第六話 納言さんと世尊寺くん
「ねえ、今日一緒に帰らない?」
「……えっ?」
世尊寺は、驚いたようにレンズの奥の目を見開いた。
パチパチと数回目を瞬いたあと、
「あっ、もちろん、いいですよ」
「ありがとう! じゃあ、帰ろっか」
「はい」
二人で土間を出る。
すると、向こうから土間に向かってくる二つの人影が見えた。
定子さまと、一条さんである。
定子さまは、こちらに「どんな関係なの?」とでも言いたげな視線を送ってきた。
そんな関係ではないですから、やめてください。
ムッと定子さまの方を見ても、定子さまはニヤニヤをやめない。
私はもう諦めて、世尊寺に話しかけた。
「駅まで一緒かな?」
「そうですね」
先ほどから簡単な受け答えしかしていないなーと思いながら、隣を見る。
私はハッとした。
ほんのり赤く染まった世尊寺の顔。
レンズ越しに見える目はわかりやすく泳いでいる。
ほほお、コイツ、女子に慣れていないな?
こういうタイプとはなかなか話さないので、私はじっくりと観察してみた。
長めの前髪がサラリとかかった顔は、塩顔っていうのかな?
イケメンに見えなくもない。
黒髪はサラサラしていて、譲って欲しいくらい。
何回も言うが、私はくせっ毛で、それがコンプレックスなのだ。
コイツ、顔はいいのになんでクラスで注目されないんだろう。
「世尊寺は、誰と仲がいいの?」
「えーっと、そうですね。この間学級委員に立候補していた、秋月とか。あとは、三組の四条とかです」
「へー、意外。あいつら、元気だよね」
秋月はおちゃらけているイメージだし、四条は噂だけ聞くとチャラい人だ。
それに対して、世尊寺はザ・真面目だから、ちょっと不思議だ。
私が頭に「?」を浮かべているのがわかったのか、世尊寺は苦笑いで説明を始めた。
「彼らとは、小学校が同じでした。四年生のとき、僕は彼らと同じクラスで。僕はそのときもおとなしかったのですが、二人は僕に話しかけてきたんです」
昔を懐かしむように、世尊寺は目を細めた。
眼鏡のレンズに、キラキラと光が反射する。
「正直、最初は迷惑でしたよ。でも、話していくうちに、賑やかな彼らといるのが、楽しくなってきて。自分でも不思議です」
おとなしく本を読んでいる世尊寺が、明るい秋月や四条にウザ絡みされて、顔をしかめている光景が、容易に想像できる。
でも。
世尊寺は笑っていた。
「いいお友達なんだね」
「全くよくない、呆れるくらい元気な友人です」
口では否定しているが、その顔は晴れ晴れとしていた。
駅に着く。
京都駅の中は、ほどよい喧騒が包んでいた。
私たちは、改札を抜けてホームまで行った。
電車は一分ほどでやってきて、二人で車内に入った。
夕方の車内はまだ空いていて、椅子に座ることができた。
ゆっくりと、体が揺れる。
「明日は土曜日ね。そうだ、定子さまと会える!」
「車内ではお静かに。藤原さんと会うんですか?」
「そうなの。私、定子さまの家庭教師だからね」
「へぇ、そうなんですか」
世尊寺は、感心したような様子だった。
小さい声で雑談しているうちに、世尊寺が「次で降ります」と言い出した。
会話が楽しくなってきたところなので、少し寂しい。
次の駅に着き、世尊寺は立ち上がった。
「また来週、納言さん」
そう言って、世尊寺はわずかに口の端を上げた。
「また来週!」
私も、笑って手を振り返した。
その翌日、土曜日の昼。
私は、定子さまのお宅に来ていた。
私たちは、いつものように定子さまのお部屋にいる。
ふと定子さまの方を見ると、ニヤニヤした笑みを浮かべていらっしゃった。
こ、この笑み、どこかで……?
あっ、昨日世尊寺と帰っているときも、同じ表情をなさっていたっけ。
ということは……。
「納言さん〜? 昨日、世尊寺くんと帰っていたわよね? あれ、どういうこと〜?」
やっぱり、これか。
定子さま、自分の恋愛に関しては深く語らないのに、他人にはよく聞くのよね。
「世尊寺とは委員会が同じなんです。だから、流れで一緒に帰ることになって」
「へえ? ふ〜ん?」
「本当になにもないですよ。定子さまの方こそ、一条さんとお帰りになったんですよね?」
よし、仕返しだ。
私はニヤリと笑った。
定子さまは、頬を赤くしてこう言った。
「懐仁、本当に優しいの。まるで王子さまみたい」
ああ、恋をしている乙女の顔だ。
定子さまこそ、まるでお姫さまだ。
ちょっと癪だけど、お似合いだ。
よし、ここは少し揶揄ってみよう。
「えー? いいですねぇ彼氏持ちは。ちょっと妬いちゃうな……」
「やっ、懐仁は納言さんであっても渡さないからね⁉︎」
慌てたような定子さまを見て、私は目を細める。
そんな姿もおかわいらしい。
「違いますよ。一条さんのことではなく。私は、定子さま一筋ですから!」
「ええっ?」
私はフフンと胸を張った。
定子さまは、驚いているようだった。
「もう、納言さんったら!」
定子さまはプクッと頬を膨らませると、シャーペンを手に取った。
そうだ、いつまでも揶揄っていないで、勉強しなければ。
私も教科書を取り出す。
「さあ、再開しましょうか」
―――
一方、その頃。
世尊寺行成は、秋月斉信の家にいた。
他にも、四条公任がいる。
そう、昨日世尊寺が話していた、元気な友人たちだ。
その友人二人は、世尊寺がやってくるなりニヤニヤしだし、彼を壁に追い詰めた。
「昨日、納言さんと帰っていたみたいだな」
四条が、世尊寺を壁ドンして尋ねる。
「どういう関係なんだよ」
秋月も、口の端を緩ませながら問いかけた。
世尊寺は耳まで真っ赤になってしまう。
その間にも、四条と秋月の気持ちの悪い笑みは増していくばかりだ。
世尊寺は、下を向きながら言った。
「納言さんとは委員会が同じなんです。だから、流れでそうなったというか……」
恥じらう世尊寺がそう言うと、四条と秋月は目を合わせた。
そして、
「ホントにそれだけか?」
「付き合ってるんじゃないのかよ!」
さらに詰めた。
世尊寺は顔を赤くしつつ、ため息をついた。
彼の友人たちは、いつもこうだ。
そのため、世尊寺はいつも苦労している。
だが、二人はこれでも世尊寺を気にかけている気なのだ。
全く、明るいやつらだ。
世尊寺は、こっそりとため息をついた。




