序章 第3幕:旅立ち 第5話 前編
ゼフィロスが風とともに姿を消したあと、五人はしばらくその場に立ち尽くしていた。 風のざわめきが静まり、山の空気が再び凪いでいく。誰も言葉を発さず、ただその余韻に身を委ねていた。マリーは切られた髪にそっと触れ、指先に残る感触を確かめるように目を伏せる。クララがその隣に並び、静かに微笑んだ。
「風って、ほんとに不思議だね。触れたのに、何も持っていかない。なのに、何か残していく」
リュカが地図を広げ、指先で山道の先をなぞる。
「この先に、シャトー・ド・ノワール村がある。霧が多くて静かな村だ。王国の領地だけど、フリューゲルにも近い。風の民の伝承が残ってるって話もある」
アンリは肩をすくめながら、剣の柄に手を添える。
「王国の村ってことは宗教は俺らも信仰する国教だろ?でも、風の精霊やゼフィロスの話が残ってるなら、何か面白いもんがあるかもな」
カミーユが頷く。
「王国の宗教を信仰しているはずですが、文化の中に風の痕跡が残っているなら──一華祭のことも何か手がかりがあるかもしれませんね」
五人は、再び歩き出した。
セレリス山脈の尾根を越え、霧に包まれた村──シャトー・ド・ノワールへと向かって。その足取りは風のように軽やかに、静かに次の物語へと踏み出していた。
山道は徐々に傾斜を増しながらも、どこか柔らかな風に包まれていた。そよ風が木々の葉を揺らす音はゼフィロスの残した言葉のように耳に残り、霧が足元にまとわりつくたびに五人は無言で歩みを進めた。
道の脇には苔むした石垣や、古びた木の標がぽつぽつと現れる。その文字は王国式の筆記で書かれていたが、ところどころに風の紋様が添えられていた。まるで、王国の文化の隙間に、風の民の記憶がそっと息を潜めているようだった。
途中、小さな祠が道端に現れた。木製の簡素な祠には、王国の神の印が刻まれていたが、その傍らにマリーの手の甲に刻まれたものと同じ風の紋様がさりげなく彫られていた。カミーユが足を止め、指先でその紋様をなぞる。
「王国の宗教と、風神の紋様が並んでる……この村は文化の境界にあるんですね」
クララが祠に手を合わせ、そっと目を閉じる。
「風も神様も、ここでは一緒に見守ってるのかも」
アンリは祠の前で腕を組み、少しだけ眉をひそめる。
「こういうの、王都じゃ見かけないな。混ざってるっていうか、溶け合ってる感じだ」
リュカが祠の背後に目を向ける。
「この先に村がある。もうすぐだ」
再び歩き出した五人の前に、やがて霧の中から石畳の道が現れた。その先に、シャトー・ド・ノワール村が静かに姿を現す。石造りの家々が斜面に沿って並び、屋根には苔がうっすらと生えている。窓辺には王国式の祈りの布が揺れていたが、風の紋様を刺繍したものも混じっていた。霧が村全体を包み込み、遠くの鐘の音がぼんやりと響いてくる。
村の入り口には、木製の看板が立っていた。
「シャトー・ド・ノワール村へようこそ」──その文字は王国式だったが、看板の縁には風の精霊を模した彫刻が施されていた。
マリーが足を止め、村を見渡す。
「……静かだけど、なんだか懐かしい感じがする。風が、ここにも残ってる」
リュカが頷く。
「ここなら、フリューゲルの話も聞けるかもしれない。一華祭のことも何か残ってるはずだ」
アンリは看板を見上げながら、口元を緩める。
「さて、どんな連中がいるのか──楽しみだな」
カミーユが静かに言った。
「この村には何かが眠っている気がします」
五人は霧の中へと足を踏み入れた。風と王国の文化が交差する村──その静かな空気の中で、次の物語が静かに始まろうとしていた。




