序章 第二幕:作戦会議 第7話 後編
探検家組合の手続き書類をだいたい書き終えた一同は、写真について悩んでいた。地図の折り目をなぞるように、必要書類の山を整理しながら、誰もが最後の一枚に手を伸ばすのをためらっていた。
「魂の輪郭が明瞭に写ること」——それが、組合が求める写真の条件だった。単なる証明写真ではない。旅の記録でもない。それは、これから歩む道の証であり、誓いでもあるように思えた。
「とりあえず、侯爵が手紙で書いたように写影亭リデルってところに連絡を入れた方がいいんじゃない」
アンリが静かに言った。カミーユはしばらく黙っていたがやがて頷いた。
「じゃあ、手紙を書きましょう。写真を撮ってほしいとちゃんと伝えましょう」
5人は机を囲み、手紙を書くことにした。紙は別荘に置いてあったボンパドゥール伯爵婦人のお気に入りのもの。筆はカミーユが普段から愛用する羽ペン。言葉を選びながら静かに、丁寧に手紙は綴られた。
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拝啓 写影亭リデル モン・ルミエール店 御中
探検家組合への渡航申請に際し、貴店の写影技術を賜りたく、筆を取らせていただきました。
魂の輪郭が明瞭に写る写真を必要としております。
撮影に関するご案内を頂けますと幸いです。
敬具
カミーユ・ドゥ・ボンパドゥール
クララ・ベルナール
マリー・スビルー
リュカ・ドゥ・ロレーヌ
アンリ・アンヴェール
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返信は翌朝届いた。封筒で、しかも分厚い。モン・ルミエールでは珍しい、写真に関する正式な文書だった。この国では、絵画や刺繍、香りの記録などが主な表現手段であり、「写真」は未だに異国もといヴェルナーラ皇国独自の技術として扱われている。それでも、魂の輪郭を写すという目的の前では、誰もがその異質さを受け入れようとしていた。
写影亭リデルは、ヴェルナーラ皇国中央部 エーデルシュタインに本店を構える写影専門店である。 皇国では、魂の写影は旅の誓いや儀礼の一環として広く認知されており、写影亭はその技術を世界各地に支店として展開している。モン・ルミエール店は、静かな街の文化に合わせて設計された支店で利用者は限られているが、皇国本店の技術を忠実に継承している。
そもそも、モン・ルミエールで写真を撮れるのは王族と一部の大貴族だけ。ボンパドゥール伯爵家でさえ撮ったことのない代物で、5人とも写真に触れる機会なんてなかった。
「これが……写真の手続き書類?」
マリーがそっと封筒を撫でる。紙の質感が、どこか異国の空気を纏っているようだった。
カミーユが封を切ると、香草の香りがふわりと立ちのぼった。中から現れたのは、撮影に関する書類の束。ざっと数えて三十枚近く。その一枚一枚が、まるで儀式の手順書のように丁寧に印刷されていた。
「……こんなに準備がいるんだ」
アンリがぽつりと呟く。リュカは目を丸くした。
「写真って、もっとぱっと撮るものかと思ってた」
クララは、注意事項のページをめくりながら言った。
「撮影中、心の奥にある記憶が光に混じって映ることがあります……だって」
「え、それって……見られちゃうの?」
マリーが眉をひそめる。
「でも、ちょっと楽しみです」
カミーユが静かに言った。
「自分の“魂の輪郭”って、どんなふうに写るのでしょうか」
5人は、机の上に広げた書類を囲みながら、少しずつその未知の技術に心を寄せていった。わくわくと、どきどきと、ほんの少しの心配。
それは、旅の始まりにふさわしい感情だった。
「写影亭リデルって、皇国の本店から技術が来てるんだよね」
クララが言うと、アンリが頷いた。
「王族が使う技術を、僕らが体験するなんて……ちょっと不思議だ」
「でも、私たちも旅に出るんだもの。魂の輪郭くらいちゃんと写してもらいましょう」
カミーユの言葉に、皆が静かにうなずいた。
その日、5人は書類を一枚ずつ読みながら、写影という儀式に向けて、少しずつ心を整えていった。それは、ただの準備ではなく、これから始まる旅の“予兆”だった。




