序章 第3幕:旅立ち 第3話 前編
昼食を終えた一行はぶどう畑に別れを告げ、再び街道を歩き始めた。陽光はまだ高く、空は澄んでいたが、風の温度が少しずつ変わり始めていた。畑の甘い香りが遠ざかるにつれ、土の匂いと、山から吹き下ろす冷たい風が混ざり始める。道は緩やかに傾斜がきつくなり、砂利道は次第に荒くなっていく。民家はなくなり、通りがかる人や馬車は徐々になくなっていった。草の背丈は大きくなり、木々の密度も増してきた。風の音が強さを増し、鳥の囀りをかき消してしまう。
クララが少し息を吐きながら言った。
「なんだか、空気が変わってきたね。さっきまでの陽だまりが嘘みたい」
アンリが前を歩きながら、振り返る。
「山が近づいてる証拠だな。こういう空気、嫌いじゃないけど……油断はできない」
「ここから先、道が分岐する」
リュカが地図を見ながら、指先で二本の道筋をなぞる。
「ここから先、道が分岐する。右側は岩が多くて、木々も密集してる。シルフィード山の登山道の中でも、比較的険しい道のりだ。一方、左側は草が広がっていて、緩やかな坂道が続いてる。比較的楽な道のりだけど、時間はかかる」
彼は少しだけ眉を寄せて、地図の端を押さえた。
「魔物の出る量は……正直、五十歩百歩ってところだ。ただ、右の道の方が若干多いって報告がある。地形のせいか、隠れやすいらしい」
リュカの言葉に一行は足を止め、それぞれの視線を分岐する道へと向けた。右の道は、木々が密集し、岩が露出している。風が枝を揺らし、影が濃く落ちていた。左の道は、草が広がり、緩やかな坂が続いている。陽光がまだ届いていて、どこか穏やかな印象を残していた。
アンリが右の道を見て、にやりと笑う。
「険しい方が面白そうだな。どうせ登るなら、景色のいい方がいい。魔物がちょっと多いくらいなら、リュカの剣でどうにかなるだろ」
その言葉にリュカが眉をひそめ、じっとアンリを見た。
「結局、人任せか? アンリだって剣は使えるだろ」
アンリは肩をすくめて、苦笑する。
「何年、剣から離れてると思ってるんだよ。今の俺じゃ、魔物相手にまともに立てるかどうかも怪しいって」
リュカはため息をつきながらも、どこか納得したように頷いた。
「……まあ、無理はさせないけど。油断はするなよ」
アンリは軽く拳を握って、前を向く。
「わかってる。頼りにしてる分、ちゃんと背中は守るさ」
クララが左の道を見て、少し不安げに言った。
「でも、隠れやすいって言ってたよね……魔物が出るってわかってるなら、安全な方がいいんじゃない?」
カミーユは静かに両方の道を見比べながら、言葉を選ぶように話す。
「時間をかけてでも、確実に進むという選択もあります。けれど、霧が出る前に麓に着けるなら、多少の危険は許容すべきかもしれません」
リュカは地図を畳みながら、皆の顔を見渡した。
「どちらも一長一短だ。魔物の数は五十歩百歩。ただ、右の道は地形のせいで奇襲されやすい。左は時間がかかる分、夜に差しかかる可能性がある」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、マリーが静かに口を開く。
「……右にしよう。霧が出る前に着きたい。夜の山道は、どちらにせよ危険だから」
その言葉にクララは少しだけ目を伏せたが、すぐに頷いた。
「うん。じゃあ、気をつけて進もう」
風が枝を揺らし、木々の影が道の先へと伸びていた。一行は慎重に、右の道へと足を踏み入れた。




