に辿り着き、同じ地区のみんなと別れて誰も居ない家に入ります。待ちぼうけのせいか、いつもと大して変わらない時間での帰宅でした。


 ランドセルを下ろしながらリビングまで歩きます。まだ日が沈む時間ではありませんが、カーテンを開けても分厚い雨雲のせいで部屋は薄暗いです。掃き出し窓からぼんやり空を眺めていると、はっ、とサボテンがベランダに置きっぱなしになっていたことを思い出しました。


 幸いベランダにはそれほど雨は吹き込んでおらず、サボテンの棘に小さな水滴がちょんと付いているだけでした。サボテンを部屋に入れようとベランダに出た時、道の向こうからお母さんが歩いてくるのが見えました。顔は傘で隠れていましたが、あの傘と朝と同じ服装は間違いなくお母さんです。


 サボテンを部屋の中の棚に置いて、テレビの電源を入れます。ニュース番組がやっていて、女性アナウンサーが梅雨入りについて伝えています。

 雨のせいかとても肌寒く、ぶるっと身震いをしました。なので電子レンジでホットミルクを作ることにします。私の分と、もうすぐ家に着くお母さんの分です。


 電子レンジのタイマーを回して待ってる間、テレビのチャンネルをポチポチ変えました。今の時間はニュースばかりです。あるチャンネルで知ってる建物がパッと映り、私はリモコンのスイッチを押すのを止めました。


 行方不明になった三年生女児のニュースでした。彼女の名前は山本沙那(さな)というそうです。


 公開されて、画面に大写しになっている写真は、ゴールデンウィークの時にあった祭りで撮ったものらしいです。浴衣姿で、金魚の入った袋を誇らしげに掲げて微笑んでいます。ショートボブの髪に眼鏡をかけている普通の女の子でした。


 彼女が最後に目撃されたのは、四日前の木曜日でした。学校から一緒に帰っていた友達とコンビニの前で別れて、それっきりだそうです。その後に行くはずだったそろばん教室に現れなくて、両親や先生や近所の人などで捜しても見つからず、警察に通報されたとのことです。

 当時の服装は白いブラウスに青いジャンパースカート、水色のランドセルを背負っていたとアナウンサーが伝えています。


 「ただいま」


 お母さんが帰ってきたのと同時に、電子レンジがチンと音を立てました。私は慌ててチャンネルを変えました。お母さんはこのニュースにとても敏感で、見たり聞いたりしている時に不安そうな顔をするのです。私はお母さんのそんな顔を見たくありません。

 席に座り一息ついているお母さんに、ホットミルクの入ったマグカップを差し出します。お母さんは「ありがとう」と言って微笑んでくれました。


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