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3-5

 六月に入ってもうすぐ一週間経ちます。黒姫さんの噂は飽きられることなくどんどん広がり、特に低学年の子供を中心に悪い方へと変化していきました。

 黒姫さんを見た、帰りに黒姫さんに跡をつけられた、転んだのは黒姫さんの呪いのせい、悪いことは全部黒姫さんのせいにされています。


 給食の後の休み時間、私はつまらな過ぎる本から逃げるように校庭を散歩していました。ブランコや雲梯うんていなどがある賑やかな場所を抜けて、木が沢山ある少し暗い所まで歩きました。


 ここにある木は、真っ直ぐ伸びた背の高い木ばかりで、手の届く辺りに枝すらなくて、木登りなどできません。他に遊べそうなものもないので、この辺りに来る子供はあまり居ません。

 上を見上げると小鳥が数羽飛び回っていました。遊んでいるのでしょうか、それとも喧嘩をしているのでしょうか。私は、ぼんやりと小鳥達を眺めていました。小鳥達は暫くの間同じような場所を飛んでいたのですが、突然の悲鳴に驚いたのか何処かへ消えていってしまいました。


 小さな子が叫びながら走ってきました。一人、二人……釣られて逃げ始める子もいます。私も訳が分からないまま、取り敢えず隠れます。


 火事でしょうか? 犬が迷い込んだのでしょうか? それにしては煙は見えませんし犬の鳴き声もしません。


 耳を澄ましてみると、校舎の近くが騒ぎになっています。こちら側にも一人先生が来て、泣きながら逃げ回っている小さな子をなだめています。


「他の子は教室に戻って!」


 至る所で先生が大声で叫びます。大人が慌てています。何か恐ろしいことが起こっているのかもしれないと思うと心臓がギュッと痛くなったような気がします。

 校舎の中はさらに大騒ぎになっていました。特に昇降口に一番近い一年一組の教室の前が大変なことになっています。


 人が沢山いて泣いたり喚いたり話したりして、もう何も聞き取れないほどの騒音でした。その騒ぎの中を通らなければ、階段には行けないので教室へは辿り着けません。


 どうしようかと考えている間に、外から戻ってきた児童がどんどんと昇降口に集まってきました。あっという間に進むことも戻ることもできなくなりました。人に流されて、行きたくもない場所に押し込められて、どんどん、どんどん狭くなっていきます……怖い。


「皆待って! 昇降口の子は一回外に出て!」


 誰かが叫びました。多分用務員さんです。少しずつ昇降口が空いてきて、私も外へ脱出することができました。その後は六年生が学年ごとに来賓用の昇降口まで誘導してくれて、スムーズに教室まで戻ることができました。


 教室の中もやっぱりザワザワと騒がしかったのですが、誰も何が起こったのか知らないらしく、ただただ混乱していました。


「私、実は見てたんだけどさ」


 生き物係の子がぼそりと話し始めました。


「メダカの薬がなくて、一年生もメダカ飼ってたと思って借りに行ったんだけど……もうすぐ一年生の教室って所でガシャーンって音がして、何人かが出てきたんだけど一人怪我してて、それを見た子もキャーって悲鳴上げて……それで、なんていうか……」

「なんだよ……何があったんだよ」

「黒姫さんが出たーって」


 一瞬で教室が静かになりました。隣の教室のザワつきが聞こえます。


「は、本当に?」

「違う違う、何ていうか……元々は一年生の教室の中で一人が転んで水槽割っちゃったみたいなの。で、廊下にいた子が怪我してる子見て勘違いしちゃって、そしたら多分だけど教室の中にいた子達が廊下に黒姫さんが出たって思っちゃったみたいでパニックになってああなっちゃった」


 黒姫さん。ありがちな怪談の一つで、ただ話をしてキャーキャー言って楽しむものなはずでした。でも低学年の子達にはもう、そんな娯楽ではなくなっているのかもしれません。


「流石にヤバくない?」

「ヤバいけど、でもどうするの? お化けなんていないって言った所で信じるかどうか」


 結局午後の授業は全部自習に変わり、担任の島倉先生が教室に来たのは学校が終わる帰りの会でした。


「小さい子が怖がるので怖い話は控えるように。黒姫さんの話は学校で禁止になりました」


 禁止と言った所で、黒姫さんの噂が止まることはありませんでした。


 放課後になると、先生達は見回りも何もせず職員室へ戻って行きました。遅くまで残れるチャンスではありましたが、何だか気味が悪いので私も早々に学校を出ました。


 時間の早い帰り道は、ほんの少しだけ雰囲気が違って見えました。同じように下校している子供達はみんな口数少なく、早歩きで私をどんどん追い抜いていきました。どんどん人も減っていき、お化け屋敷の近くまで来るともう歩いている人が居ませんでした。みんな回り道でもしたのでしょうか?

 お化け屋敷の前まで進むと、私と佇んでいるもう一人しか居ませんでした。山田さんです。今回はお化け屋敷の門の横に設置されている郵便受けをじっと見ています。


 山田さんは、私が予想した通りに郵便受けを開けようと手を伸ばしました。


「やめなよ、犯罪だよ」

「良いじゃん、どうせずっと放置されてるんだし」


 郵便受けの蓋を掴んで引っ張り出します。しかし郵便受けは歪んでしまっているらしく、びくともしません。それでも山田さんは諦めず、より一層の力を込めて引っ張ります。何が彼女をそこまでさせているのでしょうか?


 しばらく抵抗していた郵便受けですが、突然ガタンと音を立てて開きました。反動で山田さんが尻もちをつきます。


「悪いことするからだよ」


道端に転がっている山田さんに手を差し出しますが、山田さんは私を見ずに郵便受けから目を離しません。不思議に思って私も見てみると、中に白い封筒が一つ入っていました。


「そんなに古く見えねぁな」


 お尻のほこりを払いながら山田さんが封筒を手に取ります。


「そんなはずない……」


 私は驚きました。


 あれは今年の二月くらいだったでしょうか。上級生の男子が、ふざけてこの郵便受けを開けたことがありました。彼らも山田さんと同じように反動で弾き飛ばされて周りの人を巻き込みながら転がりましたが、その時見えた郵便受けの中は空でした。


「じゃあ最近届いたのか? 切手も貼ってあるし、宛名は……小島万里か。男か女かもいまいち分かんねぇな」


 封筒の裏にも何かが小さく書かれていましたが、山田さんがせわしなく動かすので読めません。山田さんは封筒を太陽に透かせたりしてまじまじと観察しています。そして何のためらいもなく封をしていたセロテープに手をかけました。


「駄目!」


 私は山田さんの腕を掴んて止めました。人の手紙を読むという蛮行は流石に見逃すことはできません。


「良いじゃん良いじゃん。どうせ誰も読まねぇんだから」


 駄々をこねる山田さんから、無理矢理封筒を取り上げます。ぽいっと郵便受けに放り込んで体当たりで閉めました。封筒を手にするには、もう一度尻もちをつかなくてはなりません。

 山田さんは舌打ちをして帰っていきました。少し進んでは振り返り、いつまでも居る私を苦い顔で見てきましたが、私も山田さんの姿が消えるまでお化け屋敷の前を動く気はありませんでした。山田さんの姿が見えなくなり、念の為に暫く待ってから私も家に帰ります。


 数歩ほど歩いたところでふと気になり、戻ってお化け屋敷の庭を覗きます。好き勝手に雑草の生えた庭は、棚も植木鉢も生い茂った草でよく見えません。

 当然ですが、夢で見た光る何かはありませんでした。


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