序章 第二幕:作戦会議 第9話
「今度、皇国に行くことになったんです」
マリーがそう言った瞬間、イザークの瞳が僅かに揺れた。赤い瞳が、遠くを思い出すように細められる。
「……いいな。俺も、早く戻りたい」
ぽつりと漏れたその言葉に、みんなは少し驚いた。イザークが故郷を恋しがるなんて、意外だった。彼は淡々としていて、どこにいても変わらないように見えるから。
「本店の近くに、激辛料理の店があるんだよ。前は月に一回行ければ満足だったけど……何か月も離れると、恋しくなるもんだな」
彼はそう言って、少しだけ口元を緩めた。それは笑顔というより、記憶の味を思い出すような表情だった。
「エーデルシュタインって、辛い料理で有名なんだ。唐辛子の使い方が独特で香りも辛さも深い。汗だくになるけど、あれを食べると“ああ、帰ってきた”って思える」
カミーユが「そんなに好きなんですか?」と聞くと、イザークは肩をすくめる。
「……別に、好きってわけじゃない。ただ、あの辛さがないとなんか物足りない。 写真館の空気とあの味がセットになってるんだよ。……変な話だろ?」
彼はそう言って、赤い瞳をマリーに向ける。その瞳には、少しだけ“故郷”の色が滲んでいた。
マリーは少し間を置いて、ふと尋ねた。
「でも、どうして王国にいるんですか?」
イザークは一瞬だけ黙り、ソファの背にもたれた。そして、少しだけ皮肉めいた声で答えた。
「……まあ、表向きは“他国技術支援の指導”ってことになってる。王国の写影技術はまだ発展途上だから、うちのノウハウを教えるって名目で派遣された」
アンリが「じゃあ、任務なんだ」と言うと、イザークは小さく笑った。
「任務っていうか……店長に追い出されたんだよ」
「えっ……?」
「 “お前のせいで店がパンクしてるから、一旦、別店舗行け”って。本店、予約が詰まりすぎて回らなくなった。俺が撮るとリピーターが増えるらしくて。 “お前がいると現場が回らん”って言われて、モン・ルミエール支店に飛ばされた。……まあ、半分は冗談だと思いたいけど」
彼はそう言って、少しだけ目を伏せた。
照れ隠しのような沈黙が流れる。
「でも、悪くないよ。王国の空気も、案外静かで。こっちの人は写真に慣れてない分、撮るたびに新鮮な反応が返ってくる。……それも、悪くない」
マリーは少しだけ笑った。イザークの語りにはいつもどこか不器用な優しさが滲んでいる。
「王国支店でも、予約殺到してるんですか?」
クララはいたずらな笑みを浮かべて聞く。
「……さぼり中だって言ったろ」
彼はそう言って、天井を見上げた。その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
「本店の空気って、ちょっと独特なんだ。忙しいけど、静かで。撮影の合間に、店長が唐辛子の瓶を並べて“今日はどれにする?”って聞いてくる。それが、なんか……日常だった」
マリーは、イザークの語る“日常”に耳を傾けながら、彼が写真だけでなく、そこにある空気や味や人とのやりとりを大切にしていることに気づく。




