第二話 納言さんと藤原家
「さ、ここが私の家よ」
桜がもうすっかり花を落とした、休日の昼下がり。
目の前には、まさに豪邸という言葉がピッタリなお家。
お家……、ですよね?
大きすぎて、家かどうかもわからなくなる。
「お父さまに話は通しておいたわ。とりあえず、今日は遊びに来たような感覚でいいから、上がって」
「おっ、お邪魔します……」
大豪邸の扉を、定子さま付きのボディーガードさん? が開け、私たちは中へ入った。
今日は、記念すべき一回目の家庭教師の日。
ここに来るまでも、家にリムジンが迎えに来たり、そのリムジンの乗り心地が良すぎたり、大人に敬語で接されたりと驚くことばかりだった。
けれど、今日一番の驚きはこのお家かもしれない。
見た目通り、中もとても広々としていて、高級そうな感じだ。
「おお、いらっしゃい。君が納言さん?」
「ひゃっ⁉︎ は、はい、納言諾ですが」
声のした方に顔を向けると、テレビなどで見たことがある顔の方がいた。
「ああっ、藤原道隆さま?」
「よくわかったね。私は定子の父、藤原道隆だ。知っているかもしれないけれど、総理大臣をやっているよ。娘をよろしくな」
優しげな笑みを浮かべる道隆さまは、なんだかとても人当たりが良さそうで、テレビで見るよりラフにしていた。
でも、こちらはシャキッと背筋を伸ばして返事をした。
「はい、定子さまの学力向上のため、頑張ります!」
そんな私を見て、道隆さまはフッと目を細めた。
「君なら大丈夫そうだね。さあ、定子、お部屋に案内してあげな」
「ええ。行きましょう、納言さん」
「はい!」
私と定子さまは、定子さまのお部屋に入った。
定子さまのお部屋は、とても清潔でキラキラしたオーラを感じた。
「ここに座って」
定子さまに促され、私は定子さまが座ったところの机を挟んで向かい側に座った。
淡い桜色のカーペットから、ふわりとした感触が伝わってくる。
「ええっと、定子さま。改めまして、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
私がたどたどしく頭を下げると、定子さまは綺麗な所作で礼をされた。
そのお姿は、思わず見惚れてしまうほど。
いけないいけない、何かお話をしなければ。
そう思って話題を探すけれど、なにも思いつかない。
そういえば、私服で会うのは今日が初めてだ。
そう思うと、急にドキドキし始めた。
私、変な服じゃないよね。
今日は薄い黄色のブラウスに黒のデニムという、少し上品な服を着てきたけれど。
向かいに座る定子さまは、桜色のワンピースという姿で、もちろん素材がいいのもあるけれど、とてもお綺麗だった。
萎縮してしまっている私を見かねたのか、定子さまは何やら本棚に向かって歩き始めた。
「ねえ、納言さん。こちらのイラスト、素敵じゃないかしら。私、この方のイラストが好きなの」
定子さまが取ったのは、小説のようだった。
そのイラストには、鮮やかな色味や力強いタッチで、見る人を惹きつけるような魅力があった。
私も、本屋で見かけたことがある。
「小説の内容は、主人公が俳優さんを目指すものなのよね。イラストレーターさんもそうだし、作家さんも好きなの。この作家さんは他にも、この小説を書いているの。こちらは学園ものなのだけれど――」
定子さまのお話は、あれこれと話題が変わっていくので全く飽きない。
その知識量にも感心してしまう。
そして、なによりも楽しそうに語る定子さまの姿が、美しかった。
この方、私がいなくても十分賢いのでは?
政治家の娘さんなのだから、賢いのも当然かもしれないけれど、それにしても定子さまは素晴らしい。
私が困らないようにと気遣いもしてくださって、なんていいお方なんだ。
私も頑張らなければ。
「その方の小説、私も読んだことがあります」
勇気を出して、一言。
すると、定子さまは朗らかに微笑した。
「本当?」
「ええ。とてもおもしろかったです」
「ふふ、これ、貸してもいいわよ」
「い、いいのですか⁉︎」
あれ、私、自然と笑えてる?
すっかり緊張も解け、その日はしっかりと定子さまにお教えすることができた。
帰るときに「給料だ」と言われて万札を渡されたのは、ビックリしたが。
その日、私は家に帰っても、定子さまの笑顔が忘れられなかった。




