序章 第二幕:作戦会議 第1話 前編
ボンパドゥール家の別荘に到着した一行は、湖を望むテラスへと案内された。 柔らかな風がレースのカーテンを揺らし、午後の光が静かに差し込む。テラスには、東方から取り寄せられたと思われる紫檀の机と、繊細な彫刻が施された上品な椅子が並んでいる。 机の上には銀製の三段ケーキスタンドが置かれ、薔薇柄のティーカップとティーポットが優雅に並んでいた。ケーキスタンドには、色鮮やかなフルーツケーキ、焼きたてのスコーン、丁寧に挟まれたサンドイッチが美しく盛られている。その光景は、まるで絵画の一場面のようだった。
クララはケーキスタンドのきらめきに目を丸くしながら、そっと息を呑んだ。
「まるで童話みたい……!」
思わずこぼれた言葉は風にそっと溶けていく。マリーはその場で立ち尽くし、感動を噛み締めているようだった。二人の瞳には静かな感動が現れていた。
リュカは何も言わず、クララの背後に回ると椅子を静かに引いた。その動きはあまりにも自然で何度も繰り返している儀式の用だった。クララは戸惑いながらも、彼の手の誘いに従って腰をおろす。マリーにもカミーユにも同じように椅子を差し出すとリュカは軽く微笑んだ。
甘い香りに誘われて、会話もだんだんと弾んできた。いつの間にか日差しは傾きはじめ、木々の影がゆっくりと伸びていく。クララは苺のタルトをフォークで崩しながら、ふと、口を開く。
「ねぇ、ドレスって何着くらい必要かな?舞踏会とかあるのかな」
その声は軽やかで、どこか夢見がちだった。マリーはスコーンにジャムを塗る手を止める。
「……ドレス?旅に出るんだよ?まずは歩きやすい服でしょ」
彼女の声には少しの呆れと心配が混じっていた。そして、少し微笑みながら、ティーカップを指でなぞる。
「私は筆記用具と紙。あと、封筒とインク。手紙を書く準備だけはしておきたい」
その言葉には彼女らしい芯があった。クララは肩をすくめて笑う。
「もしかしたら、旅先で誰かに出会うかもしれないし、香水も必要じゃない?」
カミーユは溜息をつきながら、ティーカップを口に運ぶ。
「香水より薬草の方が大事ですわ。体調を崩したらそれどころではないと思います。ねぇ、リュカさん?」
リュカは突然、話題が振られて驚いたようにカミーユを見つめる。しかし、カミーユの言葉に同情する。
「旅は危険が多いので、そういう備えは大切ですね。後、地図とかある程度の食料、お金は用意しておいた方がいいかと」
クララは苺のタルトを口に運びながら、リュカの言葉に小さく頷いた。
「地図かぁ……持ってるけど、あんまり読めないのよね。線がいっぱいで、どこがどこだか」
マリーがくすりと笑う。
「それ、ただの模様じゃないから。ちゃんと見れば、道も川も書いてあるのよ」
「でも、霧が出たら見えなくなるでしょ?」
クララは少し不安げに言った。
「皇国って、霧が深いって聞いたことある。街の輪郭がぼやけてるような……」
リュカはその言葉に、ふと遠くを見つめるような目をした。
「霧は、確かに深かった。昼なのに、夕方みたいな空だった。音も、少し遠くに感じるような……」
マリーがフォークを置いて、興味深そうに身を乗り出す。
「行ったことあるの?」
「境界近くまでなら。ほんの少しだけ」
リュカは曖昧に笑った。
「でも、あれが皇国の空気かどうかは、よく分からない。夢だったのかもしれないし」
クララは目を輝かせながら言った。
「それって、ちょっと素敵。霧の中に浮かぶ街……まるで幻みたい」
カミーユは静かにティーカップを置き、言葉を添える。
「幻に惑わされないように、心の準備も必要ですわ。旅は、現実を運んできますから」
その言葉に、テラスの空気が少しだけ引き締まった。
風がレースのカーテンを揺らし、湖面がきらりと光る。
誰もがその光を見つめながら、まだ見ぬ土地への思いを胸に描いていた。
リュカはそっと立ち上がると、テラスの縁に歩み寄った。
「そろそろ、荷物の確認をしておきましょうか。早めに準備しておいた方がいいですし」
マリーが頷く。
「ええ。今夜は早めに休んだ方がいいかも。明日からは長い一日になるわ」
クララは名残惜しそうに苺のタルトを見つめながら、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、あと一口だけ……」
カミーユは微笑みながら、クララのティーカップを受け取った。
「その一口が、旅の始まりを甘くしてくれるといいですわね」
夕暮れの光が、テラスの紫檀の机に長い影を落とした。
その影は、まるで物語の序章のように、静かに彼らの足元に広がっていった。




