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第九話 納言さんと部活

 私は、教室の自分の机で、白い紙を見つめてぼうっとしていた。

 プリントに、春の光が柔らかく降り注いだ。

 書いてある文字は、『入部届』。

 今週から、部活の体験入部が始まる。

 もちろん、私もどこかしらの部活に参加してみたいと思っている。

 もう一枚、私の机には紙が置いてある。

 それは、部活一覧。

 体験入部は一週間だけなので、どの日、どの部に参加するかとても悩んでしまう。

 名門私立校の我が校は、信じられないほど部活がたくさんあるのだ。

 その数、およそ三十。

 同じ小学校だった私の友達とメッセージをやりとりしていたら、その多さに驚かれた。

 彼女の学校には、十余りしかないそうだ。


「納言さん。どの部に行くの?」


「定子さま! 私はまだ決まっていなくて。定子さまは?」


「私は、文芸部か茶道部に入ろうかと思って。納言さんは読書が好きだから、文芸部とかいいかもしれないわよ?」


 文芸部、茶道部。

 どちらも定子さまにピッタリな、とても素敵な部活だ。

 実は私も、文芸部は気になっていたのだ。

 それでも私が逡巡していると、定子さまが優しく声をかけてくださった。


「あなたの気になる部活を、教えてくれるかしら。まだ決まっていなくてもいいの。あなたの、心のままを教えて」


「私の、心のまま……」


 私は、自分の心の奥底に意識を向ける。

 すると、自分でも驚くほどスルリと言葉が出てきた。


「文芸部と、詩歌同好会(しいかどうこうかい)です」


 そう。

 私がもう一つ気になっているのは、詩歌同好会。

 少人数なので同好会扱いだが、たまに文章を書く私としてはとても気になるところだ。

 私がそう告げると、定子さまはニッコリとお笑いになった。


「納言さんらしいわ。では、文芸部の体験は一緒に行きましょう」


「……! よ、よいのですか?」


「ええ、もちろん」


 定子さまは、春風よりも遥かに爽やかな風を吹かせた。


 ―――


 私と定子さまは、次の日、放課後に文芸部の体験入部に向かった。

 文芸部の部室は、図書館棟にある。

 この学園には大きな図書館棟があり、一階が図書館、二階が本に関連する部活動の部室、三階が自習室になっている。

 私たちは、ドキドキしながら図書館棟の階段を登っていく。

 そして、二階にたどり着いた。


「この階よね……」


「そうですね。あっ、あそこですね!」


 私は、階段から二番目の教室を指差した。

 そして、定子さまと目配せをしてから、意を決して扉をノックする。


 コンコンコン


 小気味のいい音が響いた。


「どうぞ」


 柔らかい女子の声がする。

 定子さまがガラガラガラ、とゆっくり扉を開けると、そこには本棚に囲まれた空間が広がっていた。


「あっ、体験入部の子?」


「いらっしゃい」


 どうやら、私たちが一番乗りのようだ。

 先輩たちは、ふわりと笑って出迎えてくれた。

 部室中に光が降り注ぎ、先輩たちをふんわりと照らす。

 光が当たると、先輩たちの顔が鮮明に見えた。

 全員、輝くような美少女だ。

 その後、他にも数人、体験入部の一年生がやってきた。

 おとなしそうな雰囲気の女子が一人と、二組の図書委員の女子もいた。

 そして、最後に入ってきたのは……。


「懐仁!」


 そう、一条さんだったのだ。

 定子さまは、驚きつつも嬉しそうだ。

 私も、とても驚いた。


「じゃあみんな、文芸部のことを少し説明するね」


 萌黄色のネクタイをしっかり締めた、ポニーテールの先輩がそう言った。

 ちなみに、中等部は制服のリボン・ネクタイの色が水色だと一年、桃色だと二年、萌黄色だと三年。

 高等部は、紺色だと一年、紅色だと二年、緑青色だと三年。

 というように、学年ごとに色が異なり、どの学年か判別がつくのだ。

 先輩が話し始めたので、私たち一年生はおしゃべりをやめて先輩の方を見た。


「私は、部長の弘本(こうもと)です。文芸部は、文章を書いたり読んだりする部活です。週に一、二回くらいのペースで活動します。では、活動の様子を見学してもらいましょうか」


 ハキハキと弘本部長が言い終えると、桃色のリボンを緩く結んだふわふわ髪の先輩が、透き通るような声で言う。


「部長、普段わたしたちがしてることなんて、おしゃべりしながら本を読むくらいじゃないですか。体験入部がそんなにユルくて、大丈夫なんですか?」


「ちょっと香野(こうの)、部長を困らせないで……。ほら、一年も見てる」


「……ごめん」


 同じく桃色のネクタイをきっちり締めた黒髪の先輩に小声で注意され、香野先輩は小さく手を合わせた。

 そんな二人のやりとりに苦笑した弘本部長は、


「そんな緩い部活です。終わるまで、読書をしていて構いませんよ」


 と言った。

 私たち一年生も、本棚に駆け寄った。


 ―――


 次の日。

 今日は水曜日で、詩歌同好会の唯一の体験入部日だ。

 二年二組の教室で活動をするらしく、私は二年生の教室がある棟に行った。

 二年二組は……、ここか。

 私は教室の扉を開けた。


 ガラガラガラ


「おっ、二人目だね。いらっしゃい」


 そう優しい声音で告げたのは、桃色のネクタイを締めた、線の細い先輩だった。

 そして、教室をぐるりと見まわすと。


「はっ、世尊寺⁉︎」


「納言さん……」


 これには、二人揃って絶句した。


「あれ、知り合いなの?」


 先輩は、世尊寺と私を見比べて首を傾げる。


「はい。クラスメイトなんです」


「あっ、そうなんだ。っていうか、公任のやつ全然来ないじゃないか。逃げたな」


 先輩がそう言って表情を曇らせる。

 公任、って、三組の四条のこと?


「ああ、僕は二年の四条道信(しじょうみちのぶ)。この同好会の部長で、公任の従兄弟だよ」


 四条部長は、そう言ってふわりと笑った。

 そのとき、


「呼びました?」


 凛とした声が響く。

 開けっぱなしだった扉から、一人の男子が入ってきた。


「公任……」


「よかった。来てくれたんだね」


 世尊寺は頭を抱え、部長はパッと顔を輝かせた。

 四条(同輩)も入部するのかな……?

 なんだか、ちょっと楽しそうかも。

 私はそう思いながら、フッと笑った。


「みんな、集まってくれてありがとう。この同好会は、不定期に集まって詩や和歌などについて語るために、僕が今年立ち上げました。好きに話してくれて構いません」


 先輩の言葉に、私の胸はドキドキと高鳴った。

 実は、私は詩や和歌が好きなのだ。

 高鳴る胸とは反対に、だんだんと頭からすーっと冷静になっていく。

 な、なにから話せば……?

 そう思っていたとき。


「じゃあ、みんなが好きな歌人や詩人はいるかな?」


 部長が話題を作ってくれた。

 そのおかげで話もつながり、なんとか初対面でも話すことができた。

 このときから、すでに決めていた。

 私は、この同好会に入りたい――。


 ―――


 その後、私は詩歌同好会に入ることにした。

 世尊寺と四条(同輩)も入るのだそう。

 定子さまは文芸部、一条さんは吹奏楽部に入るそうだ。

 定子さまとは離れてしまったけれど、定子さまだって一条さんと離れてしまっても頑張ろうとしている。

 なら、私も頑張らないと。

 そう思いながら、私は入部届にサインした。

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