序章 第3幕:旅立ち 第12話
5人はディアナの後ろを必死に追いかけていった。ふと、マリーはディアナに自己紹介をしていないことを思い出し、口を開きかけた瞬間、ディアナがぱっと手を振った。
「自己紹介はしなくて大丈夫!君たち、ヴェルナーラでも新聞に載るくらい有名だから!」
「「「「「……え?」」」」」
ディアナは当然のように一人ずつ指をさしていく。
「まず――金髪で青い瞳のあなた。モン・ルミエールの聖女、マリー様でしょ?」
マリーはびくっと肩を震わせた。
「つ、ついに名前を言われた……」
ディアナは次にクララを指す。
「栗毛で薔薇色の瞳のあなたはシュプリューレーゲンのカレンベルク侯爵の婚約者のカミーユ・ドゥ・ボンパドゥールさん。あの街じゃ大ニュースだったよ?」
クララは顔を真っ赤にした。
「な、なんでフリューゲルの子がそれを……!」
「新聞に載ってたから!」
即答である。そしてクララへ。
「伽羅色の髪に翡翠の瞳のあなたはクララ・ベルナールさん。あなたの家って『愛の賛歌』とか『白いリラの咲く頃』ってワイン作ってるでしょ?フリューゲルはお酒好きが多いから、あなたの家のワインもよく飲むの。それにあなたは聖女様の侍女として新聞にちょくちょく写ってたから有名なんだよ」
クララは目をぱちぱちさせた。
「……そんなに写ってたんだ、私……」
ディアナは今度は黒髪の二人へ向き直る。
「で、黒髪のあなたたち。顔が似てるから正直区別がわかりづらいけど……どっちかが“シュプリューレーゲンに捕まった軍人を解放してください”って言いに行った使節団に入ってたリュカ・ドゥ・ロレーヌさんでしょ?新聞に載った時、女の子たちがキャーキャー言ってたよ」
リュカが「えっ」と変な声を出した。
「……俺、そんな扱いだったのか……?」
ディアナはさらりと続ける。
「そうよ。貴族の女性たちが『あの方に手紙を書きたいんですけど!』って新聞社に問い合わせたらしくてね。
そのせいで、使節団に入ってた人たち全員の名前が載っちゃったの」
リュカは頭を抱えた。
「……マジか……」
「でも安心して。土神さまと雷神さまが『本人の許可なく名前を載せるな』って苦言を呈されたから、初版だけで回収されたみたい。今は出回ってないわ」
そしてディアナは、もう片方の黒髪――アンリを指した。
「で、あなたはアンリ・アンヴェールさん。フリューゲルの使節団がモン・ルミエールに行った時の新聞記事の写真に載ってたわ」
リュカの話を聞いていたアンリがおそるおそる口を開いた。
「……まさか、俺も新聞に名前が載ってたってわけじゃないよね」
ディアナは首をかしげながら答えた。
「ううん、アンリさんは載ってなかった……ような気がする。少なくとも、私が見た範囲ではね」
リュカが驚いたように眉を上げる。
「じゃあ、どうしてアンリの名前を知ってるんですか?」
ディアナは「ああ、それね」と軽く笑った。
「兄さんがその使節団に入ってたの。で、帰ってきた時に家族で写真を見せてもらったんだけど……
アンリさん、兄さんの隣で写ってたのよ。その時に名前も一緒に聞いたから覚えてるの」
アンリは耳まで赤くなる。
「……写真、見られてたのか……」
ディアナは慌てて手を振った。
「いや、変な意味じゃないから!兄さんがね、『この人、すごく頼りになったんだ』って話してて。
モン・ルミエール王国の神殿でも出世頭だって兄さんから聞いたから“政治に関わる人の中では有名なのかな”って思ってただけ」
アンリは少しだけ視線をそらし、照れくさそうに息をついた。
「……そういうことなら……」
ディアナはにっと笑って、満足げに両手を腰に当てた。
「というわけで、自己紹介は不要! 」
クララが歩きながら首を傾げた。
「ねぇ、ディアナさんはどうして山にいたの?こんな霧の中で一人で……」
ディアナは「ああ、その話ね」と軽く指を鳴らした。
「ゼフィロスさまがね、『モン・ルミエールの方からヴェルナーラに向かう旅人が五人来る』って、風神さまに直接、伝えてくださったのよ」
アンリとリュカが同時に固まった。
「俺たちの情報、もうフリューゲルに伝わってたんだ……」
「早すぎないか……?」
ディアナは当然のように言った。
「そりゃそうよ。ゼフィロスさまがフリューゲルの人里に降りてくるなんて、百年に一度あるかどうかの大事件なんだから。 姿を見せた瞬間、フリューゲル中に広まったわよ。みんな大騒ぎだったんだから」
クララが目を丸くする。
「そんなに珍しいの……?」
「珍しいどころじゃないよ。モン・ルミエールで言うなら……ラ・フォンテーヌ村に聖女様がいらっしゃった、くらいの衝撃ね」
五人は「あぁ……」と納得したように声を漏らした。
ラ・フォンテーヌ村ーーかつては風光明媚な観光都市だったが57年前の第46次侵攻の拠点にされ、 シュプリューレーゲン軍が残した地雷や毒ガスで今も人が寄りつかない危険地帯。もしも、そんな場所に聖女が来れば、国中がひっくり返るほどの大騒ぎになるのは当然だった。
ディアナは少し声を落として続けた。
「でもね、ゼフィロスさまが来てから十日経っても、モン・ルミエールから来るはずの五人組が全然現れなかったの。セレリス山脈からフリューゲルまで三日くらい。休みながらでも五日あれば着くはずなのに。それで風神さまが心配なさって……『探しに行ってきなさい』って」
リュカが苦笑した。
「……それでディアナさんが?」
「そう。探索任務ってわけ。で――」
ディアナはくるりと振り返り、五人を指さした。
「目の前に、それらしい五人組が霧の中で迷子になってたの!」
クララが頬を赤らめる。
「……否定できない……」
アンリは深く息をつき、苦笑した。
「助けてもらえて本当に良かったよ」
ディアナは胸を張って笑った。
「任せてよ。風神さまの心配も、これでひとまず解決ね!」
6人はしばらく無言で歩き続けた。ディアナの選ぶ道は5人で歩いていた時と違って大きな岩が少なかったり、道が乾いていたりととにかく歩きやすかった。しばらくすると、ディアナがふと振り返った。
「とりあえず、今日はアトモスフェーレ村に泊まろう」
クララが首を傾げる。
「アトモスフェーレ村……?」
ディアナは指を山の麓の方へ向けた。
「セレリス山脈を出てすぐの場所にある村よ。 霧の出る地域からは外れてるし、旅人が物資をそろえるにはちょうどいいの。 山に登る人が多いから、道具屋も食料も揃ってるしね」
リュカが納得したように頷く。
「なるほど……登山客が多いなら、確かに便利そうだ」
「それに――」
ディアナはにっと笑った。
「宿が多いのが一番の理由。急に行っても泊まれるし、あなたたち五人を受け入れられる部屋数もきっとあるはずよ。ここからフリューゲルで一番の大都市であるストリボーグ城の城下町までは丸一日かかるから、今日は無理しない方がいいわ」
アンリがほっと息をついた。
「助かる。正直、もう足が限界だった」
クララも笑いながら言う。
「ディアナさん、本当に頼りになるね」
ディアナは照れ隠しのように肩をすくめた。
「案内役なんだから当然よ。さ、急ごう。アトモスフェーレ村の夕食は美味しいんから日が暮れる前に着いた方がいいわ」
五人は自然と笑顔になり、ディアナの後を追った。




