第三章:深海の日常と、見えない記憶の欠片
七番室の窓から見えるのは、
深い、深い青色の世界。
時折、正体不明の光の粒が、
まるで星屑のようにきらめいては消えていく。
これが深海。
私の新しい「日常」が始まる場所。
ベッドは、ふかふかの海藻でできていた。
横になると、ふわふわと体が浮くような感覚に包まれる。
壁には、珍しい貝殻やサンゴが飾られ、
まるで博物館のようだ。
でも、誰も住んでいないはずなのに、
どこか生活感があるような、奇妙な感覚。
翌日から、私の深海生活が始まった。
朝食は、イカ先生が作ってくれた、
七色に光るゼリーと、
甘くてとろけるような深海フルーツ。
「お嬢様、どうぞお召し上がりください。」
彼の言葉には、いつも優しさが滲んでいた。
クリスは、いつもソファに座って、
分厚い古書を読んでいるか、
あるいは、窓の外の深海をただじっと眺めている。
私とはほとんど目を合わせようとしない。
まるで、私という存在が、
彼女の視界に映ってはいけないものかのように。
「ねぇ、クリスさん。
なんで、そんなに私に冷たいの?」
ある日、私は思い切って尋ねた。
彼女の指が、ピクリと震えた。
本のページをめくる音が、やけに大きく響いた。
「…貴様のような、感情に塗れた存在は、
私の安寧を脅かす。」
彼女の言葉は、まるで氷のように冷たかった。
感情に塗れた存在。
それは、かつて私という人間が持っていたもの。
そして、彼女が「封印」したというもの。
その夜、私は七番室で一人、考えを巡らせた。
私はなぜ、感情に塗れているのだろう。
死んだはずなのに、この体には、
確かな温もりと、心のざわめきがある。
これは、本当に「私」なのだろうか?
それとも、どこかの誰かの魂が、
私の体に宿っているだけなのだろうか。
ふと、部屋の片隅に、古びた巻物が置かれているのに気づいた。
埃を被り、ところどころ破れている。
広げてみると、そこには読めない文字が羅列されていた。
しかし、その巻物の端には、
どこか見覚えのある模様が描かれていた。
それは、私の目尻に浮かぶ、
金色の鱗のような模様と瓜二つだったのだ。
私は息を飲んだ。
これは一体、何を意味するのだろう。
私の体に宿る謎の模様。
そして、この巻物。
まるで、見えない糸で結ばれているかのように、
私の中に、新たな疑問が渦巻いていく。
深海の底で眠っていた何かが、
ゆっくりと、目覚めようとしているのかもしれない。