6話 大ヒュドラ
「ひいっ!? どっ、どっか行けーっ!!」
魔法使いの叫びに呼応するかのように、周囲のツタがさらに急成長。
「うわっ!?」
丸太のように成長したツタは悪魔狩り三人を飲み込み、捻れて重なり大きくなり、姿を変えていく。
『ギャオオオオオーーッ!!』
「こ、これって……」
やがてツタは、頭を幾つも持つ龍「ヒュドラ」のような化け物に変化した。
五本頭のヒュドラは、緑色の輝く目を私達に向ける。
「面倒なことするなぁ、もう!」
悪魔は人間を攻撃できない。
頑張ればヒュドラから人間を引き摺り出せるだろうが、失敗すれば邪魔なツタが増える。下手したらヒュドラがもう一体増える。
それ以前に、生命力溢れるツタが邪魔で、人間の位置が掴めない。
(もういっそのこと、相手が制御し切れないぐらいにツタを増やすのもアリかな……そうすれば相手も身動き取れなくなるだろうし)
「あははっ! まだ元気そうだね!」
私が作戦を考えている間、マルはヒュドラを前に楽しそうに笑っている。
『ギャオオオオッ!』
「哀れだねぇ、こんな化け物になってでも助かりたいなんて……でも、無駄だよっ!」
マルは目を大きく見開き、瞳孔が限界まで開いた。
「あはははっ!」
マルの腕から錘のついた大きな鎖が幾つも飛び出し、ヒュドラの5本首に絡みついていっぺんに締め上げた。
「そーれっ!」
マルが鎖を引っ張ると、ヒュドラは鎖に引っ張られて頭を揺らす。
口に鎖を引っ掛けられた一体のヒュドラが、鎖に引っ張られて大口を開け、別のヒュドラの首に噛みついた。
また別のヒュドラは、他のヒュドラと頭同士をぶつけ合い凄まじい音を鳴らす。
(ヒュドラがマルに操られている……)
マルは鎖を器用に操り、ヒュドラを同士討ちさせていく。やがて鎖や頭がが複雑に絡み合い、ヒュドラの頭を一つにまとめ上げてしまった。
『グルル……』
「捕まえたっ! けどまだ終わらないよっ!」
マルは手に持っていた鎖を一つにまとめ上げ、その場でハンマー投げのようにグルグルと回し始めた。
『!?』
巨体のヒュドラがマルの怪力に負け、マルに振り回されている。
マルは回転速度を早めていき、ヒュドラも速度を上げて高く上がっていく。
「これでとどめっ!」
マルは高らかに叫ぶと、その場で力強い跳躍をして高く舞い上がった。鎖に繋がれたヒュドラも吊り上げられ、勢いのまま空中で縦に回転させられている。
「それっ!」
マルは鎖を掴んだまま全力で振りかぶり、鎖に繋がれたヒュドラを床目掛けて全力で投げつけた。
『ギェエ!?』
ヒュドラは異次元の頑丈な床に派手に叩きつけられた。凄まじい音と共に、ヒュドラを構成していたツタが緩む。
(これ、中の人大丈夫なの……?)
私が心配している間、ヒュドラのツタは弱って縮んでいく。
「うげえっ……!」
やがてツタが力なく垂れ下がり、中から目を回した魔法使いと仲間二名が転がり落ちた。
ついでに、魔法使いが手に持っていた精霊の石が吹き飛び、床を滑ってマルの足元で停止した。
「おぉ……」
どうやら中の人が酔ったことでヒュドラの形状を保てなくなり、ツタが緩んだようだ。
「これでおしまいっ!」
マルは精霊の石を拾い上げてポケットにしまい、改めて魔法使いを見つめた。
「あっ……精霊石……!」
ツタは枯れ、意識を取り戻した魔法使いは必死になって精霊石を探す。
「残念だったね! 魔法使いくん!」
「あっ……!」
そんな魔法使いの前に、笑顔のマルが躍り出る。
「あっ! ああ……!」
「君だよね! 僕の力を一番使ってた奴は! 契約もせずに勝手に使用するなんて、酷いことするなぁ……」
マルの言葉に、魔法使いは顔を歪める。
「僕はね、力を与えたら見返りとして魂を貰うことにしてるんだ」
「魂!? そっ、それだけは……!」
人の魂を獲得できれば、悪魔の力は上昇する。質が高ければ高いほど、得られる力も高くなる。
上手くいけば短期間で膨大な力を得られるものの、失敗したら返り討ちに合う。下手したら悪魔狩りに討伐されて消滅してしまうので、無闇に人の魂を獲得するのはお勧めしない。
一攫千金を狙うより、無難にコツコツと力を蓄える方がいい。
「……でも、この契約は相手に死ぬまで力を貸した場合。君は無断で力を借りたけど、途中で放棄したようなものだからねぇ」
「……っ!」
満面の笑みを見せるマルは、楽しそうに魔法使いに近付いていく。
対する魔法使いは杖をマルに向けて必死に威嚇するものの、もはや風前の灯だ。
「あははっ! そんな怖がらなくてだいじょーぶ! この契約で魂だけは取らないよ、でもその代わりに……」
「そ、その代わりに……?」
「君の膨大な魔力を作り出せる魔力核を貰ってくね!」
「!?」
マルがそう宣言した途端、魔法使いの身体に変化が現れた。魔法使いから魔力が消え、魔法使いは身体を支えきれなくなったのかその場から崩れ落ちてしまった。
「はい契約成立〜! 君、もうこんな事しちゃダメだからね〜! ……って言っても、魔力が無いんじゃ二度と悪魔狩りなんて出来ないかな?」
「…………!」
魔法使いの表情は絶望に染まり切っており、目には涙が浮かんでいた。もう声を振り絞る力すら出ないようだ。
私はここでふと、とある疑問が湧いた。
「マル、質問いい?」
「おっ? ジギちゃん、何かな?」
マルは魔法使いから私に視線を移す。
「この世界の人間って、魔力で身体動かしてるの?」
「魔力無くても身体は動くよ! でも、魔力があればあるほど力は出るし、魔法も使えるし……まあ、魔力が多い人は重宝されるから日常生活には困らないかな?」
つまり、魔力が高い人は需要があるから生活に困らないというわけだ。
「魔力があれば勝ち組、でも無ければ……」
「生活に困るだろうね! 魔力が無いんじゃ冒険者にはなれないし、できる仕事も限られてくるし! でも、こうなったのもアイツの自業自得だよ!」
「まあ、それは違いないよね。一方的に力を搾り取られて怒らない悪魔なんていないよ。でも、あんな強引に力を取ってって大丈夫?」
「だいじょーぶだよ!」
「異世界はまた仕組みが違うのかな……それならまあいっか!」
私とマルはお互いに顔を見合わせ、あははと笑い合う。
「いやぁ、オマケして魔力核で勘弁してあげたけど、それでも価値の高い魔力核を得られたのは大きいなぁ! 魔法使いくん、ありがとね!」
「…………」
魔法使いは何も言わずに丸を見つめ続ける。その様子を見た銃使いと剣士は、恨めしそうにマルを睨みつける。
「あ、悪魔め……!」
「テメェら……! 金も涙も無えのかよ……!」
悪魔狩り二名はマルに対して恨み言を吐くが、マルはお構いなしに反論する。
「なーに言ってんのさ! 天使も悪魔も死神も問答無用で狩りまくって、果てには地上を彷徨う善良な魂すら奪って利用する奴らが善意を語るんじゃないよ! 何の罪もない魂をあんな風に使うなんて!」
彼ら悪魔狩りの所業は想像以上にえげつなかった。
「アイツらそんなことしてたの!?」
「そうだよ! コイツら魂を道具のリペア道具としか見てないんだからね!」
「リペア道具……!?」
よくよく考えてみれば、天使や悪魔を素材にしている武器を修復するのなら、魂は絶対に必要となってくるだろう。
「この間なんかさ、魔物の群れに襲われていた村人がいたんだけどね、その村人を魔物ごと魔法で吹き飛ばしたんだよ! ひどくない!?」
「えぐ……」
マルはオーバーリアクション気味に両手を動かしてその時の様子を語る。
「そんな人間が語る善意なんてたかが知れてるよねぇ!」
「悪魔狩りってそんな非人道的な集団だったの……?」
「そんなことはない!」
私の疑問に、銃使いが叫びに近い反論をする。
「あの村人は傷が深く、もう長くはなかった……長く苦しみながら亡くなるより、一瞬で終わらせた方がいいと思ったんだ……」
「で、村人の魂を無断で持って行った……と」
「あのような場所に魂を放置したら、いずれ魂は魔物と化す。だから保護したんだ」
「でも、捕獲した魂は供養しないで武器の修復に使用したよね?」
どうやら銃使いはその時のことを覚えているようだ。だが、魂の扱いは明らかに度を超えている。
「碌に魔力を持たない無価値の人間を、力のある我々が利用してやった……とか言わないよね?」
「だ、だが……魂を放置してもいずれは消滅するだけで……」
「魂は自らあの世に行くか、死神が回収してあの世に連れてくんだよ……」
悪魔狩りの発言に、私は呆れ気味に答える。魂は天国か地獄に向かい、長い時を経て転生し、また新たな人生を歩むのだ。
「まさか真っ当な仕事をしてる死神も狩るなんて……」
「るせぇ! 魂喰らうテメェらが人間を語ってんじゃねぇ!」
「お、おいやめろ……!」
今度は剣士が怒り混じりに叫んだ。顔を真っ赤にする剣士を銃使いが必死に宥める。
「天使も悪魔も死神も、人の魂を喰って生きる化け物だろうが!」
どうやらこの世界の人間は、天使や悪魔に対する考え方が違うようだ。
「これじゃあ私達悪魔がが何を言っても意味ない気がする……」
「この世界の人間は天使も悪魔も魔物同然として扱うんだよ。人間の技術が向上してあの世との距離が近付いた弊害かもね」
「なるほど……ん?」
マルの考察に頷いていると、大広間が急に縮み始めた。壁や天井が迫り、床がスルスルと収束していく。
「あ、空間が元に戻ってく……」
「あらら? 道具の効果が切れるにはまだ早いと思うんだけどなぁ……? なんでかな?」
私達が呑気に話している間にも、大広間はどんどん狭くなっていく。
「異空間が切れた!」
「走れ!」
それを見た悪魔狩りの二名は、逃げるなら今が好機と判断したようだ。
銃使いは魔法使いを背負い、剣士と共にこの場から逃げ出した。
「おい! そんな役立たず置いてけ!」
「仲間を置いてけるわけがないだろ!」
二人は魔力をフルに使い、全速力で城内を駆け抜けていく。
「あ、長話し過ぎたかな」
「ううん! あの程度の相手なら余裕で追いつくからだいじょーぶ!」
マルは私に対して余裕の笑みを見せる。
「さてと、急いであの馬鹿共を追いかけなくっちゃ! アイツらには個人的な恨みがたっくさんあるんだからねぇ〜!」
「急いで追いかける必要はございません。彼等はもう、この城からは出られませんので」
「えっ?」
悪魔狩りを追いかけようとしたマルを呼び止めたのは、いつの間にかこの場に戻っていたルートだった。