序章 第二幕:作戦会議 第5話 前編
門が静かに閉まる音が、黄昏の庭に吸い込まれていった。空はまだ明るさを残しているが、風の温度は昼間とは違っている。どこか、夏の終わりを予感させるような、柔らかな気配が漂っていた。
カミーユは手紙を胸元に抱えたまま、アンリと並んで歩き出す。沈黙の中に、さっきまでの出来事がゆっくりと沈殿していく。 やがて、彼女はぽつりと口を開いた。
「……さっきのフリーデさまって方は、夏の神さまの化身なんですよね。どうして、わざわざわたくしの家まで来てくださったんでしょうか?」
アンリは少し歩調を緩め、カミーユの横顔をちらりと見た。彼女の瞳には、まだ驚きと戸惑いが混ざっている。それは、神話が現実に触れた瞬間の、静かな揺らぎだった。
「フリーデさまはね、今“夏を届ける儀式”でシュプリューレーゲン全体を巡ってるんだって。その途中で、水神さまがこう言ったらしい──『カレンベルク侯爵が、彼の婚約者に手紙を送りたいそうだ。郵便よりも君たちが届けた方が早く届くだろうから、暇があったら届けてきてくれないか』って」
カミーユは足を止め、手紙を見つめた。その紙片には、まだフリーデの気配が残っているような気がした。夏の香り、風の音、そしてあの微笑み。
「……そんなふうに頼まれるんですね。神さまって、もっと遠い存在かと思ってました」
アンリは笑った。
「水神さまはわりと気さくなんだよ。フリーデさまも“暇があったら”って言われて、ほんとに来ちゃうあたりが、らしいよな」
ふたりはまた歩き出す。庭の草花が風に揺れ、夕暮れの光が葉の縁を黄金色に染めていた。
「でも……」カミーユは言葉を探すように続けた。
「それって、つまり……この手紙は、神さまたちの手を通って、わたくしのもとに届いたってことですよね」
アンリは頷いた。
「そう。神さまたちがあんたのもとに“夏”と“言葉”を届けたんだ」
「……夢みたいですね」
「夢かもしれない。でも、現実でもある。君が今、こうして手紙を持っているってことが、何よりの証拠だよ」
玄関の灯りが見えてくる。その光は、ふたりを迎えるように静かに揺れていた。
カミーユは扉の前で立ち止まり、もう一度手紙を見つめる。その紙の向こうに、遠い山の気配や、神々の声が重なっているような気がした。
「……この手紙、読んでもいいですか?」
アンリは微笑んだ。
「もちろん。あんたのために届けられたものだから」
扉が開き、ふたりは静かに屋敷の中へと戻っていった。外には、まだ夏の名残が、風の中に漂っていた。




