2話 異世界に移住することになりました
翌日。
よく晴れた昼下がり。大荷物を持った私は、集合場所である山奥の山道でルートと落ち合った。
「お待たせー! 待った?」
「二十六時間の遅刻ですよ」
「大遅刻じゃん……ルート、今はそういうのいいから」
相変わらずボケたがるルートを軽くあしらいつつ、私はルートに駆け寄った。
「ねえ、異世界にはどうやって行くの?」
「魔法で移動します。ジギさん、私にもっと近寄ってください」
「分かった!」
私は急いでルートの側に近付いた。「この辺かな?」と確認する間もなく、世界は山奥の鬱蒼とした景色から湖の見える美しい山林へと変化した。
空気が完全に違う。どうやらあの一瞬であっという間に異世界に飛んだらしい。
「うわっ!? 飛ぶ時は流石に合図してよ!」
「片目を瞑って合図しましたよ」
「無言ウインクを合図にするのやめてくれない?」
「そんなことより、異世界に到着しましたよ」
「あ、そうだった!」
私は慌てて周囲をくまなく見渡す。
「わぁ……!」
360℃、どこを見ても異世界だった。
青い大空、見たことない植物に群がる極彩色の小鳥、銀色の幹を持つ美しい木々、人の頭より大きな虫の群れ、風に吹かれて煌めく湖を泳ぐ人魚のような生物……
どこを見ても、地球では絶対に見られない光景ばかりだった。
「異世界だー!」
異世界の景色にすっかり気分が高揚した私はその場から駆け出し、湖に向かって全力で飛び上がった。背中の翼を広げ、魔法で空を駆け抜ける。
心なしか、地球よりも空を飛びやすい気がする。
「ジギさん、魔物の存在をお忘れなく」
「分かってる!」
ここは地球では無いので、空を飛ぶ厄介な生物も多数いるのは分かっている。
だが、私は腐っても悪魔。その辺の魔物に簡単にやられるほど柔ではない。
「綺麗な湖〜!」
私はその場で旋回し、綺麗な湖に突撃する為に体制を整えたところで右側から妙な音が聞こえてきた。飛行機の飛行音に似た轟音だ。
「ん?」
音のした方を向くと、ドラゴンらしき生物の顔が大口を開けて迫っているのが見えた。
「あ」
私は何の抵抗もできず、気付けば視界は真っ暗闇。どうやら私はドラゴンらしき生物に飲み込まれたようだ。
筒状の空間を見るに、私は喉辺りにいるらしい。四方を肉の壁に阻まれてしまい、このままでは湖に飛び込めない。
「おらっ!」
私は背中の翼を大きく横に広げて硬化させ、その場で縦に一回転した。コマのように回転した私の翼は、周りの肉の壁を最も容易く切り裂いた。
程なくして、翼が切り裂いた空間からパッと光が入り込む。肉の空間は二つに分離し、私の身体は外の空気に晒される。天を仰げば青い空が見える。
「びっくりした……」
真下を見ると、首と胴体が別々になったドラゴンが湖に向かって落ちていくのが見えた。
だが、巨大なドラゴンの身体は湖に着水する寸前で空中で停止し、パッと目の前から姿を消した。
「ナイススウィング」
気づけば、私の隣には悪魔の同僚ルートの姿があった。
「ルート、この世界の魔物は倒しても大丈夫なんだよね?」
「はい。大丈夫です」
ルートは頷きながら答える。
「……ねえ、さっき落ちてったドラゴン片付けたのってルート?」
「はい、湖を汚すわけにもいかないので……後でドラゴン肉でバーベキューでもしましょう」
「いいね! 最高じゃん!」
ドラゴンの肉なんて生涯で一度も食べたことがない。どのような味がするのか想像できない。
「折角なので、私も何か食べられそうな魔物を討伐してきます」
「出来るだけ美味しそうな生き物でお願い、ゴーレムとか食べられそうにないものは絶対にやめてよね」
「はいはい……」
「なんでこっちが我儘言った感じになってんの? 私何も変なこと言ってないよね?」
そんなやり取りをしながら、ルートは目の前から姿を消した。
私はその間に湖に直行。水面ギリギリを飛んでみたり、湖に手を入れて奇妙な模様の魚を捕獲したりと、とにかく異世界の湖を堪能した。
暫く遊んでいると、狩りを終えたルートがバーベキューセットを従えて戻ってきた。
見るからに高級そうなバーベキューセットの隣には、大きくて分厚い巨大肉が積まれていた。
「うわっ! すっごく美味しそうなお肉!」
私は急いでルートに駆け寄る。先程私が倒したであろうドラゴンの肉らしきものの隣に、やけに綺麗な肉が部位ごとに綺麗に並んでいる。
「ルート、この肉なーに?」
「ミノタウロスの肉です」
「へぇ〜ミノタウ……ミノタウロス!?」
肉の正体に私は思わず声を荒げる。
「あの有名なミノタウロスの!? 肉!?」
「はい。ダンジョン内で彷徨いていたところを捕まえてきました」
「強さはどれくらい?」
「ベテラン冒険者が束になってようやく討伐できる相手です」
「へぇ……」
目の前には大量の肉の塊。二、三体くらい倒してきたのだろうか。
「いいねぇ……異世界人もさぞ羨ましいに違いない……」
「いえ、異世界人はこの肉を食べられません」
「えっ? どういうこと?」
私は肉から目を離してルートを見つめる。
「この異世界に生息する魔物の半分は元人間です。異世界の人間も人間の肉を摂食できないので、魔物の肉は基本的に忌避されているようです」
「あ、そうなんだ」
「人間は魔物の肉を別の用途に使用するようですが、悪魔である我々ならつつがなく食せます」
「いいね〜! 人間が食べられない未知の食材でバーベキューとか最高じゃん!」
「ミノタウロスの肉は、過去に食された記録がありましたが……肉質は固いものの、上手く調理すれば非常に美味とのことでした」
ルートの報告に、ミノタウロスへの食欲はさらに上昇する。
「もしこの肉が美味しければ、地獄に売るのもいいかもしれません」
「異世界の物で商売するの? ますます異世界って感じでいいじゃん!」
「夢が広がりますね。ではとりあえず、バーベキューを始めるとしましょう」
「やったー!」
こうして、広大な湖を背景に異世界バーベキューが幕を開けた。
主にルートが肉焼き担当。私はもちろん食事担当。
「焼けました」
「ありがと!」
私はルートから巨大なステーキを受け取り、思い切りかぶりついた。弾力のある肉を食い千切り、何度も咀嚼する。
「うーん……ミノタウロスの肉美味しい!」
「ドラゴンの肉、随分と懐かしい味がします」
ルートはドラゴンステーキを上品に食している。
「あ、ルートは異世界出身だったね。元いた世界でもドラゴン狩りしてたの?」
「それはもう。ちぎっては投げ、ちぎっては投げの毎日で……」
「そんなに倒したらドラゴン絶滅するんじゃないの?」
外でワイワイと談笑しながら食べる肉は最高だった。
ミノタウロスの肉は食べ応えがあり、ドラゴン肉は今まで食べたどの肉にも似つかない不思議な味だったけれど、とても美味しかった。
「ルート、まだ牛タンあ……うわっ!? でかい虫の群れ!」
「肉の匂いに釣られてやって来たようです。折角ですし食べてみます?」
「あんな変な色の虫を? あれ美味しいのかな……」
途中で魔物の群れが乱入するアクシデントが発生したが、簡単に返り討ちにして食材にした。虫は大味で雑味だらけで不味かった。
「なんか土や雑草の味がした……ルート、その虫どうするの?」
「全て回収し、後で魚釣りの餌にします」
「異世界の釣り! 楽しそう!」
「是非釣りましょう。高級クルーザーで海竜釣りましょう」
「まだドラゴン食べるつもり?」
ルートとは知り合ってまだ10年くらいだけど、時折こうして集まり馬鹿騒ぎするのは結構楽しい。
「……あれ? ルート、肩に乗ってるやつ何?」
バーベキューの最中、ルートの肩にちょこんと座る謎の物体が目に留まった。
デフォルメされた人のぬいぐるみかと思ったが、頭部が無い。それに質感も岩のようだった。
「この子はゴーレムです」
ルートは肩に乗っている石人形をつつきながら答える。
「ゴーレムって……土や石でできたロボットの魔物みたいなやつ?」
「大まかに言えばそうです。彼は魔石と土を材料に一から手作りしました」
「えっ!? その子手作りなの!?」
大きな手足のついた小さなゴーレムはとても可愛らしい。肩の上に静かに座る姿もいい、一体欲しい。
「この世界なら、物質系の魔物はある程度手作りできますよ。スライム、スケルトン、ダンジョン……」
「えっ!? ダンジョン魔物扱いなの!?」
「あと宝石でゴーレム作成もできます」
「欲しい!」
宝石のゴーレム、欲しくないわけがない。
「後で作り方教えて!」
「分かりました。ですが、最初は初心者向けの魔物を作ることをお勧めします。ゴーレムはそこそこ難しいので」
「そっか〜。因みに、初心者向けの魔物ってどんなの?」
「ダンジョンです」
「ダンジョン初心者向けなの!?」
どう考えても絶対に初心者向けではない。
「テラリウムのような小さな箱庭をダンジョンに変換するのです。材料さえあれば簡単に作成できる上、お世話も楽ですし、中にごく稀に魔物が誕生するのでとても楽しいですよ」
「なるほど……小さいダンジョン……」
それもすごく楽しそうだ。決めた、最初は絶対に可愛いダンジョンを作ろう。
「この世界は出来ることが沢山あります。魔法技術があり、貴重なアイテムがあり、ベテラン冒険者も寄り付かない未知の世界があります」
ルートは小さな宝石のようなものを手のひらに乗せてゴーレムの前に差し出す。小さなゴーレムは宝石の欠片のようなものを手に取り、身体に埋め込んでいる。
「楽しそうだねぇ……」
私はファンタジー広がる絶景を肴に飲み物を煽る。
「……さて、そろそろバーベキューを片付けるとしましょう」
「いや〜楽しかった〜!」
ルートが指を軽く鳴らすと、バーベキューセットやゴミはあっという間にその場から姿を消した。
「では、これから我々が寝泊まりする住居にご案内しましょう」
「宜しく〜!」
「ジギさん、どうぞこちらへ」
「はーい」
私がルートに近づいたところで転移魔法が発動し、湖からどこかの街中へと移動した。
「ん? ここ何?」
見事な建物が立ち並ぶ街だが、人の気配が一切ない。
「街なのに誰も居ない……」
「ここは私が作った街のレプリカです。まだ誰も住まわせていません」
「街作ったの!? 手が込んでるねぇ〜」
恐らくこの街のどこかに、私達が寝泊まりする住居があるのだろう。
「えーと……あっ! もしかして向こうに見える大きな屋敷?」
「いえ、あんな物置のような建物ではございません」
「あれも十分立派な建物なんだけど?」
貴族が住んでいそうな綺麗な建物なのに。
「我々が寝泊まりする住居はあちらです」
「あちら……えっ!?」
ルートが指し示した先を見た私は、驚きのあまり目を見張る。
目の前にあったのはなんと、視界いっぱいに映る巨大で豪華な城だった。