序章 第二幕:作戦会議 第6話 後編
カミーユは手紙を読み終えると、そっと指先で折り目をなぞり、机の上に置いた。その動作はまるで手紙の言葉を心に刻み込む儀式のようだった。彼女の視線は封筒の隣に置いてある小袋へと移る。淡い布地に繊細な水連の刺繍が施されたサシェ。そっと手にとるとふわりと柑橘の香りが立ちのぼった。
ーーあの時の香りだ。
「この前、会った時のことを今でも覚えてるんですね」
彼女は誰に語るわけでもなく、ぽつりと呟いた。その声には懐かしさと驚き、そして静かな感動が混じっていた。
一年前、彼がこのサシェを持っていた時に、カミーユが「いい香りですね」と声をかけると微笑みながら言ったーー「気に入ってくれたのなら、差し上げます」
そして別れ際にこう言ったーー「今度、見つけたら送りますね」
その約束が今、果たされたのだ。言葉だけで終わらせることもできたのに、彼は覚えてくれていた。そのことが何よりも嬉しかった。
カミーユはサシェを胸元にそっと当てて、目を閉じる。香りが記憶を呼び起こし、心の奥に柔らかな光を灯す。
その静かな時間の隣でクララとマリーが手紙を覗き込んでいた。
「俺のことを忘れないでってきゃー、カミーユったら!」
「これは旅の案内に見せかけた愛の手紙じゃない?」
「ち、違います……!」
カミーユは慌てて手紙を取り返そうとするが、顔は真っ赤。耳まで染まったカミーユを見て、クララとマリーは笑い転げる。
「ほらほら、顔がりんごみたいになってるよ」
「次に会ったら、絶対“あの手紙のこと”って言われるよね~」
カミーユは言葉にならない声を漏らしながら、手紙を抱きしめるように持ち直した。その仕草がまた可愛らしくて、クララとマリーはさらに笑い声を重ねる。
少し離れた場所で、アンリとリュカがその様子を見守っていた。アンリは口元に手を当てて、くすくすと笑う。リュカも肩を揺らしながら、「平和だな……」と呟いた。
ふと、アンリの視線が小箱に移る。蓋に刻まれた紋章を見つけて息を呑んだ。雫と天秤ーー水神さまの加護の紋。それは水神さまの加護が宿る工房にだけ許される印だった。
「これ、水神さま御用達の紋章じゃん……」
声は低く、けれど確かに驚きが滲んでいた。リュカが眉をひそめ、尋ねる。
「そんなにすごいものなの……?」
アンリはペンダントをそっと持ち上げ、光を透かす。細工はとても繊細で、中央の宝石は水面のように揺らいでいた。
「これ、水神さまご用達の工房の印。多分、このペンダントは最低でも金貨50枚はする。モン・ルミエールの王子が身に着けてる」
リュカの目が見開かれる。
「……それ、国外に出すだけで許可がいるレベルじゃん」
「そ。多分、封筒についてた印璽はこのペンダントをシュプリューレーゲンから出すための許可証だ」
リュカは驚きながらも呟く。
「そんなものを気軽に渡す人が……いや、渡せる人がいるのか」
二人の声は小さかったが、空気には静かな緊張が走る。
その一方で、カミーユはサシェを胸元にしまいながら頬を赤らめていた。




