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聖女巡礼録 追放された聖女は敵国を旅することにした  作者: 深雪
序章 祈りの果て、旅の始まり
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序章 第一幕:見捨てられた聖女 第3話 前編

マリーはしばらく歩いた後、苔むした岩を見つけた。表面がなだらかで、腰を下ろすにはちょうどよさそうだった。靴を履きなおそうと身をかがめかけたそのとき、岩の脇に小さな石碑があることに気づいた。


石碑には、王国(モン・ルミエール)の文字とは異なる、流麗で古めかしい書体が刻まれていた。すべてを読み解くことはできなかったが、王国(モン・ルミエール)語と皇国(ヴェルナーラ)語は語源を同じくする部分もあり、いくつかの単語は意味をなした。


ーー風の神、ここ、ライアー、弾く、フリューゲル、雪、払う。


マリーは目を細め、石碑の文字をなぞるように指を動かした。どうやらこの岩は、皇国に伝わる最古の神話の一つにまつわる場所らしい。風神がライアーを奏で、フリューゲル地方に降り積もった雪を吹き払い、人々が暮らせる土地へと変えたという伝承。異教である王国にも語り継がれるほど、広く知られた物語だった。

「異教の神とはいえ、ここは……」

マリーは小さく呟いた。神聖なものを軽んじるのは、彼女の流儀ではない。岩に腰かけるのをやめ、そばの柔らかな草地に膝をついた。風神の伝承に敬意を払うように、そっと地面に座り直す。


そして、先ほど女騎士から譲り受けた靴に履き替えた。革の厚みがあり、重みも感じたが、もはや靴の形をなしていない自分のものより、遥かに頼もしかった。足を包み込む感触に、彼女は小さく息を吐いた。


靴を履き替えた後、マリーは荷物の中から女騎士たちが分けてくれた食料を取り出した。缶詰とライ麦のパン。王国では見かけない保存食だった。缶詰のラベルには皇国(ヴェルナーラ)語で料理名らしきものが記されていたが、詳細までは読み取れない。


譲り受けた缶切りで蓋を開けると、濃厚な香りがふわりと立ちのぼった。豚肉と玉ねぎを煮込んだペースト状の料理らしく、粗挽きの胡椒がしっかりと効いていそうだった。


「これが、ヴェルナーラ(皇国)の保存食……?」

眉をひそめながらも、空腹には抗えず、彼女はパンをちぎって缶詰に押し当てた。ライ麦のパンは硬く、酸味があり、王国(モン・ルミエール)で主流のふんわりとした小麦のパンとはまるで違う。けれど、肉の脂と香辛料がそれを包みこみ、意外なほど調和していた。


「不思議な味……でも、悪くない」

口の中に広がる重厚な風味に、マリーは思わず小さく笑った。祈祷の日は、少なくとも翌朝まで食事を口にできないことがざらだった。日が沈む前に食事にありつけたことが、彼女にとって何よりの喜びだった。パンの酸味も肉の塩気も、すべてが生きている証のように感じられた。



後編に続く。

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