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聖女巡礼録 追放された聖女は敵国を旅することにした  作者: 深雪
序章 祈りの果て、旅の始まり
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序章 第3幕:旅立ち 第7話 前編

夜の名残がまだ空に残る頃、広場にはひんやりとした朝の風が吹いていた。石畳は朝露に濡れ、風鈴の音が静かに鳴っている。空は淡いピンクに染まり始め、遠くの山の輪郭が少しずつくっきりとしてきた。空気はまだ眠っているようで、村全体が息を潜めて“何か”を待っているようだった。


最初に広場に響いたのは荷車の軋む音だった。木の車輪が石を踏むたび、乾いた音が静寂を割る。その音に気づいた子供たちが家の窓から顔を出し、まだ寝癖の残る髪を揺らしながら目をこすった。

「……来た?」

「ほんとに来たの?」

広場の端に皇国の行商人たちがゆっくりと姿を現した。旅の衣をまとい、赤や青緑など色とりどりの布を巻いた荷車を引きながら、彼らは朝の光の中を進んでくる。荷車には、見慣れない形の箱や、異国の模様が描かれた包みが積まれていた。その一つひとつが、遠くの地の風や香りを運んできたように見えた。


先頭の商人が帽子を軽く持ち上げて挨拶すると、村の人々が笑顔で迎え入れる。

「おはようございます。今年もよろしくお願いします」

「広場、もう使えるようになってますよ」

荷車が広場の端に並び始めると、商人たちは手際よく準備を始めた。布を広げ、木箱を開け、折りたたみ式の棚を組み立てていく。その動きは無駄がなく、まるで舞台の幕が上がる前の静かな演奏のようだった。布の端が風に揺れ、箱の中からは色とりどりの品々が顔を覗かせる。


まだ朝露の残る地面に、子供たちが描いた地図が広がっている。それを見た商人のひとりが、微笑みながら言う。

「この地図、去年よりずっと詳しくなってますね。ここにお菓子屋さんを置きましょうか」

「うん!そこがいい!」

「カードゲームはこっち!お洋服屋さんは、日陰のところがいいと思う!」

商人たちは子供たちの提案に耳を傾けながら、露店の配置を決めていく。そのやりとりは、まるで村の祭りの準備のように、和やかで楽しげだった。子供たちの声が広場に広がり、朝の空気が少しずつ色づいていく。荷車のひとつから、甘い香りが立ち上り始める。焼きアーモンドの袋が開けられ、香ばしい匂いが風に乗って広場全体に広がる。雪玉ドーナツは粉砂糖がまぶされて、甘く香ばしい匂いが立ち上る。色とりどりの小さなお菓子が並べられ、朝の光を受けてきらめいていた。


五人は少し離れた場所からその様子を見守っていた。クララは風鈴の音に耳を傾けながら、そっと呟く。

「……始まったね。子供たちの“今日”が」

マリーは、並べられたお菓子を見つめながら微笑む。

「この色と形、まるで夢の中の景色みたい」

アンリは腕を組みながら、広場の空気を吸い込む。

「異国の匂いがする。でも、もうこの村の空気に馴染んでる気がするな」

リュカは荷車の並びを見渡しながら、静かに言った。

「こんなに豪華なんだね。数人来るだけだと思ってた」


その声に村の長老がゆっくりと近づいてきて、五人に話しかける。

「こんなにたくさん来るのは年に1回くらいさ。普段から結構、行商人は来るけど──これほどの規模になるのは交わりの市の時だけだよ」

「ヴェルナーラ各地の商人たちがまとめて来るのよ」

長老の奥様が楽し気な声をあげる。荷車の並ぶ広場を見渡しながら、目を細めて言った。

「昔はね、もっと控えめだったのよ。荷車も三つか四つ、品物も限られていて。でも、今じゃほら──布も香りも、音まで違うでしょう?」

「交わりの市って、季節の境目にあるんですね?」とクララが尋ねると、長老が頷いた。

「そう。春と夏の狭間、風が変わる頃にね。皇国の商人たちが、ヴェルナーラの各地から集まってくる。ここはその“交差点”なんだよ」

「交差点……」

マリーがその言葉を繰り返す。

「人も、品物も、言葉も──全部が交わる場所なんですね」

「そうさ。だからこそ、宗教が違っても安心して来られる」

長老は風鈴の音に耳を傾けながら、静かに言葉を綴った。

「この村は迎える場所なんだよ。誰かを迎えることで、少しずつ広がっていく。沈黙の中でも風が通る。人が集まる。それだけで意味がある」

奥様がふと笑って言った。

「それに、子供たちがいるでしょう?あの子たちが“来る人”を楽しみにしてるって知ると、商人たちも張り切るのよ。 “この村に来ると、未来が笑ってる”ってね」

その言葉に五人は静かに目を伏せた。広場の中央では子供たちが商人と一緒に地図を囲みながら、露店の位置を決めている。


朝の光が、彼らの髪や衣の端を照らし、風鈴の音がその笑い声にそっと寄り添っていた。そして、広場の空気はゆっくりと目を覚まし始める。荷車の布が風に揺れ、商人たちの声が交差し、子供たちの足音が石畳を軽やかに叩く。 “交わりの市”の朝が静かに、確かに始まっていた。


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