表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/17

1話 同僚が異世界を手に入れました

 放課後、静かな河川敷の道を二人の生徒が足並みを揃えながら歩いている。

 片方は優しそうな男子生徒、もう片方は長い髪が似合う背の高い女性。


 二人は先程まで和気藹々と会話していたが、唐突に女性がその場に立ち止まり、男子生徒に思い切り愛の告白をした。


「好きですっ!」


「えっ!?」


 女子生徒からの突然の告白に、男子生徒は顔を一瞬で紅潮させて驚く。



「よっっっしゃ!!」



 今叫んだのは男子生徒ではない。この場にいた第三者の私だ。


「ほら男子! 女子の告白に応えないと! その女子のことが好きだったんでしょ!」


 学生二人のお熱い光景を文字通り「影」から覗いていた私は、周りの迷惑など鑑みずに叫ぶ。


 だけど二人は私に気付かない。私の声に反応する素振りすら見せない。


「男子! 告白に応えて! イエスって言え!」


 雑草の陰の底から顔のみを出しながら叫ぶ私は、側から見れば「地面に落ちている女性の生首が叫んでいる」ように見えるだろう。

 でも、こんなに目立つ私を誰も視認することはできない。



 それもそのはず。なぜなら私は人の目には映らない人外、地獄の悪魔だからだ。



 私、「ジギタリス」はそこそこ力のある悪魔。昔は地獄で亡者の管理をしていたが、今は地上で『人間の欲』を解放させる仕事を任されている。


「男子! 何してんの! 女子がこんなに勇気を出して告白したのに! 内心めっちゃ喜んでんのに何で止まってんの!」


 欲の解放の仕事は始めたばかりで、まだ不慣れな点が多い。私はひたすら声を荒げ、顔を真っ赤にして黙りこくる男子の心に声をかける。


「あ、あの……」

「横山くん……?」


 男子は焦りながらも、必死に次の言葉を探している。


「ご、ご…………」

「ご……?」

「ごめんっ!」


 男子はまだ照れがあったのか、この場に女子生徒を残して何処かへと走り出してしまった。このままでは告白が台無しになってしまう。


「こらっ! 彼女を置き去りにしちゃ駄目でしょ! 止まれーっ!」


 私は影から身を乗り出して全身を出し、男子生徒を全力で追いかける。


「横山くーん!」


 女子生徒も見事なフォームで駆け出して後を追う。逃げる男子生徒を全力で追う二人の女子の光景は中々シュールである。


「待て! 逃げたら一生後悔するよ!」


 だが、この逃走劇は第四者の介入により早々に幕を引くこととなる。


「うわっ!?」


 男子生徒の走る先に一人の男性が現れ、走る男子生徒の前に立ちはだかった。男子生徒は男性にぶつかってバランスを崩し、草の生い茂る地面に転がった。


「あたた……あ、あれ? 痛くない……」


 男子生徒は派手に転んだが、どうやら怪我はないようだ。


「何もないのに何かにぶつかったような……」

「捕まえたぁ!」

「うわっ! 白尾さん……!」


 男子生徒が困惑している隙に、女子生徒は無事に男子生徒に追いついた。女子生徒は必死の形相で男子生徒の肩を掴む。


「横山くん……何で私の告白中に逃げたの……?」

「えっと……その……」


 女子生徒の問いかけに、顔を赤くしてしどろもどろする男子生徒。


「…………私の告白、嫌だった?」

「嫌じゃない!」

「えっ……!?」


 男子生徒の叫びに今度は女子生徒が驚く。


「じ、実は……君に告白されたのが嬉しくて、照れてしまって……! ぼっ、僕も……僕も君のことが好きです!」


「!」


 勇気を出して男子生徒も告白。女子生徒から驚きと喜びの感情が溢れ出し、「嬉しいっ!」と歓喜の声を上げながら男子生徒に抱きついた。


 男子はより一層顔を真っ赤にして、それでも女子生徒を拒絶せず抱きしめ返したのだった。



「よ、良かった……」


 私はその光景を、遠くの電柱の影からそっと見守る。どうやら仕事は成功したらしい。


「なんとかなったようですね」


 ほっとする私の隣に、先ほど男子生徒にぶつかった背の高い男性が現れた。ミディアムの整えた銀髪に端正な顔立ち、スーツ姿の美しい人型の人外。


 彼の名は「ルリロ・ルートルリ」、通称ルート。彼もまた地獄の悪魔であり、今の私の仕事仲間でもある。


「ジギさん、あのような方は心に強引に声を掛けたところで拒絶されるだけです。もう少し落ち着いてください」

「そうは言っても……あんな大チャンスな展開見たら興奮して張り切りもするって……」


 同僚の注意に私は頭を下げて反省する。私は前にも似たような光景に出会し、興奮からとにかく突っ走ってしまい、危うく任務を失敗してしまうところだった。


「感情に駆られて突っ走っては、できる仕事も落としてしまいますよ」

「はーい……」


 分かってはいるけど自分の悪い癖は中々治らない。

 かつて亡者を相手に仕事してた時も、別の上司から似たようなことをを言われていたのをふと思い出す。


「……さて、本日のお仕事はこれにて終わりです。今日は何か美味しい物でも食べに行きましょう」

「やった! ルート大好き!」


 私の同僚のルートはとても優しい人だ。私の悪い点をしっかり指摘し、仕事の補助もしてくれて、時には美味しいご飯を奢ってくれる。


 ルートは非常によくできた悪魔だが、変な奴でもある。


「ジギさん、川が綺麗ですね」

「ああ、夕日に照らされて川が煌めいるね」

「ちょっと失礼」

「は?」


 よく分からない詫びの言葉を述べたルートは、私が言葉を返す前に河川敷から川に飛び込んでしまった。


「ルート!?」


 私は慌てて大きな川に駆け寄る。しばらくすると、ルートは大量の魚を手に地上に姿を現した。


「本日の晩御飯です」

「そんな訳の分からない川魚とか食べる気になれないよ! それに川で無闇に魚を取るのは違反なんじゃ……」

「これは遊魚の範囲内なので漁業権侵害には該当しません」


 ルートは両手に魚を抱えながら川から上がる。

 

「その魚の量は流石に遊魚規制の範囲を超えてる気が……」

「人間は食べない魚なのでご安心ください」

「せめて美味しい魚食わせてよ!」


 同僚のルートはとにかく変な悪魔だった。彼は暇さえあれば、こういった訳の分からない行為に走ることがあった。


「ほら、川に魚返して!」

「致し方ない……」


 私に指摘され、捕まえた魚を渋々放流するルート。両手の魚を離し、次にポケットに入った魚も逃し、内ポケットに入った大量の巻貝を川に放り投げていく。


「よくもあんな短時間でそんなに捕まえたね……」

「ジギさんも頑張ればこれくらい取れるようになりますよ」

「別になりたくないよ……」




 夕暮れ、川の水に濡れてビシャビシャのルートと共に河川敷の道を歩く。

 前に、牛を抱えたルートと帰路を共にしたこともあるので、びしょ濡れ程度ならまだマシな部類だ。


「あ、そうそう……ジギさんに一つお知らせがございます」

「なーに?」


 どうせ大した内容ではないだろう。私はとりあえずルートの顔を見つめる。



「つい最近、異世界の星を入手しました。なので明日から我々は異世界に転勤となります」



「…………えっ?」


 ルートの口から告げられたのは、とんでもない報せだった。


「いっ……異世界の星!? 手に入れたって何!?」


「文字通りの意味です」


 驚く私に、ルートは冷静に答えを返す。


「あれはついこの間、私が街で歩いていた時のことです」

「えっ……ああ、星を手に入れた経緯を教えてくれるんだね……」


 私はとりあえず、ルートが体験したことの顛末てんまつに耳を傾けることにした。


「私はいつものように高級洋菓子店に向かい、ガラスケース越しに並ぶ豪華な菓子を眺めていました。色とりどりのマカロンに目を移したその時、突然、私の背後で大きな交通事故が発生しました」

「店の外で事故が?」

「妙な音に気を取られ、背後を確認したら……トラックが迫っているのが目視で確認できました。トラックと店の間には一人の女性がいました。ですが、女性はトラックが衝突する寸前で突如として姿を消しました」

「事故の寸前で人が消えた?」


 地球で人がこの世から消えるなんて、明らかに不自然な現象だ。


「それ、実際に何があったの……? 明らかに上の存在による仕業じゃん」

「創造者による連れ去りでした。最近流行りの英雄詐欺です」

「英雄詐欺……」


 時折、悲しい運命を辿った人間の身体や魂を異世界の管理者が連れていくことがある。


 この行為自体は違法ではないので、天も地獄もこの行為を咎めることはない。

 しかし、時にはわざと人の運命を捻じ曲げ、騙す形で人を異世界へと連れ去る悪い存在もいるらしい。


 人間を騙して異世界へと連れ去る行為を総じて「英雄詐欺」と呼んでいるのである。


「被害に遭われたのは女性で、詐欺師は若い創造者でした。私は急いで創造者のいる空間に飛び込み、英雄詐欺に遭いそうになっていた女性を空間から逃しました」

「咄嗟にそんなことしたの? よくできたね……」

「若い創造者が驚いている隙に、私は急いで空間の権利を奪い取り創造者の逃走経路を塞ぎました」


 地球に来る前のルートは、魔法の存在する異世界に住んでいたらしい。

 どうやら魔法の腕は魔界一と呼ばれるほどだったらしく、私が知らないような不思議な魔法を沢山知っていた。


「そして私は創造者を徹底的に捕縛し、彼のポケット全てにネギを詰め込みました。それはもう、ありとあらゆる種類のネギを詰め込んでやりましたとも」

「何で……?」

「こうして私は、地球で頻発していた英雄詐欺の犯人を捕まえた英雄となったのです」

「おぉ〜! すごい!」

 

 確かつい最近、地獄の同僚から「大手柄を立てて星を貰った奴がいるらしい」と話を聞いていたのを思い出した。


「ビッグニュースじゃん! 何で同僚である私に真っ先に教えてくれなかったの?」

「話すほどのことではなかったので……」

「話すほどのことじゃん! この間話してくれた「ヒヤシンスの花言葉」より遥かに話題性があったよ!」

「えっ……」


 因みにヒヤシンスの花言葉は「スポーツ」や「ゲーム」らしい。

 あの時ルートは、ヒヤシンスの花束を作れば「eスポーツ」を表現できるとか訳の分からないことを言っていた。


「……つまり私は、創造者を捕まえた報酬として、かつてその創造者が所持していた異世界を譲り受けることとなったのです」

「へぇ〜! 大手柄を立てればそんな凄そうなもの貰えるんだ! ねえ、貰った異世界の星ってどんなとこなの?」


 異世界の星に興味が出た私は、ルートが入手した異世界について質問をする。


「私が入手したのは、魔法で溢れたファンタジーな異世界です。創造者は我々の世界を参考に生物や魔物を作成したのか、ゴブリンやミノタウロスといったお馴染みの魔物が生息していました」

「へぇ〜魔物いるんだ! ちょっと見てみたいかも! ……と思ったけど、これからは好きなだけ見れるんだったね。私達、その異世界に転勤するんだよね?」

「はい」


 ファンタジーな世界は前々から興味があった。なので、今回の転勤は私にとって非常に楽しみだった。


「と、いうわけで。私とジギさんは異世界に転勤となりました。ジギさん、荷物の支度を整えておいてください」

「分かった! 私、今から大急ぎで引越しの準備してくるね!」

「おや、晩御飯は宜しいのですか? 高級焼肉店は?」

「まずは焼肉行こう!」


 とりあえず私はルートの奢りで焼肉を食べ、ルートと別れた後は大急ぎで地獄アパートに帰宅して身支度を整えたのだった。


(明日から異世界生活……! すっごく楽しみ!)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ