4.
翌日はぐっすり眠れたおかげか、清々しい気持ちで目が覚めた。
が、対照的にフィルの顔色はどんよりと曇っている。目の下にうっすらクマができているフィルは、私をじとりと睨む。
「いいよな、アリーは。人の気も知らねぇで隣でぐぅすか幸せそうに眠れて」
「だって気持ちよかったですから」
「お前は最後まで理性を焼き切らなかった俺を褒めろ」
「自分から言い出したことなのに……」
そう言いつつ頭を差し出したフィルの髪を撫でると、途端に顔色が良くなった。
今日は姉様と一緒に朝食を取る約束をしていたので、しばらくフィルの髪を堪能した後は、不在がばれてエリーに色々突っ込まれる前にと部屋に戻る。
そして着替えを済ませ、食堂へ向かったら、既に姉様は着席していた。
「おはようアリー」
朝日を浴びて神々しく輝くリリ姉様。まるで神話に出てくる女神様のように綺麗だと見惚れるのと同時に、昨日のフィルとの会話を思い出し、一瞬何かがぐっと湧き上がりそうになる。
が、それは胸の中に早々に押さえつけ、食卓に並ぶ朝食に手を付ける。
ちなみにここに両親が来ることはない。というか、チェルシー姉様がいなくなってからずっとだ。姉様に二人のところへ顔を出しに行くか尋ねたら、特にその予定はないという。
「だって二人とも、私がダマルに嫁ぐ前日に、もうお前は私たちの娘じゃないから今後会うこともない……なんて吐き捨てるように言ってきたのよ?」
言っている場面が目に浮かぶようだ。私たちに興味がないのも程がある。ならわざわざ気分を害しに行く必要もないだろう。
姉様と向かい合って朝食をとりながら今からの予定を尋ねると、今日は学園やカレッジ時代の友人達に会いに行くという答えが返ってきた。
「アドラー様がこちらへ来る前に色んな人に会いに行っておかないといけないもの。こうして一人で行動できる機会なんてそうそうないのだし」
「どこに行くにも一緒っていう話だったよね」
噂ではなく、彼の姉様の溺愛ぶりは筋金入りだと、直接姉様から手紙で教えてもらっている私は知っている。
「アドラー様の目の届かないところに私が行くのが耐えられないみたい。だから今回、私が先にリンデルに行って自由に動くことを許可してもらえたのは本当に驚いているの。それもこれも、あのローズデン様の手紙がきっかけだと聞いたわ。……あまり顔を合わせたくない相手だけど、流石に直接お礼を言いに行かないといけないわよね。それに、私の可愛い妹を泣かせないようにってちゃんと念押ししておかないと。あとはもしも不幸にすることがあったら、ダマル帝国の名のもとに粛清しちゃうから! ────なんて脅し文句をつけてもいいわね」
なんかフィルへの私情が大いに入っている気がする。
嬉々として怖いことを口にする姉様を、私は慌てて止める。
「姉様、私は大丈夫。フィルはあれでも私の嫌がることはしないの。だから絶対にそれを、冗談でもアドラー様の前で口にしないで!」
そんなことが耳に入ろうものなら、フィルどころかこの国が一瞬で捻り潰されそうだ。リリ姉様の願いなら、多分力技でどんなことでも叶えてしまうだろう。
私からしたら、フィルなんかよりもよっぽど、多大な権力を持つ帝国皇子のほうが恐ろしい。
でもまあ、姉様が彼の元へ直接赴かなくとも、その内顔を合わせる機会はあるだろう。
そう思っていると、意外にも早くその時は訪れたようだった。
◯◯◯◯
執務室に飾ってある壁時計から、三時を告げる音がする。
いつもならこの音が鳴り止むか止まないかの辺りで扉がノックされるのだが、今日は部屋に静寂が包まれてしばらく経ってもフィルは姿を現さなかった。
珍しく到着が遅れているなと思いながら、一区切りついたところでもあったので、とりあえず先に休憩を取ることにした。
エリーに今日の分の紅茶を淹れてもらい一人になった後、それを口に含みながら何気に窓の外の中庭に目をやった私は、すぐ傍の茂みの間から見慣れた二人の姿を見つけてしまい、驚いて思わず声を上げた。
「あれって、リリ姉様とフィル……?」
なんでこんなところに二人が、と思っていると、そういえば姉様はこのくらいの時間には一度こちらへ戻ると話していたことを思い出す。
そして姉様はこの中庭が昔から好きで、時間があればよくここを回っていた。今日もそういった理由で、久しぶりにお気に入りの場所をじっくりと巡っていたのだろう。
対するフィルは私が以前美味しいと絶賛していたお店の袋を抱えている。あれが多分今日のお茶請けだ。
この部屋に辿り着く最短ルートが中庭を突っ切ることだと言っていたので、その途中でたまたま姉様と遭遇したのではないかと推測した。
二人が会話をしているところを実はほとんど見たことがなかった私は、昨日のこともあり、妙に気になってつい様子を伺ってしまう。
窓を開けて耳を澄ますと、かすかにだが会話も聞こえてくる。
「お久しぶりです皇子妃殿下。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。お元気そうで何よりです」
いつものように柔らかな空気を纏ったフィルが軽く頭を垂れてそう言えば、
「ええ、本当に久しぶり。あなたこそ変わりないみたいね」
同じく柔和な表情でそれに返すリリ姉様。
見た目には、二人は大変にこやかな表情で挨拶を交わしているようだった。
けれど周囲にはリリ姉様を守護するダマルから付き従っている護衛も侍女もいるようなので、当然二人ともしっかりと分厚い仮面を被っている。
事情を知っている私からしても騙されてしまいそうだ。互いに互いをあまり良く思っていないとは思えない。
そのくらい、二人の立ち居振る舞いも表情も完璧だった。
正直姉様のフィルへのビビり具合を昨日目にしていたので大丈夫だろうかと心配していたけど、さすがはリリ姉様だ。
まあ、フィルが姉様に真っ黒いオーラを見せたのは前の一度だけらしいし、あれさえ見せられなければ問題はないだろう。
いくら姉様がフィルの仮面の奥に気付いているとしても、さすがにこんなところで彼がもう一度本性を見せつけるなんて行為をしでかすはずがない。そんなの、フィルにとってはデメリットしかないだろうし、そもそも何の意味もない。
そんなことを考えている間にも、姉様は今朝言ったことを実行するようで、フィルに皇子を説得してくれた礼を述べていた。
「ありがとう。あなたがアドラー様を説得してくれたお陰で、祖国でゆっくりと時間を取ることができたわ」
「いえいえ、私はただ、あなた様を敬愛するアリシア王女殿下が姉妹水入らずの時間を取りたいだろうと思い、あの方に無理を承知でお願いしたまでです。礼ならば許可をされたアドラー皇子殿下にお伝えください」
「勿論アドラー様には真っ先に感謝の気持ちを伝えたわ」
「それはそれは。きっと皇子殿下もさぞお喜びになられたことでしょう」
するとその時のことを思い出したのか、リリ姉様は頬を朱に染める。アドラー様が姉様にでろでろなのは知っているけど、結構な強面で通っているあの方が姉様にあんな顔をさせるなんて、一体何があったんだろう。
興味が湧いたので、またあとで時間が取れたら聞いてみようと思っていた、その時だった。
多分、私以外に誰も気付かないだろうフィルの表情。
何があっても外れないほど、完璧に装っているフィリップとしての仮面を、少しだけ────周囲にいる護衛や侍女のみならず、彼がいつも偽りの姿でいることを機敏に察知するほどの能力を持っているリリ姉様ですら気付かないほどに、ほんの僅かだけどフィルはそれを外し、幸せそうに微笑むリリ姉様に視線を向けた。
そこにあったのは確かに、昔彼が抱えていたらしい姉様への愛情の残滓で。
その瞬間、私の奥に潜んでいた黒い感情が一気に溢れ出した。
────フィルは言った。全て過去のことだと。そう、全部昔の話だ。
それでもああして姉様と対峙していると、昔だろうが何だろうが、彼の心を揺さぶるものがあるのだろう。
大事なのは、今彼が想ってくれているのが私だということ。それでいいはずだ。
なのに今私の中で最も強く渦巻いているのは、狂いそうなほどに強い怒りと嫉妬の感情だった。
だって甘さを含んだ熱も、狂気的な黒いオーラも、こちらの存在全てを絡め取りにいくような視線も、狂愛も情欲も独占欲も、全部全部私に向けられるもののはずだ。
それなのに私以外の前で、作られていない素の感情を少しでも垣間見せるなんて。
自分の右耳についた石に手を伸ばし、それを指で強く挟む。
彼が私の全てを欲するように、私もあの男の全てが欲しい。
フィルは私のものだ。
過去のものであれ、他の人にそれを見せるのも暴くのも許せない。
「少し出てくるね」
「アリシア様? 一体どちらに」
「すぐそこまで。時間までには戻るから」
外に控えていたエリーにそう答えて部屋を飛び出した私は、あくまでも優雅に見えるような足運びをしつつ中庭へ急ぐ。
そして未だに会話の応酬を繰り広げていた二人を見つけると、顔に笑みを貼り付け二人の間に割って入った。
「少しいい? 急遽確認したいことができたから、彼を借りたいのだけど」
「え、ええ、勿論大丈夫よ」
有無を言わさない笑顔で話を遮った私に何か鬼気迫るものでも感じたのか、困惑の色を乗せた声のリリ姉様を置き去りにして、あくまでも荒ぶる感情が顔と動きに出ないよう、ここに来た時と同じく普段通りの足取りで、でも掴んだ腕の力は緩めず、フィルを従えて中へと戻る。
「アリシア王女殿下、一体どうされたんですか? 急ぎというと、もしかして式典の準備に関することで……」
「今ここでは話せない」
相当な力で掴んでいるせいかフィルが少しだけ眉をひそめているが、逃がさないとばかりに更に強くしながら廊下を突き進み、執務室ではなく私の部屋へと連れてくると、彼の体をソファに強く押す。
そして非力な私の力でも簡単に倒れたフィルの上に馬乗りになって、私は彼の顔を見下ろす。
感情の赴くまま、ただ宿った苛立ちをフィルにぶつけたかっただけなんだと思う。
けれど見下ろしたフィルは、笑っていた。
これまでに類を見ないほど凄みを帯びた雰囲気を醸し出しているのに、浮かぶ笑顔は、まるで欲しい物をやっと手に入れた少年のように無邪気なもので。
ここで私はようやく悟る。
「あなた────リリ姉様を当て馬にしたわね」
この問いに、フィルはニヤリと口角を上げる。それが全ての答えだった。
どこからが彼の仕業か、なんてことは聞かない。この感じ、多分初めからだ。
私は彼と同程度の感情を抱くなんて無理じゃないのかと思っていたけど、自分では分かっていなかっただけで、私以上に私のことをよく分かっていたフィルはそれに気付いたのだろう。
だから彼は私のフィルへの気持ちをより深く落とすために、嫉妬心を煽るのにこれ以上の適任はいないと言える、唯一フィルの本性を知るリリ姉様を一人で先にこの国に呼びよせ、私の深層で静かに燻っていた黒い感情を、一気に呼び起こした。
偶然に思えた事象は、全てこの男が意図的に引き起こしたこと。
私はまんまと彼の掌の上で踊らされていたのだ。
「本当に、忌々しい男」
「堕ちて最初に俺に対して言う言葉がそれかよ。もっと他にあるんじゃないのか?」
「それが愛からだろうが嫉妬からだろうが苛立ちからだろうが、どんな言葉だって私から向けられるものなら、あなたはなんでもいいはず。だってあなたは私の全てを欲したんだから」
そして私は、この男の全てを欲している。見事なまでにこちらの完敗だ。
私は彼の思惑通り、フィルに同じ気持ちを抱いている。約束は果たされたのだ。
だけど二つ、確認したいことがあった。
「ねえ、リリ姉様のこと、正直なところどう思っていたの?」
昨晩リリ姉様のことについて話していた時の、そしてさっき姉様と対峙していた時の顔が、全て演技だったのかどうか、自信がない。
それくらいフィルの表情は真に迫っていたから。
もしもフィルの心に一瞬でもリリ姉様が住んでいたらと考えただけで、胸がざわついてひりついて、目の前で組み敷いている彼の目を、私以外見られないように塞いでしまいたいという衝動に駆られる。
だって私の方は、心をこんなにもざわつかせたのはフィル以外いないというのに。
するとフィルはとてもおかしそうに声を上げて笑うと、はっきりと断言した。
「俺が過去に好きだったかもしれないってのか? あんなの嘘に決まってるだろうが」
「なら、昨日姉様の話をしていた時も、さっき姉様の前であんな表情したのも、あれも私を騙すためだったってこと?」
「当たり前だろう。後にも先にも俺が欲した人間はアリー、お前だけだからな」
彼の中の特別が私一人だと言われたことで、じんわりと幸福感で心が満たされていく。
その気持ちを抱いたまま、私はもう一つの質問を投げかけた。
「私が昨晩あなたの部屋を尋ねることも想定内だった?」
けれどここでフィルの表情がわずかに歪んだ。
「お前がリリアンヌと話している時、必然俺の話題が上がることは予想していた。それでアリーがやきもきした気持ちを抱えて俺のところに直撃してくるまではよんでいたが……。さすがに夜も遅い時間に、あんな薄着で直接部屋にやってきて、しかも同じ寝台で寝る羽目になったことは想定外だ。あんな冗談真に受けやがって、いつもだったら絶対に受け流してただろうが。あの時ばかりは俺も柄にもなく焦ったぞ」
なら、私が昨晩見た慌てふためくフィルも、葛藤するフィルも、彼の本心だったってことになる。
それを知って更に私の心は満たされ、自然と頬が緩んだ。
「分かった。……ちなみに他に嘘はないわよね?」
「ああ、ないな。神に誓って」
「表のフィリップ様ならともかく、元々あなたは無神論者でしょう」
「ならアリシア女王陛下に誓う。リリアンヌを早めに呼び寄せたその理由も本当だ。罪悪感も、お前を喜ばせたいって気持ちも、アリーに対して抱く感情に嘘は一つもない」
私への気持ちに嘘はなくても、彼がリリ姉様を利用したことに変わりはない。
それを知って尚、愛おしいという感情が湧き上がってくるのだから、厄介なものだ。
「私の負けよ。まんまとあなたの策に嵌っちゃった。────それで、私が完全にあなたのものになった感想は?」
この問いに、フィルは体を起こし恍惚とした笑みを浮かべる。その後右腕を伸ばして私の耳に親指を這わせながら、
「ああ。最高の気分だ」
吐息混じりにそう答えると、そのまま私を引き寄せ、フィルの腕の中に体をすっぽりとおさめる。
すると自然と心臓の真上にきた私の耳に、フィルの鼓動が響く。高揚しているらしい彼の先程の言葉が真実だと証明するように、早い速度で心臓が脈打っているのを感じる。
けれど彼は私を抱き締めたままで、意外なことにそれ以上何かをするつもりはないらしい。
「…………てっきりすぐにでも手を出されるのかと思っていたのに」
「なんだ、出してほしいのか」
「そういうわけじゃないけど」
なにせ帰国してすぐに押し倒してきた男だ。
彼は私との約束も果たしたことだし、こうして自分の腕の中に堕ちてきた私にすぐにでも何かを仕掛けてきてもおかしくないと考えるのは自然なことだ。
そしてここは私の部屋で、許可をしない限り誰かが入室してくることもない。
私としてはそういうつもりでここに連れ込んだわけじゃないけど、フィルにしてみれば絶好の機会ではないのだろうか。
けれどフィルは私の言葉に、余裕のあるように聞こえる口調で返す。
「俺がこれまで何年待ったと思ってるんだ。もうすぐ式を挙げて、名実ともに俺はお前と結ばれる。あと数日待ったってそんなに変わりはしない────ってのが建前」
「なら本音は?」
「今手を出したら止まれる自信がねえ」
あまりにも明け透けな物言いに、思わず笑ってしまった。
なら彼はきっと、全てが終わるまでは何もしてくるつもりはないだろう。それは別に構わない。
なんだかんだいいつつ、彼の自制心が強いのは知っている。私が嫌がることは絶対にしないし、許しがない限り直接唇に口付けることもない。
一緒に眠り、私が彼の存在を気にすることなくすぐに深い夢の世界に旅立ち、代わりに自身が一睡もできない状態にあっても、私が眠っているのをいいことに、自分の欲望をぶつけるようなこともしない。
私の前でのフィルは、そういう人なのだ。
そういうフィルを好ましく思う反面、その自制心がどこまでもつのか試してみたくもなる。
あと単純に、リリ姉様を駒にしてまで私を騙し、してやられたことが悔しいので、その仕返しもしてやりたい。
自分の中にそんな加虐心にも似た感情があったなんて知らなかった。
けれどそれを引き出したのは他でもないフィルだ。だったら彼に責任を取ってもらわないと。
「ねえ、フィル」
私は体を起こすと、フィルの瞳を覗き込む。茶色の瞳にはとても楽しそうに笑う私の姿が映し出されている。
「なんだよ」
けれどどんどん近付いてくる私の顔を見てこちらのしたいことを察したらしいフィルが、狼狽したように声を上げる。
「アリー、おいちょっと待て────」
けれど私は全てを喰らい尽くすように、その言葉ごと彼の唇を塞いだ。
おそらく驚きのあまり、途端に動きの止まったフィルを気にすることなく、緩急をつけ、角度を変えて何度もそれを繰り返す。
息継ぎのタイミングはよく分からなかったけれど、息苦しさを感じることはなかったから無意識にうまくできていたんだろう。
そうして私の気が済み、熱を帯びたフィルが応じようとしたところで離れると、彼の腕が私を逃げられないように強く捕らえる前にするりと抜け出し、にこりと微笑んだ。
「ごめんねフィル。私そろそろ行かないと。エリーに戻るって伝えた時間になっちゃったから」
フィルは私のこの一連の行動の意味を理解したらしい。
その瞬間彼は顔を手で覆うと、低い呻き声を上げながら堪らず倒れ込み、ソファに体を沈めた。
そしてとても小さな声で呟く。
「……お前、生殺しって知ってるか」
「それ昨日も言ってたけど」
「つまり俺は昨日からお預け喰らってる状態なんだよ。正直限界が近いんだが」
「だってあと数日は待てるんでしょう? さっき自分で言ってたじゃない。だからちゃんとその建前は守ってねフィリップ様」
「くそっ、余計なこと言うんじゃなかった!」
本気で悔しがるフィルに、私はもう一度近付くと顔の中で唯一手がかかっていなかった彼の額に一つ口づけを落とし、耳元で囁く。
「私、あなたを振り回すのが結構好きみたい。でもこれが私のフィルの愛し方だから。……こんな私、嫌いになった?」
するとフィルの手が顔から外れ、彼の表情が露になる。
色々と複雑な感情が絡まった顔をしていたけど、濁りのない瞳でまっすぐに私を見据えて言った。
「馬鹿言え。そのアリーは俺が引きずり出したアリーだ。嫌うはずがないだろう。それに、お前が俺を振り回すのは今に始まったことじゃない」
「そうだった? 私の方こそあなたに翻弄されてる気がするけど」
「お前だって大概だからな。まったく、俺を飼い慣らせるのはアリーだけだ」
「そうね、でも覚えておいて。私の手綱を握れるのもあなただけだから。私が逃げ出さないように、せいぜいちゃんと捕まえておくことね」
「安心しろ。お前が逃げ出したいと泣き喚こうが、絶対に逃さない」
「同じ台詞をそっくりそのまま返してあげる」
そう言って今度は軽く唇にキスを落とすと、テーブルにおかれていたフィルの持ってきてくれた今日のお菓子の袋を取り、私は彼を残して部屋を出る。
けれどその直前、
「アリー、愛してる。お前は?」
起き上がり、私を見つめながらフィルの口から飛び出したのは、これまで幾度となく言われてきた言葉。
それに対する答えを、私は今日やっと手に入れた。
これまで抱いていた好きという感情よりも、今私の中に渦巻いているものは全てを呑み込んでしまいそうなほどに、もっと重くて暴力的で、それでいて甘美なもので。
だから今度こそ彼と同じ気持ちで、私は愛しい人から視線を逸らさず答えた。
「あなたの全てを愛してるわ、フィル」




