序章 第二幕:作戦会議 第一話 後編
カミーユはティーカップを置くと、指先でそっと髪を耳にかけた。
「わたくしの婚約者で、ヴェルナーラ人のカレンベルク侯爵に皇国の情報を教えていただきましょう。現地の人間の情報は、有益ですものね」
その言葉に、三人は顔を見合わせた。
クララが小さく頷く。
「確かに、霧の街のことも、舞踏会の習慣も、私たちだけじゃ分からないし……」
マリーは少しだけ眉をひそめながらも、静かに言った。
「でも、手紙って時間がかかるわよ。返事が来るまでに、何日もかかるかもしれない」
「それでも、書く価値はあると思います」
カミーユは立ち上がり、書斎へと向かう。
「皆さんも、文面を一緒に考えてくださる?」
紫檀の机に紙とインクが並べられ、四人は椅子を寄せ合った。
窓の外では湖面が夕暮れに染まり、風が静かにカーテンを揺らしていた。
クララが最初に口を開いた。
「挨拶は丁寧に。でも、堅すぎると距離ができちゃうかも」
マリーが頷く。
「旅の目的を簡潔に伝えて、皇国の現状について教えてほしいってお願いするのがいいと思う」
リュカは少し考えてから言った。
「地理や気候、最近の情勢……それから、旅人が気をつけるべきことも聞けると助かりますね」
カミーユはそれらの言葉を丁寧に紙に写していく。
筆先は静かに動き、インクの香りが部屋に広がる。
文面はこうして整えられた:
親愛なるカレンベルク侯爵閣下へ
湖のほとりより、静かな夕暮れの中で筆を執っております。
私たちは近く、ヴェルナーラ皇国への旅を予定しております。
つきましては、皇国の地理や気候、旅人が心得るべき事柄について、
閣下のご見識をお借りできればと願っております。
ご多忙の折とは存じますが、
ご教示いただければ幸いに存じます。
敬意と感謝を込めて
カミーユ・ドゥ・ボンパドゥール
クララ・ベルナール
マリー・スビルー
リュカ・ドゥ・ロレーヌ
手紙は封筒に収められ、カミーユが丁寧に封をする。蝋が静かに垂れ、家紋の印が押された。
その夜、リュカは窓辺に立ち、湖を見つめながらぽつりと口を開いた。
「手紙の返事が届くまで、結構時間がかかると思います。……ヴェルナーラに詳しい知人を呼んでもいいですか?」
クララが少し驚いたように顔を上げる。
「知人って……誰?」
マリーは眉を寄せる。
「その人、信頼できるの?」
リュカは少しだけ目を伏せて、静かに言った。
「情報を集めるには、動ける人間が必要です。彼は、皇国の空気をよく知っています。……あなたたちも知ってる人物ですよ」
カミーユはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「情報が必要なのは確かです。来てもらいましょう。私たちも、見極める目を持っていればいいのですから」
クララとマリーも、少し不安げながらも頷いた。その夜、湖の水面は静かに揺れ、遠くで鳥の声が一度だけ響いた。誰もがまだ見ぬ“知人”の姿を思い描きながら、それぞれの部屋へと戻っていった。




