3話 悪魔の城
目の前にあったのはなんと、視界に入り切らないほどに巨大で豪華な城だった。
「凄っ!」
城の真ん前に移動すれば、その巨大さが更に分かる。
見上げるほど大きい門の扉を抜けた先には、更に大きな西洋風の城がそびえ立つ。城本体は遥かに大きく、一番高い部分は天を突き抜けそうなほどだった。
まさか現実でこんな巨大な建物を拝める日が来るとは。しかもこんなところに寝泊まりできるとは。
「どうぞお入りください」
日が傾き始めた夕暮れ時。ルートに招かれ、真新しい城内に入った。当たり前だが、城内も物凄く大きかった。
細工があしらわれた見事な壁や天井、値打ちは分からないが明らかに高そうな巨大な絵画、ピカピカに磨かれた綺麗な床。二人で暮らすには手に余るほどだ。
「今日からここで暮らせるの……!? 夢みたい……!」
城の警備には、フルプレートアーマを身につけた魔物らしき生物がいた。巡回している者もいれば、定位置で停止している者もいる。
視線を少し落とせば、召使いらしき可愛らしい物体やゴーレムもいた。
可愛らしい衣装を身につけ、忙しなくあちこちを歩き回っている。
「あちこちにいる子って、みんなルートが作ったの?」
「はい。街や城、城内にいる者も全て私が作成しました」
この異世界を入手して間もない筈なのに、ここまで作り込んでしまうとは。
「凄いなぁ……」
「それでは、ジギさんの部屋までご案内しましょう」
「はーい」
ルートの後をついて歩き、異様に広くて長い廊下を移動する。
この城内は広すぎる。これでは部屋から別の部屋まで移動するのはさぞ苦労することだろう。城内を快適に移動できる移動手段が欲しくなる。なんとも贅沢な悩みである。
廊下を歩き続け、ようやく私の部屋に到着した。
「広っ!?」
私の部屋は全力で走り回れそうなほどに広かった。十人くらい仲間を呼んでも余裕そうだ。
大画面のテレビに高級ソファー、床には豪華なカーペット、部屋の奥に目をやると天蓋付きの巨大ベッドがあった。
「壁も天井も綺麗……もはや芸術作品じゃん……」
「足りないのならもっと芸術を追加しましょうか?」
「これ以上増やされたら部屋に居づらくなるって! 芸術はもう十分だから!」
「もし芸術が足りなくなったらいつでもお申し出ください」
「そんなこと一生無いと思うよ」
「まあまあ、そう言わずに……ほら、あの壁の角が殺風景ですよ」
「大丈夫だって」
彼は何故、こんな必死になって芸術を勧めてくるのだろうか。
「さてと……荷物を置いたら、次は広間に移動します。この世界での我々の仕事について簡単にご説明します」
「あー仕事の説明ね……って、また城内を大移動するの?」
「その点についてはご心配なく。城内の各場所に転移魔法陣があるので、目的の部屋まであっという間に移動できます」
「それなら大丈夫か……」
どうやらこの城には移動手段があったらしい、本当に良かった。でも、時間がある時は城内を隅々まで散策をするのも楽しいかもしれない。
数分後。私とルートは城内を移動して広間に到着した。美しいシャンデリアが飾られた大広間で、私の部屋以上に煌びやかだった。
日はすっかり暮れ、ゴーレムや謎生物が城内の照明機器に火を灯す。絢爛豪華な室内が眩しい。まるで夢の中にいるかのようだった。
「舞踏会とかできそう……」
「試しに体験してみますか?」
「お試し感覚でやるわけないでしょ……」
ルートの力があれば今すぐ舞踏会を開催できそうだが、絶対にお断りだ。
「ジギさん、とりあえず椅子にお座りください」
「ありがと〜」
丸いゴーレムが私の背後に豪華な椅子を持ってきてくれた。私はとりあえず腰を下ろし、目の前のルートを見つめる。
ルートは大きなロッキングチェアに腰を下ろしていた。
「で、この異世界での私の仕事について教えてくれる?」
「分かりました。まずは詳細を省き、簡単に仕事の内容をご説明します」
ルートは静かに椅子を揺らしながら説明を始めた。椅子が揺れるたびに木の軋む音が鳴る。
「……ジギさん、異世界での我々の仕事内容は、この星の原住民が行っている「悪魔狩り」をやめさせることです」
「悪魔狩り……」
異世界でも悪魔はやはり、忌み嫌われる対象のようだ。だが、こればかりは仕方ない。
実際、私達の仕事は人間社会にとって不利益に働くことが多い。
(悪魔狩りが発生するのは仕方ないとは思うけど……魔法のある異世界だと、悪魔狩りはもっと過激になってくるのかな?)
「ルート、この世界は地獄側が悪魔狩りを問題視するくらい、人間の悪魔狩りが深刻ってことなの?」
「その通り。どれほど深刻なのかは……実物を見ていただければ分かるかと」
「えっ? 実物っていう……」
私が言葉を続けようとしたその時、外に人の気配を察知した。
「人間が三人……街に入ってきた?」
戦闘技術があり、それでいて人とは思えないほどの多量の魔力を持つ男性が三名。
気配を消しているようだが、魂の存在ははっきりと確認できた。
「ルート、あいつらってまさか……」
「はい、彼らは悪魔狩りです」
まさかこんな短時間で悪魔狩りが来るとは。異世界の人間は、悪魔を察知できる魔法や道具を持っているのだろう。
「バーベキューをして時間を潰したおかげで、ちょうど良い時間に到着してくれたようですね」
「えっ? まさか私と悪魔狩りを合わせる為にバーベキューしたの?」
「まずは悪魔狩りの実態を実際に見てもらった方が早いと思いまして……」
「まあそうだけども……でも、大丈夫?」
魔力を持つ人間相手とはいえ、私達には致命的な弱点があった。
「私達悪魔は人間を直接攻撃できないって知ってるよね?」
間接的に人を苦しめることはあっても、まだ裁かれてもいない人を直接殺すことはしない。
「人間は傷つけず、彼らの力の根源を奪うか破壊してください。まあ、彼らなら多少傷付けても大丈夫ですよ」
「えっ?」
ルートと会話している間に、悪魔狩りは街を移動して城の前に到着したらしい。
「彼らは悪魔だけでなく、死神、天使、精霊も狩り、無理矢理力を奪っているのですから」
「はぁ!? 重罪じゃん!?」
よりによって魂を導く死神まで狩られ、果てには力を奪われるとは。そんな事をしたらあの世が成り立たなくなってしまう。
「なんで創造者はこの状況をほっといたの!?」
「かつてこの世にいた創造者は、前代未聞の改革をしたかったそうで……人間の悪魔、死神、天使狩りを黙認していたようです」
「誰もしなかったってことは、やったらマズイって分かるから誰もやらなかっただけでしょ!? バカなの!? その創造者バカなの!?」
「まあ、英雄詐欺等の違反行為をしていましたし今更かと……」
そんなやり取りをしていると、人間は城内を移動してついに大広間の前に到着したようだ。
「うわっ!?」
場の空気が一瞬で変化した。大広間の壁や天井がブワッと一気に遠ざかり、床が果てしなく広がり始めた。
どうやら大広間の空間が他者に支配され、空間が変質し巨大化しているようだ。
「ジギさん、とりあえず相手の力の根源を何とかして無力化してみてください。頼みました」
「わ、分かった!」
ルートがロッキングチェアごと何処かへと移動し、この大広間に私一人が残された。
「チッ、悪魔一匹取り逃がしたか……」
「でも、可愛らしい悪魔が捕まったみたいだよ。アレなら依頼者も大満足でしょ」
「無駄話はよせ。相手は上位の悪魔だ、油断するなよ」
外で少々不愉快な会話が繰り広げられた後、私の周囲に妙な煙が発生した。魔力を遮断し方向感覚を鈍らせる特殊な煙のようだ。
煙が発生している間に、武装した男性三名が大広間に姿を現した。奴らこそが、地獄が問題視している悪魔狩りだろう。
彼らは武器として剣、杖、銃を所持しており、煙の中にいる私に狙いを定めた。
彼ら人間にとっては一瞬の出来事かもしれないけど、悪魔からしたらあまりにも鈍足で、モタついてるようにしか見えなかった。
(まさか、この程度で私を倒せると思ってんの?)
悪魔相手とは思えないほどに杜撰な作戦に、私は思わずため息が漏れた。
「無駄だよ」
私は背中の羽を広げ、その場で高速回転した。私の周囲に凄まじい突風が吹き荒れ、煙は一瞬で吹き飛ばされた。
突風はそのまま飛んでいき、武装した男性三名を呆気なく吹き飛ばした。
「うっ!?」
悪魔狩りの面々は吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、私に視線を向ける。
「そんな人数で、しかもこんな杜撰な計画で悪魔を捕まえようとするなんて……よくもこの私を馬鹿にしてくれたね」
私は悪魔狩りを前に戦闘体勢に入る。身体のあちこちに蝙蝠の翼を出し、目の前の獲物を睨みつける。
「来なよ悪ガキ共、此処に来た事を後悔させてあげる」