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聖女巡礼録 追放された聖女は敵国を旅することにした  作者: 深雪
序章 祈りの果て、旅の始まり
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序章 第3幕:旅立ち 第5話 後編

村の入り口で立ち止まっていた五人に、通りがかりの中年の男性が声をかけてきた。

「旅の方々ですか?よろしければ、宿までご案内しましょう。霧が濃いと初めての方には道が分かりづらくてね」

その言葉に、五人は礼を言い、彼の後をついて石畳の坂道を登っていった。


村の家々は静かに霧に包まれ、窓辺の灯りがぼんやりと浮かんでいる。道沿いには王国式の祈りの布が揺れていたが、風の紋様を刺繍したものも混じっていた。文化の境界にある村──その空気は、どこか懐かしくもあり、異質でもあった。


やがて、木造の看板がかかった宿が現れた。「風見の宿」と書かれたその建物は、石と木を組み合わせた素朴な造りで、屋根には苔がうっすらと生えていた。玄関先には風鈴が吊るされており、霧の中で微かに鳴っていた。中に入ると、暖炉の火が静かに揺れていた。木の床は磨かれていて、古いけれど清潔な空気が漂っている。奥から現れた女将は、丸顔で朗らかな雰囲気の女性だった。年齢は五十代ほどだろうか。エプロンの刺繍には王国の神の印と風の紋様が並んでいた。

「まあまあ、遠くからようこそ。風の強い日だったでしょう?お部屋、すぐにご用意しますよ。霧が深い日は風も気まぐれだからね」


荷を下ろしたあと、女将が湯を運びながらふと尋ねた。

「ところで、いつまで残るんだい?」

リュカが答える。

「明日の朝には出発する予定です」

女将は湯気の立つ湯飲みをテーブルに置きながら、目を丸くした。

「もったいない!二日後にヴェルナーラ皇国からの行商人がやってくるんですよ。村の中でもそこそこ大きなイベントでね」

クララが興味深そうに顔を上げる。

「行商人ってどんなものを?」

「布や香草、珍しい果実にヴェルナーラ式の装飾品まで。王国では手に入らないものも多くてね。村の広場で市が立つのよ。子どもたちも楽しみにしてるの」

アンリが腕を組みながら呟く。

「それは……ちょっと見てみたいかもな。皇国の品って、王都でも滅多に見ないし」

カミーユが湯飲みを手に取りながら言った。

「皇国の文化は王国とはまた違った美意識がありますからね。地域によって文化が違うって聞いたことがあります」

女将は嬉しそうに笑った。

「そうそう、本当に違うんだよ。この村に来る行商人も、古今東西、様々なところから来るんだけどいつも見たことのないものが何かしら混ざっている」

マリーは湯飲みを両手で包みながら、静かに微笑んだ。

「ヴェルナーラの話も聞きたいし、少しだけ予定を延ばしてもいいかもしれないね」

リュカが地図を見直しながら頷く。

「この村、思ったよりも深いものを持ってる。一華祭のことも、ここで何か見つかるかもしれない」

女将は湯を注ぎ足しながら、少し首を傾げた。

「うーん……申し訳ないけど一華祭ってのは知らないね。風の祠や精霊の話なら、昔から聞いてるけど……それは皇国の祭りなのかい?」

クララがそっと笑う。

「そうです。フリューゲルの方で行われる祭りで、四風聖獣に花を捧げる儀式があるって聞きました」

女将は湯飲みを両手で包みながら、少し考えるように目を伏せた。

「四風聖獣に花を……なんだか素敵ね。でも、ここじゃそういう祭りはないわ。王国の祭礼は神官様が中心で祈りと収穫の感謝が主だから。風の話は昔語りとして残ってるだけで儀式としてはもう行われてないの」

アンリが椅子にもたれながら、口元を緩める。

「文化が混じってるとはいえ、さすがにヴェルナーラの祭りまでは届いてないか。まあ、距離もあるしな」

カミーユが静かに言葉を添える。

「それでも、風の民の痕跡が生活の中に残っているのは興味深いです。祠の紋様や、風鈴の形、麦酒の習慣──どれも、風神の記憶が染み込んでいるように感じます」

女将はくすりと笑った。

麦酒(ビール)はね、風が通る夜に飲むといいって祖母がよく言ってたわ。風神様が麦の香りを好んだって話もあるし、村の人は今でも風の強い夜には杯を掲げるのよ。 “風に感謝”ってね」

マリーが湯飲みを見つめながら、そっと呟いた。

「それって、儀式じゃなくても、風と人が交わる瞬間ですね」

女将は頷いた。

「そうね。この村では、風は“感じるもの”なの。祈る対象というより、そばにいるもの。だから、風が強い日は静かに耳を澄ますのよ。何か言いたいことがあるのかもしれないって」

リュカが地図を折りながら言った。

「一華祭の話はここでは聞けないかもしれないけど……風の民の感覚に触れることはできそうだ」

クララが微笑む。

「それだけでも来た意味がある気がする」

アンリは湯を飲み干しながら、肩をすくめる。

「予定、ちょっと延ばすか。風の声、もう少し聞いてみたいしな」

女将は嬉しそうに笑った。

「そう言ってくれると村も喜びますよ。風もきっと歓迎してくれるわ」

霧の外では、風が静かに枝を揺らしていた。その音は遠くの祭りの気配ではなく、今ここにある風の記憶をそっと語っているようだった。


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