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オリオン座を見つけたら

作者: 星乃こよい
掲載日:2026/01/22

 桜の花が咲き始めた三月。

 卒園式の日、僕をぎゅっと抱きしめた後、優香先生の両目からポロポロと涙がこぼれた。

 どうして泣いてるの?

 僕、先生を悲しませることしちゃった?

 僕は、優香先生がどうして泣いてるのか分からなくて、もしかして、さっき卒園式でみんなで歌った歌のせいかと思って、

「先生、さっきのお歌、きらいだった?」

と聞いた。

 先生は桜色のハンカチで涙をふいて、

「そうじゃないよ」

と笑った。





 小学校の校庭のブランコは、校舎全体が眺められる場所に四つ並んでいる。

 なんとなく卒園式のことを思い出しながらブランコを漕いでいると、

「空を見てるの?」

 となりのブランコから(しずく)が僕に話しかけた。

 肩にかかる黒髪が、ふわりと風に揺れている。

 雫は僕と同じ一年三組。同じ通学班で、同じマンション。

 幼稚園は違うとこだったから、小学校になってから友達になった。

 クラスのみんなとドッジボールもするし、男の子だけでサッカーをすることもあるけど、雫と一緒に、こんなふうに並んでブランコに乗ったり、帰り道にきれいな形のドングリを拾ったりするのが、僕にはいちばん心地よかった。

 この前も通学路の途中で、二人でイチョウの葉っぱを拾った。汚れたり破れたりしていない、黄色いイチョウの葉っぱ。一枚持って帰って、家でママに自慢したら、押し葉にして葉っぱのしおりを作ってくれた。

「空を見てたわけじゃないけど」

 僕は勢いよくブランコを漕いだ。耳のそばで風を切る音が聞こえて、自然と声が大きくなる。

「そうなの? 私、空を見るのって好き」

「雲の形がおもしろいから?」

「うん。じゃあさ、優真(ゆうま)、あの雲は何に見える?」

 雫は校舎の上の、細長い雲を指差した。

「なんだろう? サンマかな」

 僕が答えると、雫は大笑いした。

「優真、昨日の夜ごはん、サンマだったって言ってたもんね」

「うん。めちゃくちゃ、おいしかった」

 そのまま雫とブランコで遊んでいると、しばらくしてチャイムが鳴った。三時間目が始まる。僕たちは、校庭を突っ切って、校舎へと走った。

 走りながら、雫が、

「来週の遠足、楽しみ。プラネタリウムだもん」

と言った。





 次の週の水曜日、僕たちはクラスごとにバスに乗って、隣の市の科学館に行った。四、五人の班に分かれて館内を回ってから、みんなでプラネタリウムで星空の解説を聞いた。

 僕はプラネタリウムは初めてだった。

 まるいドーム型の天井。席に座ると、なんだかドキドキした。

 背もたれをぐぐっと倒して、夕焼け色をした天井を見上げると、公園の芝生の上に寝転がって、空全体を眺めているみたいだった。

「みなさん、こんばんは」

 マイクを通して、星空解説員のおじさんの声がドームの中に響く。

 お昼間なのに、コンバンハ? なんて一瞬思ったけど、

「今日の日の入り時刻は、午後四時四十七分です」

という説明とともに、夕焼け色の空がだんだん紫色になって、一番星が光りはじめると、僕はすっかり、今はもう夜なんだ、という気分になった。

 やがて、僕たちの上に満天の星空が広がる。

 十二月は、秋の星座から冬の星座に変わっていく季節らしい。

 夜が更けていくと、天頂にあった秋のペガサス座が西に動き、東から冬のオリオン座が昇ってくる。

 冬は一等星がたくさん見えて、夜空がとてもきれいなんだそうだ。

 おおいぬ座、こいぬ座、おうし座、ふたご座……

 いろんな星座が紹介されたけど、僕はオリオン座が一番きれいだと思った。形がかっこよくて、明るい星がたくさんあったからだ。

「町の明かりがあっても、オリオン座は見ることができます。今夜、寝る前に時間があったら、ぜひ夜空を見上げてみてください」

 雫とは班が違って、彼女がプラネタリウムのどこの席に座っているのか分からなかったけど、僕と同じように雫もオリオン座を気に入ってたらいいなと思った。





 科学館を出て、帰りのバスに乗ろうとしたとき、雫がそばにやってきた。

「優真、今日いっしょにオリオン座を探そうよ?」

 僕の方から言おうとしてた言葉をかけられて、僕は雫の顔を三秒間ぐらい見つめた。

「……うん。さがそ!」

「じゃあ、マンションのすべり台のとこに、八時ね!」

 雫は僕に手を振って、女子の友達と先にバスに乗った。

 後から来たクラスメイトに背中を押されるように、僕もバスに乗った。


 早めにお風呂に入って、夕ごはんを食べて、あったかい格好をして、僕は中庭に行った。ママが付いてきてくれた。

 マンションの中庭は小さな遊び場になっていて、すべり台はその真ん中にある。夜だけど、植栽や歩道に沿ってオレンジ色のライトが灯っていて、中庭はそれほど暗くなかった。

「あ、優真!」

 雫は先に来ていて、お母さんとベンチで待っていた。

 僕たちはお互いを見つけると、どちらからともなく駆け出して、すべり台に上った。

 すべり台のてっぺんは狭かったけど、雫と僕なら、二人並んで座れた。

 僕たちは、二人で並んで、夜空を見上げた。

「わぁ……!」

 街明かりがあるから、プラネタリウムのように満天の星空というわけにはいかないけど、僕たちの上に、星の瞬く夜空が広がっていた。

「優真、あれ、オリオンの三ツ星?」

「ほんとだ! 赤い星がベテルギウスで、青いのが……なんだっけ?」

「リゲル!」

 雫と僕の声が、夜の空気に響く。

「ほんとにオリオン、あったね!」

「うん、あったね!」

 すべり台のてっぺんで、僕たちは笑いあった。

 雫の目が、夜空の星のように輝いて見えた。

 僕も同じだったと思う。

「プラネタリウムと同じ、砂時計の形だね」

と僕が言うと、

「リボンの形だよお」

と、雫はオリオン座を指でなぞった。





 夜は九時に寝るから、五分か十分ぐらいだったけど、それから時々、僕たちは、夜八時にすべり台の上からオリオン座を眺めた。

 天気予報が晴れで、スイミングとかの習い事がない日に、学校で約束して。

 それは、トクベツな時間だった。

 休み時間にクラスの友達とドッジボールをするのも楽しいけど、それとはちょっと違った。

 休み時間も授業中も、そこには同じクラスの友達や先生がいて、その中に雫もいる。スイミングに行くと、コーチや他の小学校の子達がいる。家でもパパやママがいる。

 だけど、オリオン座を見上げている数分間だけは、この世界には、僕のほかには雫だけしかいないんじゃないかという気がした。

 誰かと星空を見ているときは、誰でもそう感じるのかな?

 中庭のベンチにはママも雫のお母さんもいるのに。遠くから車の音や人の話し声も聞こえてくるのに。

 不思議だった。


 僕はオリオン座の周りの星のことも、図鑑で読んで分かるようになった。

 あのときプラネタリウムで説明されてたことも書いてあった。

 オリオン座のべテルギウスと、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンをつないでできた三角形を、冬の大三角と呼ぶこと。

 おうし座のアルデバランのそばに、スバルと呼ばれる星の集まりがあること。

 それから、冬になるつれて、冬の星座は見える位置が天頂に近づいていくこと。

 実際、夜八時に見るオリオン座は、はじめは東の空低めにあったのに、冬休みが終わる頃には、教室の一番前の席から黒板の上を見上げるぐらいの高さになった。





 三学期の初日の夜空は、空気が澄んで、星がいつも以上に輝いていた。

「雫は冬休み、どこか旅行した?」

「ううん。でも親戚の家には行ったよ」

 いつものように、雫と僕はすべり台のてっぺんに並んで座って、オリオン座と、その周りの星座を眺めた。

 冬休み中に出かけた初詣のこととか、お年玉のことを話して、そろそろ家に帰る時間かなと思ってた時、

「今日の星、とってもきれいだね」

 雫がささやくように言った。

 僕は冬の大三角をぼんやり眺めてたけど、その声がさっきまでと違う気がして、雫の方を振り向いた。

「そうだね。今までで一番よく見えるね」

 雫は、夜空を背景にして僕を見ていた。

「優真、オリオン座って、世界のどこにいても見えるのかな?」

「世界の、どこにいても?」

 僕はちょっと考えて、「うん、たぶん」と答えた。

「ほんと?」

「南半球だと逆さまに見えるって図鑑に書いてあったから、きっと地球のどこからでも見えると思うけど……」

「そっか。じゃあ安心した」

 雫は僕に笑いかけた。

 だけど、その笑顔は少し、さびしそう、な気がした。

「優真、私、引っ越すよ」

 雫の声が、冬の夜の空気に響いた。

「オーストラリア。南半球だから向こうは夏なんだって。季節もオリオン座も逆さまなんだね」

 いつ引っ越すの?

 僕はそう聞いたんだと思う。

「来週」

と雫が言った。


 僕は、卒園式の優香先生を思い出した。

 先生が泣いていた理由が、やっと分かった。

 先生は、ちょっと寂しかったんだね?

 毎日当たり前のように会っていた人に、明日もまた会いたいと思っている人に、会えなくなってしまう。

 それは、とても、さびしいことだったんだ。


 星が見えない夜だったら、僕は泣いていたと思う。

 だけど、夜空の星は、キラキラと輝いていた。

「逆さまのオリオン座、一人で見つけられるかなあ」

という雫の声が聞こえた時、僕は思わず、両手で雫の手を握って、

「大丈夫だよ!」

と言っていた。

「大丈夫だよ。僕たち、もうオリオン座見つけるの、めちゃくちゃ得意だもん。一人でだって、逆さまだって、ちゃんとオリオン座見つけられるよ!」

 ひとかけらも嘘はなかった。

 プラネタリウムに行った日から、繰り返し繰り返し、オリオン座を見てきたんだから。

 そして、そうしているうちに、僕たちは星明かりの下にいる時間がトクベツになっていたんだから。

 雫は、僕の手を握り返して、

「ありがと!」

と言った。あふれるような笑顔で。

「じゃあ、優真がオリオン座を見つけたら、その時はきっと、私もオリオン座を見上げてるからね」













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― 新着の感想 ―
ロマンチックなオリオン座のリゲルとベテルギウスのお話を書いて頂きありがとうございました☆小さな恋のメロディの映画みたいで心に響きました♡ 私もお星様が大好きで冬のダイヤモンドを散りばめた小説を連載して…
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