最終章:心の一片と、深海の再生
クリスは、震える手で巻物を引き寄せた。
その指先が、金色の鱗の模様を辿る。
「これは…私の、魂の記録…」
彼女の掠れた声が、深海の静寂に吸い込まれていく。
「かつて、私は神々と戦い、敗れた。
その時、私の…『感情』は、この巻物に封印された。」
彼女の瞳は、遠い過去を見ているようだった。
「そして、その感情の一片が、貴様の魂に宿ったのだ。」
彼女の視線が、私に向けられる。
私の目尻の鱗。
それこそが、彼女の失われた「心」の欠片。
全てが、繋がり始めた。
クリスの言葉が、私の脳裏に鮮やかな映像を呼び起こした。
巨大な触手が天を衝き、
神々の光と、クラーケンの闇が激突する。
想像を絶する光景。
それは、私の記憶ではない。
だが、なぜか、胸が締め付けられるように痛んだ。
「寂しかったのよ。」
クリスの口から、まるで幼い子供のような声が漏れた。
その言葉と共に、彼女の目から、
一筋の涙が流れ落ちた。
それは、感情を封印して以来、
初めて流された、真の涙だったのかもしれない。
私は、衝動的にクリスの手を取った。
ひんやりとした彼女の指先が、私の温もりに触れる。
その瞬間、私の目尻の鱗が、
まばゆい光を放ち始めた。
そして、巻物の金色の模様もまた、
呼応するように輝きを増していく。
光はクリスの体を包み込み、
やがて、彼女の表情が、
今まで見たことのないほど穏やかなものに変わった。
まるで、長い眠りから覚めたかのように。
彼女の顔に、柔らかな笑みが浮かんだ。
それは、偽りのない、心からの笑顔だった。
「…ありがとう、ミカ。」
クリスの声は、もう冷たくはなかった。
そこには、温かさと、感謝の気持ちが込められていた。
彼女の「感情」が、
私を通して、再び目覚めたのだ。
深海のマンション『アビス・レジデンス』に、
温かい光が満ちていく。
イカ先生は、半透明の体を揺らしながら、
「おめでとうございます、クリスティーネ様!」
と、心から喜んでいるようだった。
トロは、透明な体をぴょんぴょん跳ねさせ、
「やったー!クリスが笑った!」
と、無邪気に叫んでいた。
不機嫌クラーケンと、迷子の少女。
笑いの中に潜んでいた喪失と再生の物語は、
深海の底で、新たな一歩を踏み出した。
この奇妙なルームシェアは、
クリスの心に、そして私の心に、
忘れかけていた温かさを、
そして、生きる喜びを、
深く深く刻み込んだのだ。
◆あとがき◆
はーい、皆さん!作者の星空モチです。今回は、深海の底からお届けする、とびっきりの物語「深海アビス・レジデンス:不機嫌クラーケンと迷子教師の癒えない心、ルームシェア奇譚」をお読みいただき、本当にありがとうございます!
この作品、実は「不機嫌クラーケンと私の深海ルームシェア」という、とある企画から生まれたんですよ。元々、深海生物ってなんか神秘的で、でもちょっと不気味で…そのギャップに惹かれていたんです。特にクラーケン!あの巨大な姿に、まさか「孤独に耐えられない」っていう可愛い一面があったら面白いんじゃないかな、なんて妄想が止まらなくなって(笑)そこから、死んだはずの人間と深海の住人がルームシェアする、っていうぶっ飛んだアイデアが閃きました。
主人公のミカは、本当に私たち読者の目線で物語を進めてくれる、素直で優しい女の子。彼女を通して、深海の奇妙な日常や、そこに住む個性豊かな仲間たちに出会っていきます。中でも、一番の推しポイントはやっぱりクリスですよね!あの毒舌でツンツンした態度、最初は「え、こわっ」って思うかもしれませんが、彼女の過去を知ると、もう胸が締め付けられるんです…。感情を封印したクラーケンの娘が、ミカと出会って少しずつ心を開いていく姿は、書いている私自身も「頑張れ!クリス!」って応援しながらキーボードを叩いていました。彼女の涙のシーンは、もう目頭が熱くなっちゃいましたよ。
執筆中は、深海の描写にとことんこだわりました。シャンデリアが輝く豪華な部屋、七色に光るゼリーの朝食…読者の皆さんの脳内で、まるでダイビングしているかのように情景が浮かべば嬉しいです。あと、地味に苦労したのが、イカ先生やトロといった脇役たちのキャラクター付け。イカ先生は元教師の幽霊イカ、トロは透明だけど喋るトロッコフィッシュ。彼らがクリスやミカとどう絡むか、試行錯誤の連続でした。実はイカ先生、もっと過去に深掘りする予定だったんですが、尺の都合で今回は見送りに…いつか彼のサイドストーリーも書きたいなぁ、なんて夢見てます。トロも、見た目は可愛らしいけど、実は深海に住む生物ならではのユニークな特性を隠し持っているんですよ。透明な体が、今後の物語で意外な伏線になったり…ならなかったり?ふふふ。
さて、今回の物語はこれで一旦の幕を閉じますが、深海アビス・レジデンスの物語は、まだまだ始まったばかりかもしれません!ミカとクリスの新たな関係性、イカ先生やトロの知られざる秘密、そして、この深海マンションにこれからどんな魂が迷い込んでくるのか…? 次回作の構想も頭の中でムクムクと育っていますので、続報をお楽しみに!
最後に、この物語を最後まで読んでくださった全ての読者の皆様に、心からの感謝を申し上げます。皆さんの応援が、私の創作の原動力です!これからも、皆さんの心を揺さぶるような、不思議で温かい物語を届けられるよう、精一杯頑張ります。感想やご意見など、ぜひコメントで教えてくださいね!