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聖女巡礼録 追放された聖女は敵国を旅することにした  作者: 深雪
序章 祈りの果て、旅の始まり
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序章 第3幕:旅立ち 第11話

「ねぇ、これ本当にフリューゲルに行く方向であってるの?」

クララは心配そうに聞いた。霧の濃い山道をもう2日も歩いているが、前も後ろも白い靄に飲まれて仲間の輪郭さえぼやけて見える。


先頭を歩くアンリが歩みを止めて方位磁針と地図を見ながら答えた。

「間違ってはいないはず、だが……霧が濃すぎて合ってるとも言えないな」

リュカは周囲を見回しながら呟いた。

「昨日より霧が濃くなってる気がする。山の天気の気まぐれさは軍にいたころからわかってたけど、ここは想像以上だ」

マリーは肩にかけた荷を持ち直しながら少し息を吐いた。

「一旦、休憩して全員で地図を確認したほうがいいと思うの。このままずっとたどり着かないのは体力的につらいから」

「そうですね。フリューゲルに着かなければ旅が一向に始まりませんしね」

カミーユも同意する。そして、みんなその場に荷を下ろし、地図を広げて現在地を確認しようとするが……。


「ねぇ、アンリ。今がどこかわかってる?」

リュカに問われたアンリは地図を睨みつけたまま、しばらく黙り込んだ。霧のせいで地形の目印はほとんど見えず、足元の岩の形すら曖昧だ。

「……正直、確信はない」

アンリは苦々しく言った。

「三つ目の分岐を越えたはずだが、霧で見落とした可能性もある」

クララが肩を落とす。

「えぇ……じゃあ、今どこなの……?」

そのときだった。


「ねぇー!そこの旅人さんたちー!」

五人の頭上から風鈴のような透き通った声が響いてきた。五人が一斉に顔を上げると見慣れない少女が蝙蝠みたいに逆さまにぶら下がっていた。クララは悲鳴を飲み込み、マリーとカミーユは思わず後ずさり、リュカは反射的に剣の柄に手をかけた。アンリは完全に固まっている。


少女はくるりと身を翻し、ふわっと軽やかに地面に降り立った。身長はマリーの肩くらいしかない。ぱっと見で10歳前後。

リュカは恐る恐る声をかけた。

「ねぇ、お嬢さん……こんなところに一人でいらっしゃるのですか?ご両親は心配なさらないでしょうか?」

マリーたちは久しぶりのリュカの敬語モードに目を丸くした。少女はきょとんとした後、ムッと頬を膨らませた。

「私、こう見えて20歳なんだけど?」

「「「「「20歳!?」」」」」

少女はジトっとした目で5人を見まわし、ぼそりと呟いた。

「なんかバカにされた気がする」

クララが慌てて手を振る。

「ち、違うの!見た目が可愛らしいからびっくりしただけで!」

マリーも必死に頭を下げる。

「本当に失礼するつもりはなかったの。驚いただけで……!」

リュカは笑顔を引きつらせながら言った。

「そ、そうですよ。むしろ尊敬しますといいますか、その……すごいなと思いまして……!」

少女はため息をついた。

「……あのね。あたし、小さい子どもじゃないんだから、そんな“よしよし”みたいなご機嫌取りしないで。余計に馬鹿にされた気がするから」

五人は揃って固まった。

「「「「「……すみませんでした」」」」」

少女は腕を組んでふん、と顔をそむけたが、すぐに思い出したようにポケットをごそごそと探り始めた。


「まぁ、いいや。それよりこれを見て」

差し出されたのは銀の勲章。中央にはマリーの手に描かれた風神の紋様と同じ柄が彫られていた。

「あなたは風神さまの神官なの?」

マリーが聞くと、少女はうーんと悩みだした。

「神官って言われるとちょっと違う気がするんだけど、そんな感じもするな……天籟騎士団は風神さま直属の組織だけど神官ではない気がする」

「え、天籟騎士団(てんらいきしだん)!!」

アンリとリュカが驚いたような声を上げると少女は二人をギロっと睨む。アンリとリュカは、少女の鋭い視線に思わず背筋を伸ばした。

「……悪かった。驚かせるつもりはなかった」

「ごめん。声が大きかったよね」

二人が素直に頭を下げると、少女はしばらくじっと睨んでいたが、やがてふいっと顔をそむけた。

「……まあ、謝るならいいけど」

その声はまだ少し不機嫌そうだったが、怒りは収まったらしい。 少女は腕を組んだまま、霧の向こうをちらりと見てから思い出したように言った。

「そうだ、自己紹介してなかったね」

くるりと五人の方へ向き直り、胸を張る。

「私は天籟騎士団の測量士をしてるディアナ・ノール。ここらへんなら地図なしでどこにでも行けるんだ」

ディアナは胸を張って言った。その小柄な体からは想像できないほどの自信がにじみ出ている。クララがぱっと顔を明るくした。

「すごい……!じゃあ、私たちが迷ってたのもわかったんだね?」

ディアナは得意げに頷いた。

「うん。霧の日に山道で座り込んでる旅人なんて、迷ってますって言ってるようなものだよ」

リュカが苦笑しながら言う。

「否定できない……」

アンリは真剣な表情でメリッサを見つめた。

「測量士、ということはこの山の地形に詳しいんだな」

ディアナは腰に手を当て、少し誇らしげに続けた。

「もちろん、この山はフリューゲルの一部だからね。地形が変わるたびに何度も歩いて地図を作り直したんだから」

クララが首を傾げる。

「えっ、地形ってそんなに変わるものなの?」

ディアナは「そこなんだよねぇ」と言わんばかりに肩をすくめた。

「変わるよ。この山はフリューゲル領の端っこだから、いろんな影響を受けやすいの。魔物が巣を移す時に地面を掘り返したり、魔物が大暴れしたせいで土石流が起きたり……まあ、それはまだ可愛い方」

リュカが眉を上げる。

「可愛い方……?」


ディアナは指を一本立てて、霧の向こうを指した。

「天籟騎士団の上の方の人が魔物討伐の時に全力を出しすぎて魔法で地形を変えたりしちゃうことが数か月に1回はあるし、この山、鉱山資源が結構あるから採掘する時に使った爆弾の威力を間違えて大破しちゃうこともある」

リュカは眉をあげる。

「それって普通に大事件ですよね」

メリッサは「でしょ?」と肩をすくめた。

「でも、一番厄介なのは、風神さまが“ちょっと力加減を間違えた時”」

五人は一瞬固まった。マリーが恐る恐る聞く。

「……力加減を、間違える?」

「説明が難しいなぁ……。まず、私たちが『風神さま』とか『水神さま』って呼んでる人が元々私たちと同じ普通の人間だったってことは知ってる?」

メリッサが問うと5人は頷いた。流石に、このことはヴェルナーラ皇国にとって敵国であるモン・ルミエール王国(正確に言うならモン・ルミエール王国が勝手にヴェルナーラ皇国を敵視してるだけだが)にも伝わっている。

「それで、本物の神さまに選ばれたら人間が本物の神さまの権能を使えるようになるの。選ばれたその人は死ぬまで一生神さまとして崇められるんだ。人間だけど人間じゃなくなるって感じかな」

ディアナは霧の向こうを見つめ、少しだけ声を落とした。

「神さまの権能って人間には扱うのが難しいらしくて、ちょーーーっと魔力を入れすぎただけで大暴走しちゃうんだって」

クララがごくりと喉を鳴らす。

「暴走……?」

「そう。たとえば“邪魔な木を一本どかそう”って軽く風を送ったつもりでも――」

メリッサは両手を広げて、地面を指さした。

「地面ごとえぐれて、谷がひとつ増えちゃうとかね」

五人は揃って固まった。

リュカが震える声で言う。

「……それ、もう“ちょっと”じゃないよね……?」

「本人はちょっとのつもりなんだよ」

メリッサはため息をついた。

「だって、神さまの感覚って人間と全然違うから。 風神さまはくしゃみ一つで尾根が吹き飛ばすし」

「「「「「くしゃみで!?」」」」」

五人の声が揃って跳ね上がる。メリッサは真顔で頷いた。

「そういう神話がちゃんと残ってるの。しかもね、その吹き飛んだ尾根の跡地はいまでもフリューゲルにあって……名前もそのまま、 くしゃみの谷」

クララがぽかんと口を開けた。

「……そんな名前の谷、本当にあるの……?」

「あるよ。地元じゃ有名。 “風神さまがくしゃみした場所”って観光名所になってるくらい」

リュカが頭を抱えた。

「観光名所にしていいのか、それ……」

ディアナはくすっと笑った。

「まあ、神さまの“ちょっとした出来事”なんて、だいたいそんな感じだよ。だから人間用に力を弱めても……地形くらいは普通に変わっちゃうの」

カミーユが静かに頷きながら言った。

「だから、地図が役に立たないのですね」

ディアナは指をひらひら振りながら、したり顔で答えた。

「そういうこと。だからね、フリューゲルを旅する時は最新式の地図を常に買うことをおすすめするわ。古い地図なんて、風で地形が変わったらもう使い物にならないから」

クララが苦笑する。

「そんなに頻繁に変わるの……?」

「変わるよ。風神さまのくしゃみ一つで谷が増える世界なんだから」

メリッサは肩をすくめてみせた。そして、くるりと五人の方へ向き直り、胸を張る。

「ということで――」

ディアナは自信満々に笑った。

「最新の地図が頭に入ってる私が、フリューゲルまで案内するね!」

リュカが思わず吹き出した。

「……頼もしすぎる案内人だな」

アンリも苦笑しながら頷く。

「助かる。正直、もう完全に道を見失っていた」

メリッサは満足げに鼻を鳴らした。

「任せて。迷子のままじゃ困るでしょ。

ついてきて――置いていかれたら知らないからね!」

小さな背中が霧の中へ軽やかに進んでいく。五人は慌てて荷物を持ち直し、その後を追った。


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