序章 第二幕:作戦会議 第6話
カミーユが封筒の口をそっと開くと、柔らかな紙の擦れる音が静かに部屋に響いた。中から出てきたのは、丁寧に折りたたまれた手紙のほかに──掌にずしりと重みを感じる小箱、小さな袋、そして手のひらサイズの小さなメモ帳だった。
彼女はひとつずつ机の上に並べながら、思わず眉をひそめる。
「……こんなに入ってたなんて」
小箱は木製で、表面には水神の紋が焼き印のように刻まれている。小袋からは爽やかな匂いがふわりと香る。メモ帳は古びた布で綴じられていて、表紙には銀糸で巡礼記録と刺繍されている。
アンリがそばに寄ってきて、封筒の厚みを指で示しながら言った。
「……これ、最初から“ただの手紙”じゃなかったんだな」
リュカが印璽を見ながらぼそりと呟く。
「水神さまの印がついてる時点で、何かあると思ってましたよ」
カミーユは手紙を胸元に抱え直し、静かに息を吐いた。封筒の中に眠っていたのは、言葉だけではなく──神々の気配と、旅の始まりを告げる静かな予兆だった。
カミーユは机の上に並べた品々を一瞥し、指先をそっと手紙に添えた。羊皮紙の質感が、他のどれよりも彼女の視線を引き寄せていた。
「まずは……手紙から確認しよう」
声は小さく、けれど確かに場の中心に落ちた。アンリとリュカが黙って頷き、空気が少しだけ張り詰める。カミーユは封を切り、紙を広げる。筆跡は流麗で、ところどころに滲んだインクが、書き手の感情を物語っているようだった。
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親愛なる貴女へ
貴女が今度、俺の故郷であるヴェルナーラ皇国の全土を旅すると聞き、胸が高鳴ると同時に、少しばかり心配もしています。
まず旅の始まりとして、モン・ルミエールから近く、気候も地形も穏やかで治安も良く、法律の手続きも煩雑ではないフリューゲルから始めることをお勧めします。ここから旅を始めれば、冒険の基礎を学ぶことができ、他の地域での旅も順調に進むでしょう。
俺の生まれ育ったシュプリューレーゲンは、ヴェルナーラ西部にある水神さまを敬う町です。運河沿いの標識や橋の形を目印に歩けば、迷うことも少ないはずです。水路を渡る際は足元に注意してください。ここでは、法律と礼節を守ることが旅の安全に繋がります。
北のアイスツォプフェンは、氷神さまを信仰する雪と氷に閉ざされた土地です。昼夜の寒暖差が大きく、防寒具と厚手の上着が必須です。現地の人々は温かく迎え入れてくださいますが、自然の厳しさを侮らないように。
シュプリューレーゲンとアイスツォプフェンの間にあるフリューゲルは、風神さまを信仰する自由で陽気な街。街角の酒場や広場では、歌と笑い声が絶えません。街の陽気さに流されず、旅のペースを乱さないようにしてください。
南東のヒッツシュライアーは、火神を信仰するヴェルナーラ皇国の皇都です。火山地帯のため、温泉の香りや熱気で体調を崩すことがあるかもしれません。気温の変化に気をつけて。また、南へ進むにつれて砂漠地帯が広がるため、水の確保も忘れずに。
南のフェアギストマインニヒトは、花神さまを信仰する学術都市です。雨季と乾季があり、雨季には水かさに注意してください。小川や水路が急に増水することがあります。勉励院では知識と礼節を重んじる人々が多く、学問に興味を示すと歓迎されるでしょう。
東のブリッツシュラーク群島は、雷神さまを信仰する雷と嵐の多い島々です。訪れる際はヒッツシュライアーから船に乗ることをお勧めします。小型船に乗るときは、船頭の指示に従ってください。また、島ごとに慣習が異なるため、現地の人々をよく観察することが大切です。
エーデルシュタインは、土神さまを信仰し、山々を切り拓いて築かれた土地です。険しい道を歩くことになりますが、貴金属や商人の街として交易の知恵を学べるでしょう。また、美食の街でもありますので、食の楽しみも存分に味わってください。
七つの土地はそれぞれ異なりながらも、七神の加護のもと、秩序と調和に満ちた場所です。旅の間、どうか身を慎み、安全に、そして心から楽しんでください。
俺は、貴女の旅の出来事を直接聞ける日を、心から楽しみに待っています。
貴女を敬愛するシュプリューレーゲンの一市民より
追伸
貴女がヴェルナーラ皇国を旅するために、以下の品々を同封しました。
水晶のペンダント:水神さまの守護を象徴する護符。旅の安全を祈っています。
サシェ:以前、貴女が好きだと言っていた香り。ようやく手に入ったので、渡しておきます。どうか、俺のことを忘れないで。
メモ帳:物書きが好きな貴女が、旅の記録や気づきを書き留めておけるように。
後日、ヴェルナーラ皇国の冒険者用ガイドブックと、探検家組合加入のためのビザ発行用書類一式をお送りする予定です。
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