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聖女巡礼録 追放された聖女は敵国を旅することにした  作者: 深雪
序章 祈りの果て、旅の始まり
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序章 第2幕:作戦会議 第8話 前編

五人は緊張した面持ちで、写影亭リデルの扉をくぐった。事前に届いていた返信には、こう記されていた——「写影は形式を重んじる儀式です。正装にてお越しください。衣装は、個々の気質に沿った色と形を選ばれるとよいでしょう」


その言葉に従い、マリーは、銀糸の帯がきらめく薄水色のワンピースを纏い、カミーユは、襟元に白い刺繍が施された薄墨色のワンピースを選んだ。クララは、袖と襟に繊細なレースがあしらわれた薄桃色のワンピースを身にまとい、アンリは、深緑の詰襟シャツに黒のベストを重ねていたリュカは、灰青のロングシャツに白いスカーフを静かに結んでいる。

それぞれの衣装が、彼らの内にある“今”を映すように、光を待っていた。


扉をくぐると、空気がざわりと揺れ始めた。香草の香りが漂う静かな空間のはずだが、スタッフたちは落ち着かない様子で動き回っている。髪を整える者、鏡でメイクが崩れてないか確認する者、書類を持ったまま立ち尽くす者。

「……なんか、ざわついてない?」

クララが小声で言う。

「え、予約間違えた?」

マリーが不安げに囁く。

アンリは眉をひそめて、「来る場所、間違えたかもな」とぼそり。リュカは無言で周囲を見渡し、カミーユは一歩だけ後ろに下がった。


スタッフの一人が、そっと手帳を胸に抱えながらつぶやいた。

「イザーク様、今日も麗しい……」

その声は、まるで祈りのように静かで、しかし確かに熱を帯びていた。

別のスタッフも、扉の向こうを覗きながら、「ネクタイの色、昨日と違う……!」と小さく叫ぶ。その様子に、マリーが目を丸くする。

「えっ、誰かすごい人来てるの?」

クララも「もしかして、モデルさんでしょうか?」とそわそわする。アンリは「芸能人か何かか?」と眉をひそめ、リュカは「……俺ら、場違いだったかも」とぼそりと呟く。


そのとき、奥の扉が静かに開いた。黒のジャケットに皇国式のシャツ。棒つきキャンディを口にくわえた青年が、無表情のまま現れた。スタッフたちの視線が一斉に彼に向かう。空気が、さらにざわつく。

「……うるさい。仕事しろ」

低く、乾いた声。その顔には超うざいと書いてあるような無愛想さが滲んでいた。けれど、スタッフたちはむしろ嬉しそうだった。髪を直す者、香草の配置を見直す者、鏡を覗き込む者。まるで、王族の訪問でもあるかのような騒ぎだった。


彼はキャンディをくわえ直しながら、5人に視線を向けた。そして、少しだけ口角を動かす。

「ようこそ、お客様。今回、あなた方の撮影を担当させていただきますイザーク・ブルーメンフェルドと申します」

低く、乾いた声。けれど、確かに歓迎の言葉だった。その瞬間、5人は顔を見合わせた。

「……合ってたみたい」

カミーユが小さく笑う。クララはほっと息を吐き、マリーは「よかったぁ」と胸を撫で下ろす。アンリは肩をすくめ、リュカは静かに頷いた。


写影亭リデルの空気は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。ただ、スタッフたちの視線だけは、まだイザークに釘付けだった。


撮影前の準備室。 壁一面に並ぶ小瓶たちは、まるで静かな図書館のように香りの記憶を閉じ込めていた。

「香草を選んで、心を整えてから撮影に入るのが写影亭リデルの流儀です」

スタッフがそう説明すると、マリーたちは少し緊張した面持ちで棚の前に立った。

瓶にはそれぞれ、詩のような名前が記されている。「風の記憶」「水底」「夜の庭」「陽だまり」「深緑」——どれも、ただの香りではなく、何か物語を秘めているようだった。

「どれがいいんだろう……」

マリーが瓶を手に取っては戻し、クララはラベルをじっと見つめている。アンリは「香りで落ち着くって、ほんとかよ」とぼそり。リュカは無言で棚を眺め、カミーユは指先で瓶の蓋をそっと撫でていた。


そのとき、背後から静かな足音が近づく。

「……迷うなら、これだ」

イザークがキャンディを口にくわえたまま、ひとつの瓶を指差した。

「 “深緑”。本店で一番人気。土神さまのお気に入りの香りらしい」

その声は淡々としていて、説明というより報告のようだった。けれど、その言葉には妙な説得力があった。

「神様の……?」

マリーが驚くと、イザークは肩をすくめて言う。

「信じるかは任意。香りは事実だ」

クララが「詳しいんですね」と言うと、

「カメラマンだからな。空気の揺れが写る」と、彼はレンズを拭きながら答えた。

「 “風の記憶”は、撮影前に選ぶ人が多い。呼吸が整う」

「 “水底”は集中力が上がるって言われてる。俺は使わないけど」

「 “夜の庭”は……沈んでる時に選ぶ人がいる。おすすめはしない」

「 “陽だまり”は、笑顔が自然になる。表情が硬い人向け」

その説明は、どこかぶっきらぼうで、けれど確かに相手を見ている。マリーたちは静かに瓶を手に取り、それぞれ香りを嗅いでみる。マリーは「陽だまり」を選び、クララは「風の記憶」に惹かれた。アンリは「深緑」を手に取り、リュカは「水底」を静かに選ぶ。カミーユは「夜の庭」に指を伸ばしかけて、ふと「風の記憶」に変えた。


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