表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女巡礼録 追放された聖女は敵国を旅することにした  作者: 深雪
序章 祈りの果て、旅の始まり
39/66

序章 第二幕:作戦会議 第9話 前編

マリーが撮影室を出ると、廊下の空気がひんやりと肌を撫でた。扉の向こうに広がる待合室では、クララの笑い声がふわりと響いている。他の四人はすでに撮影を終えていたらしく、ソファに腰掛けて、のんびりとおしゃべりをしていた。マリーは一瞬、足を止める。ついさっきまで、自分だけが“陽だまり”の中にいたような気がしていた。その静けさと、待合室の穏やかなざわめきの間に、ほんの少しだけ時差があるように感じた。


こんこん、と控えめなノック音が響き、スタッフが現れる。手には領収書の束を抱えていて、五人の近くまで歩み寄ると、それを机の上にそっと置いた。

「今回はビザ用なので、一人金貨二枚になります」

その言葉に、待合室の空気がふわりと揺れる。クララが「えっ」と声を漏らし、隣のルカが小さく笑った。

「……意外と安いね」

「うん、もっとかかると思ってた」

「皇国って、物価高そうなのに」

マリーは少し遅れてソファに腰を下ろしながら、静かに頷いた。撮影室の光の余韻がまだ瞳に残っていて、現実に戻るまでに少し時間がかかる。


スタッフは、彼女たちの反応に慣れているのか、穏やかな口調で説明を続けた。

「撮影枚数が少ないからですね。今回はビザ用の証明写真なので、背景も衣装も固定ですし。

もし枚数が増えたり、衣装替えがあったりすると、料金はそれなりに上がります」

「なるほどね……」とクララが頷きながら、鏡で前髪を整える。

「でも、写真ってそんなに気軽に撮れるものなの?」とルカが首をかしげる。

スタッフは少しだけ声を落とし、言葉に柔らかな響きを添えた。

「皇国では、写真を撮る文化が庶民にまで浸透しています。 記念日や季節の節目には家族で写真館に行くのが習慣になっている地域もありますし、街角には簡易撮影所もあります。証明写真も、進学や就職の際には欠かせません」

ルカが目を丸くする。

「へぇ……なんか思ってるより発展してるね」

スタッフは微笑みながら、最後にこう付け加えた。

「ご利用しやすい金額に設定していると、イザーク様がおっしゃっていました。 “写真は記録であると同時に誰かの人生の節目を支えるものだから”と。庶民にも手が届くように、とのご配慮です」

その言葉に、マリーはふと目を伏せた。

“節目を支えるもの”——その響きが、胸の奥に静かに落ちていく。 彼女にとって、この写真がどんな意味を持つのかはまだ分からない。けれど、誰かの言葉が、こうして形になって残ること。それが少しだけ、心を温める。


代金の支払いが終わり、しばらく静寂が流れた。

「……お疲れ。初めての撮影、どうだった?」

待合室の扉が静かに開いた瞬間、低い声が空気を割った。イザークがふらりと現れる。黒髪に赤のメッシュが混じり、光の加減で燃えるように揺れる。瞳は深紅。感情を映さない硝子のようでいて、時折、何かを見透かすような鋭さを帯びる。

制服の上着は少し乱れていて、ネクタイは緩められていた。彼は特に誰に挨拶するでもなく、ソファの端に腰を下ろす。キャンディは今、持っていないらしい。


カミーユが「えっ、イザーク様?」と驚いたように声を上げるが、彼は特に反応せず、視線を動かさない。ルカが「仕事中じゃないんですか」と聞くと、イザークは肩をひとつすくめるだけだった。

「まあ、撮影終わったなら、ちょっと話してもいいでしょ。うち《写影亭リデル》のこと、知らないんだろ?」

マリーたちは顔を見合わせる。

カミーユが「……写影亭リデルって、皇国の写真館なんですよね?」と尋ねると、イザークは小さく笑った。

「そう。だけど、ただの写真館じゃない。写影亭リデルの本店はエーデルシュタインって街にある。あんまり、聞いたことないだろ?」

クララが首をかしげる。

「……観光地ですか?」

「違う。地味だけど、皇国では商業の街として知られてる。開業支援がしっかりしてて、商人や職人が集まる場所。しかも、 “お金はあるけど、写真撮影を依頼できるほどの金はない”って層が多い。うちはそこに目をつけて、 “庶民向け写影スタジオ”っていうコンセプトで始めたんだ」

「庶民向け……」とマリーが呟く。

「そう。それまでは、写真って貴族や新聞社のための技術だった。肖像画の代わりとか、報道用とか。でも、うちはそれを庶民の手に届けようとした。衣装や背景を簡素化して、撮影枚数も絞って、料金を抑えた。それでも、ちゃんと“記録”になるように」

イザークは、少しだけ真面目な顔になって言った。

「写真は、ただの紙じゃない。誰かがそこにいたっていう証であり、未来への手紙でもある。 だからこそ、誰にでもその権利があるべきだって、俺は思う」

その言葉に、待合室の空気が静かに変わった。マリーはふと、自分の写真がどんな未来に届くのかを思った。そして、イザークの赤い瞳が、今だけ少しだけ柔らかく見えた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ