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3-6

 次の日は土曜日で、学校はお休みでした。でも、お母さんは今日も朝から仕事なのでお留守番です。


 私は朝からずっと図書室から借りた本を読んでいました。教室の残りの本とは違ってとても面白く、一気に読み終わるともうお昼を過ぎていました。

 冷蔵庫からお昼ごはんのオムライスを取り出して電子レンジで温めます。温まっているのを待っている間に、ピンポーンと来客を知らせるチャイムが鳴りました。お母さんから、一人の時はドアを開けてはいけないと言われていたので、私は無視をしました。


 チン、とオムライスが温まったので遅い昼食を食べ始めます。すると、またピンポーンとチャイムが鳴りました。電子レンジの音が聞こえて居留守がバレてしまったのでしょうか。それでもお母さんの言いつけを破る訳にはいきません。私は構わずオムライスを食べ続けます。


 ピンポーン。

 ピンポーン。

 ピンポーン。


 チャイムが何度も何度も鳴ります。あまりにもしつこいチャイム連打に、私は少しづつ怖くなってきました。


 家には私一人しかいません。お母さんは夜まで帰ってきません。このアパートに住んでいる人は休日でも昼間外出している人が多くて、もしかしたら私以外誰もアパートに居ない可能性もあります。休日にいつも居た芝原さんはもう居ません。


 ピンポーン。


 ピンポーン。


 ピンポーン。


 チャイムが鳴り止みません。どうすればいいのでしょうか。110番通報した方が良いのでしょうか。私はお母さんから渡されていた子供用のスマホを握りしめました。


 ドンドン。とうとうドアまで叩き出しました。


「おーい、居るんだろ。居留守すんなよ」


 山田さんでした。


 ドアを開けると、ニヤっと笑った山田さんが立っていました。


「迷惑なんだけど」

「じゃあ早く開ければ良かっただろ」

「一人の時は悪い人が来るかもしれないからドア開けちゃ駄目って言われてるの」

「悪い人じゃないだろ」

「悪い人だよ」


 信じられないことに山田さんは腑に落ちないという顔をしました。招いてもいないのに、ズケズケと家の中にまで入ってきます。


「やっぱ線香くせぇな。食べっぱなし? 意外とだらしないんだな」

「今食べ終わったところなの」

「遅くない?」

「別にいいでしょ。で、何の用?」

「あー、えーっとな」


 背負っていたリュックをガサガサあさり、山田さんが何かを取り出しました。白いそれが何なのか、私はすぐに理解できずそれを数秒ほどぼんやり眺めていました。それが何なのか分かった瞬間、怒りが込み上げてきました。


「何でそれを持っている!」


 自分でもこんなに大声が出せるのかと驚くほどの怒声が出ました。山田さんが持っていたのは、お化け屋敷の郵便受けに入っていたあの封筒でした。


「そんなに怒るなよ」


 冗談ではありません。


 私は山田さんを激しく非難しました。どれだけ非常識なことなのか、何で私がこんなに怒っているのか、考えるまでもない言葉が口から溢れ出ます。怒鳴りながらじりじりと山田さんに詰め寄り、気が付くと部屋の隅っこまで彼女を追い詰めていました。


「待って待って、これ見て! ここ見て!」


 山田さんが私の顔の前に封筒を突き出してきます。封筒の裏側に書かれている差出人の名前を指差しながら「ここ」と叫んでいます。


 芝原結斗(ゆいと)


 二月の終わりまで隣に住んでいた人の名前です。下の名前の方は自信ありませんが、確か配達の人が宛先を確認していた時にそんな名前を言っていた気がします。

 手が封筒に吸い込まれるように勝手に伸びました。あと二、三センチというところで山田さんが素早く封筒を体の後ろに隠してしまいました。


「興味ある?」


 山田さんが純粋で邪悪な笑みで尋ねます。人をたぶらかして悪に引きずり込む悪い顔です。


「分かったから座って。紅茶くらいしか出せないけど良い?」

「甘けりゃ何でもいいぜ」


 私は山田さんを奥の部屋に座らせてから、スマホを片手にキッチンへと向かいます。キッチンにある引き出しの一つには雑多に書類が入っています。そこから名刺を取り出して、書かれた電話番号をスマホに打ち込みます。

 何度も間違いがないか確認してから発信ボタンを押しました。名刺は前に芝原さんについて話を訊きに来た警察の人が置いていったものでした。


 思っていたよりも早く、警察のおじさんの坂本さんともう一人の若そうな女性が来ました。二人は一通り山田さんに説教した後にこの封筒を見つけた経緯いきさつを訊いてきました。

 坂本さんが封筒を手に取ると、困ったように息をつきました。


「開いてるね」

「山田さん開けたの?」


 不貞腐れている山田さんは、プイッとそっぽを向きました。

 封筒から取り出された手紙らしき紙には、全く読めない字がびっしりと書かれていました。アルファベットではないので、英語でもフランス語でもその辺りの言葉でもなさそうです。


「山田さん?」

「私は何もしてねぇよ。最初からそれしか入ってなかったよ」


 子供のイタズラだと思われてしまったでしょうか。私は恐る恐る坂本さんの顔を見ました。意外なことに凄く真剣な顔で手紙を見ていました。


「山田……泉水さんだっけ? 君は元々芝原さん達の知り合いだったりするのかい?」

「父親の仕事の都合で縁もゆかりも無いここに引っ越してきたばかりだけど? 知ってる奴なんか誰も居ねぇよ」


 大人相手に、しかも警察相手に何でこんなにも横柄な態度が取れるのでしょうか? きっと山田さんには怖いものなんてないのでしょう。


「ってかさ、今”達”って言ったよな。一人暮らしだったんじゃねぇのか?」


 坂本さん達が、はっとした表情になりました。


「ええっと、じゃあ何で人の家のポストなんて開けたんだ?」

「そりゃお化けんちだからだよ」


 きょとんとする坂本さん達に、学校で広がっている黒姫さんの噂と騒動を軽く話しました。二人は苦笑いしながら顔を見合わせています。


「まあ、小学生らしいと言えばそうだけど、他の人や場所に迷惑をかけてはいけないからな」

「厳しく言っておきます」

「お前は私のおかんか。で、達ってのは? 芝原って男と誰?」

「山田さん?」


 坂本さんが、困ったように頭をかきます。


「お嬢ちゃん、今どき女の子らしくとは言わないけどさ、せめて初対面の人間には丁寧に対応しないと損するぞ。あと大人は人のプライベートをペラペラ喋らないんだよ。コンプライアンスだよコンプライアンス」


 山田さんが園児のようにムーっとふくれます。女性の方の警察の人が、呆れたのか笑っていました。


「この手紙は手掛かりとして調べてみますね。家にお邪魔してしまってるし、ご両親にお話しておきたいのだけれど、いつ頃帰ってくるかな」


 厳つい見た目の坂本さんと違って、女性の方はほんわかとした印象でした。警察なんて危なそうな仕事をして大丈夫なのかなと思うほどです。


「母は今日は七時には帰ってこられると思います」

「じゃあお父さ……」


 言葉が止まったのは父の写真が置かれた仏壇が目に入ったからでしょう。「ごめんなさい」と何故か謝られて「いえ」としか返せませんでした。

 山田さんの方は、口を割らなかったので学校経由で保護者と連絡を取るそうです。


「じゃあ、最近物騒だからあまり一人で出歩かないように、気を付けてな」


 警察の二人は帰っていきました。


「いきなりサツにチクるとか、どういう神経してんだよ」


 二人が乗ってるだろう車が走り去ってから、山田さんが騒ぎ出します。


「あの人には何かあったら連絡して欲しいってお願いされてたの。で、何かあったから連絡したの」

「お前……お前……」


 山田さんは何か言いたそうでしたが、その先の言葉が出てこないようです。私は気にせず二人に出したコップを片付けます。


「まあいい、あの手紙も封筒もコピーしてあるし、写真も何枚も撮ってあるからな」

「だと思ったよ」


 山田さんがリュックからスマホを取り出します。私が持たされている子供用のものとは違い、機能の高そうなスマホでした。薄々感じてはいましたが、山田さんの家はお金持ちなようです。


「さて、どうしようかな。昨日、小島万里で調べてもそれらしいの見つからなかったんだよな」

「じゃあ文字の方は? 日本じゃ見かけない何処かの国の文字ってあるでしょ」

「何だよ、今更やる気になったのか」

「インターネットで検索するのは悪いことじゃないでしょ。文字はもう見ちゃったし」

「お前の基準が良く分からん」


 様々な国の文字や昔使われていた文字などを検索しましたが、似ているものはあっても”まさにこれだ”という文字は見つかりませんでした。山田さんが、相談サイトに画像を載せて誰かに教えてもらおうと言い出しましたが、人の手紙を許可なくインターネット上に晒すなんて言語道断です。


「もういい、変にお堅い奴とは一緒にやれない」

「山田さんが勝手に押しかけて来たんでしょ」

「ずっとそうやって、つまらなく生きていけば良い」


 捨て台詞を残して、山田さんは家から飛び出して行きました。

 私はまた一人になりました。一人でいる方がいつも通りなのに、何故か急に音が消えてしまったように感じて寂しくなりました。そんなことを感じたことなど今までなかったのに不思議です。


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