序章 第一幕: 見捨てられた聖女 第2話 後編
焚火の向こうから、ひときわ目を引く青年が歩いてきた。
ふわりと風に揺れる銀髪、青緑色の瞳は星の光を受けて静かに輝いている。
他の騎士たちよりも豪華な装飾を身に着けていた。
肩章には銀糸が縫いこまれ、胸元には見慣れない紋章が輝いていた。
マリーは直感的に、彼が騎士団長なのだろうと判断した。
女騎士たちは緊張したように姿勢を正した。
「ふ……クールベアト様、これはちょっと、その……」
誰かが言いかけるが、言葉は曖昧に濁された。
青年――クールベアトは、呆れたように眉をひそめて言った。
「モン・ルミエールの聖女様がここに来てることくらい、風が教えてくれたよ。気にすんな」
その声は風のように軽やかだが、どこか芯が通っていた。
彼の視線がマリーに向けられる。
ほつれが目立ち、袖が泥で汚れた聖女用の白衣。もはや形をなしていない靴。泥にまみれ、風のせいでぼさぼさになった金髪。 瘦せこけた頬。
そんな姿を見て、彼は小さく息を吐いた。
「モン・ルミエールで崇拝されるべき聖女様をこんな扱いにするなんて……あの王国は何を考えているんだろうね」
呟きは誰に向けたものでもなく、ただ夜の空気にふわりと広がった。
クールベアトはマリーの前で足を止めた。
「この後、君は一人で帰るのかい?」
その問いは責めるでも心配でもなく、ただ確認するような声だった。
マリーは小さく頷いた。言葉はなかったが、そのしぐさに迷いはなかった。
すると、彼は静かに膝をついた。
鎧の金属がわずかに鳴る音が、パチパチとなる焚火の音に溶け込んでいく。
「聖女様に、祝福を」
クールベアトは頭を垂れて、青緑色の瞳を伏せた。そして、マリーの手の甲にそっと口づけした。
マリーは息をのんだ。こんな美形に、こんな風に跪かれたことなど、今まで一度もなかった。泥にまみれた自分に向けられたその仕草が、信仰でも儀礼でもなく、ただの敬意に思えた。頬がほんのりと紅潮する。それを隠すように、マリーは視線を落とした。
その瞬間、柔らかな夏のそよ風が吹いた。焚火の煙を揺らし、マリーの髪を撫でる。風は彼女を包み込むように、静かに過ぎていった。
「ふ……クールベアト様、あなた様はどちらかというと聖女様に跪かれる立場では?」
「さすがにそれは……ちょっと……」
クールベアトが跪いた瞬間、女騎士たちはざわりと小声で交わした。その声を聞いたクールベアトは肩をすくめて、軽く笑った。
「彼女、俺が何者か気づいていないし、大丈夫じゃない?」
その言葉に女騎士たちは微妙な顔をして黙り込んだ。
マリーは跪く青年を前にして、頭の中に疑問が浮かんでいた。
――え、彼って何者? なんか偉そうだけど、多分、天籟騎士団の団長だよね……?
――でも、今はそんなことより。
「今は故郷の神殿に帰ることが最優先!」
マリーは心の中で叫び、くるっと踵を返した。
女騎士たちが声を漏らす間もなく、マリーは丘をとっとと下っていく。
そんな彼女を、風がそっと見守っていた。
クールベアトは立ち上がり、離れていく彼女の背を見つめながら言った。
「まぁ、あれくらいの方が……王国の聖女って感じだよね」
焚火の炎が、彼の銀髪をそっと揺らした。その瞳は、遠ざかるマリーの背に、静かな光を宿していた。
第2話はここまで。第3話をお楽しみにしてください。




