序章 第三幕:旅立ち 第一話
朝の光が石造りの屋敷の壁を淡く染め、蔦の葉が風に揺れていた。庭にはラヴェンダーとローズマリーが香りを放ち、噴水の水音が鳥のさえずりと混ざり合って響いている。空は薄い青に染まり、雲は絹のように流れていた。
屋敷のバルコニーからは遠くに小麦畑が見える。 黄金色に染まり始めた穂が風に揺れ、まるで旅人の背を押すように波打っていた。
マリーは窓辺に立ち、朝露に濡れた庭を見下ろしていた。
「……この空気、好きだな。静かで、でもどこか華やかで」
クララはまだ眠そうな目をこすりながら、石畳の上に毛布を畳んでいた。
「うん。空気が甘い。花の香りがする。旅の朝って、こういうものなんだね」
アンリは屋敷の中庭で荷物を確認していた。
「火打石、地図、薬草……よし。忘れ物はない。たぶん」
リュカは庭の端に立ち、遠くの丘陵地帯を眺めていた。
「今日の行程は穏やかだ。今日中にセレリス山脈の麓まで行けそう」
カミーユは屋敷の扉を静かに閉めながら、皆の様子を見渡した。彼女の手には旅の許可証と推薦状が挟まれたメモ帳。その紙の重みが旅の意味を静かに語っているようだった。
「皆さん、準備は整っていますか? 出発前に、もう一度だけ確認しましょう」
クララが頷く。
「水筒も満タン。着替えも持った。……あとは、勇気だけ」
アンリはポーチを肩にかけ、笑みを浮かべる。
「勇気はたぶんポケットに入ってる。小さいけど、ちゃんとある」
リュカは地図を広げ、今日の行程を指でなぞる。
「北の街道を抜けて、葡萄畑を越えたら、セレリス山脈の麓。途中で昼食を取ろう。パンとチーズは持ってきた」
クララは思いついたように口を開いた。
「そういえば、シャトー・ド・ノワール村ってどこにあるんだっけ?」
マリーが荷物を確認しながら答える。
「セレリス山脈の中のシルフィード山の上の方にあったはず」
アンリがさらに情報を加える。
「シルフィード山は標高877m、シャトー・ド・ノワール村は標高760mのところにある。2日目は登山だな」
クララは肩にかけた水筒を軽く揺らしながら、少し不安げに言った。
「標高って、数字で見るとそんなに高くない気もするけど……登りってやっぱり大変なのかな」
マリーが微笑む。
「シルフィード山の登山は初心者向けって言われているらしいからきっと大丈夫よ」
リュカが地図を折りながら、少し眉をひそめる。
「初心者向けって言われてるけど、実際はそうでもないらしい。登山道には木の根が張り出してたり、岩が崩れてたりして、足元が不安定なんだ。傾斜も意外と急で、油断すると膝にくる」
クララは水筒を抱え直しながら、ますます不安そうな顔になる。
「うぅ……それ聞くと、ちょっと怖くなってきたかも。滑ったら、転がっていきそう」
アンリが笑いながら肩をすくめる。
「転がる前に俺が引っ張ってやるよ。まあ、俺も転がってたら一緒にだけどな」
マリーが優しく笑って、クララの肩に手を置く。
「大丈夫。ゆっくり登ればいいの。無理しないで、景色を楽しみながらね。シャトー・ド・ノワールの手前には展望台があるって聞いたよ。霧が晴れてたら、山脈の向こうまで見渡せるらしい」
カミーユがその言葉に頷きながら、メモ帳にさらりと書き込む。
「展望台ですね。では、二日目の行程に組み込んでおきましょう。記録にも残しておきたいです」
リュカは空を見上げる。雲は薄く、風は穏やか。
「天気が崩れなければ登りは問題ないはず。ただ、霧が出ると視界が一気に悪くなる。その時は隊列を崩さないように」
クララが小さく頷く。
「うん……みんなと一緒なら、きっと大丈夫」
カミーユが皆を見渡し、穏やかに微笑む。
「それでは、出発しましょう。シャトー・ド・ノワールの霧が晴れる頃には、きっと何かが見えてくるはずです」
風が葡萄畑の向こうをすり抜け、木々の葉を揺らした。旅の道は静かに、確かに続いている。
第3幕始まりました!
個人的事情で一日2回投稿がしばらく一日1回投稿に変わります。申し訳ないです。




