序章 第二幕:作戦会議 第4話 前編
午後の光が、部屋の隅に淡く差し込んでいた。風がカーテンを揺らし、湖の匂いをそっと運んでくる。
テーブルには、皇国に関する書物が静かに積まれていた。古い儀礼の記録、旅人や外交官の手記、言葉の由来を綴った文献──それぞれが、遠い国の気配を纏っている。
クララはページをめくりながら、ふと呟いた。
「北は雪と氷に覆われた世界で、南は砂漠やジャングルがあるって……ヴェルナーラって、ものすごく広いね。なんかモン・ルミエールがちっぽけに見えちゃう」
リュカは地図を眺めながら、ぼんやりと笑った。
「モン・ルミエールが狭すぎるっていうのもあるよね。何年も、自分たちの信じる神を絶対視し続けた結果、領土をずいぶん取り上げられてるって」
彼は、マリーの護衛になって以来ずっと敬語を崩さなかった。けれど、アンリが現れた途端、どこか張りつめていたものが緩んだように、その丁寧な口調はすっかり影を潜めていた。
マリーは筆を走らせながら、静かに言葉を添える。
「ヴェルナーラはモン・ルミエールの五倍くらいあるのに、よく争いもなく国を運営できるよね」
アンリは窓辺で歴史書を読みながら、眉をひそめた。
「この本によると、七神の協力と自然の力によって、信仰や文化の異なる地域でもヴェルナーラは平和を保っているんだってさ」
クララが顔を上げる。
「神様って7柱もいるんだね」
カミーユは紅茶のカップを静かに置きながら、穏やかに言葉を添えた。
「七神は、それぞれ領土を持つ神々ですわ。皇国では、神々の数よりも役割が重視される傾向があります」
アンリは少しだけ目を伏せて、静かに言った。
「七柱は領土を治めている神たちだけだ。他にも、季節をもたらす神、朝と夜を巡らせる神がいるらしい。だから、全部で十三柱かな。権威としては、領土を持つ七神の方が上だけど」
彼はページをめくりながら、指先で小さな図をなぞった。
「七柱の神々は、それぞれが神話で結ばれた土地に身を置くらしい。朝を呼ぶ神はヴェルナーラ最北の果てに、夜を招く神は最南の境に。ただ、季節を紡ぐ神だけは国中を巡り歩き、巡る季節を運んでいくのだそうだ。春夏秋冬それぞれ神様がいて、例えば、春の神さまは冬の終わりに国中を巡って春をもたらす」
クララは目を丸くしながら、そっと呟いた。
「そんなにたくさん……神様って、思ったより身近なんだね」
カミーユは微笑みながら頷いた。
「ええ。皇国では神は遠くにいるものではなく、日々の営みに宿るものと考えられているのです」
アンリとカミーユの言葉が静かに空気に溶けていくと、場には一瞬の沈黙が訪れた。その隙間を縫うように、リュカがソファに寝転びながら語学書をぱらりとめくった。
「ヴェルナーラ語って、標準語があるけど地域ごとに発音がけっこう違うんだね」
アンリが語学書をめくりながら、ぽつりと呟いた。クララが興味深そうに身を乗り出す。
「そんなに違うの?」
「本によると──」
アンリは指先で地図をなぞりながら続ける。
「北西部のフリューゲルでは母音をしっかり伸ばす。南東部のヒッツシュライアーでは破裂音や鼻にかかった音を意識する。北部のアイスツォプフェンは短音で、凛とした印象になるんだって」
クララが目を丸くする。
「同じ言語なのに、まるで別の音楽みたい」
アンリはページをめくりながら、少し笑う。
「へぇ、この本、割と的を得てるね」
彼の声に、少し熱がこもる。
「エーデルシュタインは標準語に一番近い。シュプリューレーゲンも標準語に近いけど、語尾や語順が独特で、ちょっと詩的。ブリッツシュラーク群島は、島ごとに発音も語彙もまるで違う。フェアギストマインニヒトは、話し方にリズム感があって、まるで踊ってるみたいだった」
クララが微笑む。
「アンリが話したときの印象と、ぴったりなんだね」
アンリは静かに頷いた。
「うん。言葉って、土地の空気をそのまま映すんだなって思ったよ」




