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3-7


 ピンポーン。

 またチャイムが鳴りました。


「芽生ちゃん、大家だけど居るかな?」


 このアパートの大家さんでした。大家さんはお母さんと同い年の男の人です。親が土地をいっぱい持ってる人らしいですが、詳しくは知りません。


「近所の人から恐い顔の男が入っていったって連絡があって、この時間は子供しかいないからおかしいって言われて……大丈夫かな?」


 近所の人とは、多分向かいの一軒家のおばあちゃんのことでしょう。とても心配性な人で、セールスマンが通りかかっただけでも不審者として通報してしまうのです。よく、通報する前に他の人に連絡しろと家族の人に怒られてました。


「大丈夫です。クラスメイトがイタズラをして警察の人に怒られてただけなので」

「警察? ……その警察は本物なんだよね」

「芝原さんの時の人だから」

「あぁ」


 大家さんが、何とも言えない表情になりました。前に芝原さんと親しく話していたのを見たことがあるので、大家と借りてる人以上の関係だったのかもしれません。


「しかし警察に怒られるほどの悪いことって、もしかしてその子に嫌なことされたとか」

「いえ、そうじゃなくて。空き家の……」


 はっ、と頭にある可能性が浮かびました。あの山田さんのことです、諦めて大人しく帰る訳がありません。私は大家さんに急ぎの用事があると言って話を終わらせて、手早く戸締まりをしてから外へと走り出しました。


 お化け屋敷の前に予想通り山田さんがいました。門を両手で掴んでガシャンガシャンと揺らしています。鍵のかかった門が、そんなことで動くはずもないのですが。


「また警察呼ばれたいの?」

「付けてきたのかよ」

「付いてはきてないけど居るかと思って」


 門から手を離した山田さんは、数歩下がってまじまじとお化け屋敷を眺めます。諦めたという訳ではなく、どうやったら中に入れるのか考えているようです。暫く眺めているだけでしたが、急に塀に沿って走り出しました。残念ながら思いついてしまったようです。

 後を追ってみると、お化け屋敷の裏側にある畦道あぜみちに山田さんが立っています。建物を隠すように生い茂る竹や笹やその他雑草に向き合って仁王立ちしています。


 何となく分かってはいましたが、山田さんに何をするつもりなのか訊きました。山田さんはニヤッと笑っただけで何も答えず、そのまま雑草の壁の中に飛び込んで行きました。


 ガサガサ、ガサガサ、音は大して移動しません。一分経つと草だらけになった山田さんが出てきました。


「くそっ、この家隙がない」


 どうやら雑草の壁に負けたようです。それでも山田さんは諦めていないようで、強い眼差しで雑草を睨んでいます。私には山田さんの熱意の理由が分かりません。


「そこまでして山田さんは何が知りたいの? 黒姫さんのこと? それとも芝原さんのこと?」


 山田さんはキョトンとした顔で私を見ました。それから天を仰ぎながら考えて、それから小首を傾げます。


「全部?」


 どうやら何か考えがある訳ではなく、ただ思いつきだけで行動しているようです。羨ましいほどのやりたい放題です。


 山田さんが体に付いた葉っぱを払いながら門へと戻ります。また門を掴んでガシャンガシャンと揺らしますが、錆びた鉄製の門には南京錠がかかっている上に植物の蔓がグルグルに巻き付いているので、子供の力ではどうすることもできませんでした。


「こら、何やってるの!」


 突然、背後から怒鳴られて私も山田さんもビクッと驚きました。振り向くとお母さんより年上なおばさんが立っていました。

 普段着で、小柄なほうきを持っていたので近所に住んでいる人なのでしょう。門を揺らしていた山田さんにつかつかと近づいて行きましたが、はっと驚いたように立ち止まります。


「びっくりした。よく似てるけど違う子だわ」


 暫く山田さんをまじまじと見ていたおばさんですが、怒っていたことを思い出したらしく再び険しい表情になりました。


「空き家だからってそんなことしちゃ駄目でしょ!」


 意外なことに、普段強気な山田さんがひるんで何も言い返しません。想定外のことには弱いのでしょうか。

 私は、おばさんに気づかれないように持ってきた鞄に手を入れます。入れっぱなしにしていたガチャガチャの景品を取り出し、慎重にゆっくり門に近づいて、ポイッとそれを庭の中に放り込みました。


「違うんです、イタズラじゃないんです」


 おばさんは私が声をかけるまで私が居ることに気づいてなかったようで、びっくりしていました。


「あの、私の不注意でキーホルダーが庭の中に入っちゃって」


 できる限りのしょんぼり顔で更に畳みかけます。


「友達に貰ったキーホルダーで、どうしても諦められなくて」


 あのキーホルダーは、みやちゃんが目当てのキャラクターを引くまでガチャガチャを回した時のハズレでした。知らないアニメのキャラクターのキーホルダーで、何となく貰ったものなので今の今まで忘れていました。人っていざとなったら、忘れていたことも思い出せるほど頭が回るみたいです。


「それは大変だわ!」


 おばさんは急いで近くの家の中に入っていきます。山田さんと二人でぽかんとしながら待っていると、おばさんは鍵を持って戻ってきました。


 「この空き家の管理を任されてるのよ」


 驚くほどあっさりと門の鍵が開きました。しかし、グルグル巻き付いた蔓のせいでやっぱり門は動かず、何とか隙間を開けるのにも時間がかかってしまいました。子供一人分だけ開くと、山田さんが勢い良く飛び込んで庭へとすり抜けていきました。


「こらっ、危ないから私に任せなさい」

「へーき、へーき」


 山田さんは、膝上まで隠れるほどの背丈になっている雑草をかき回しながらお化け屋敷の庭をうろついています。おばさんがもっと門が開かないかと力を込めますが、何かが引っかかっているらしく中々動きません。


「困ったわね。草刈りするのが遅かったかしら」


 おばさんも門をガシャンガシャン揺らします。

「あの」


 知らない人と話すのは苦手ですが、気になったので訊いてみます。


「さっき、山田さん……あの子のことですけど、誰と似ていたんですか? この辺りにああいうタイプの子供居ませんよね」


 ニコニコと笑っていたおばさんの顔が、しょんぼりしたように暗くなりました。


「昔、この空き家に住んでいた子に似ててね。ずーっと昔に大人になってるんだから子供の姿なはずないのに、ついね」


 ここに住んでいた子供……封筒に書かれていた小島万里さんでしょうか? その人が山田さんと似ているということは、山田さんと似た特徴の黒姫さんとも似ているということになるのではないでしょうか。お化け屋敷が黒姫さんの家というのは、ただのデタラメではないのかもしれません。


「あの、芝原さんって知ってますか? 私、隣に住んでるんですけど」


 思い切ってさらに聞いてみました。封筒や坂本さんの反応からして小島万里さんと芝原さんには何かしらの関係があるのでしょう。小島万里さんを子供の頃から知っているこのおばさんなら何か知っているのかもしれません。


「結斗くん? そうよね、いきなり消えちゃったのよね……最近は随分と落ち着いたように見えてたんだけどね、本当に何処に行っちゃったのかしら」

「落ち着いた?」

「万里ちゃん亡くしてから暫く憔悴しちゃっててね。まだ新婚だったから当たり前なんだけど」

「きゃあ!」


 おばさんの声をかき消す甲高い悲鳴が一帯に響きます。突然のことだったので私もおばさんも何が起こったのか分からずに体が強張こわばってしまいました。


「どうしたの!」


 先に動けるようになったおばさんが門の隙間に体をねじ込み、悲鳴の聞こえたお化け屋敷の庭の中に入りました。私も続こうとしましたが「危ないから待ってて!」と止められてしまいました。


 庭の中央辺りで山田さんが座り込んでいました。その近くの雑草がガサガサと揺れて、何かが山田さんから遠ざかっていきます。


「蛇が……」


 戻ってきた山田さんの服の袖には、噛まれたらしいほつれがありました。幸い、牙は山田さんの肌にまで達してはいませんでした。


「ほら、危ないって言ったでしょ。後は私が捜すから」


 それから一時間近く、おばさんはキーホルダーを捜してくれました。それでもキーホルダーは見つからず、空の色にオレンジが混ざりだしていました。


「捜しておくから暗くなる前に帰りなさい。この辺り、家があるように見えてほとんど人住んでないからちょっと危ないのよ」


 門を閉めて鍵をかけているおばさんは、どこか落ち込んでいるようでした。私は嘘をついたことに罪悪感を覚えました。

 お礼を言っておばさんと別れます。山田さんと二人きりになりました。


「誰にも言うなよ」


 唐突に言われて何のことだろうと考えている間に、山田さんは走り去ってしまいました。少ししてから、蛇のことを言ってるのだろうと気がつきました。


 噂通りなら山田さんは都会から引っ越してきた子です。本物の蛇など見たことがなかったのでしょう。プライドの高い山田さんですから、思わず悲鳴を上げてしまったことが恥ずかしかったのでしょう。山田さんにも、ちゃんと恥じらいがあって安心しました。


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