母が安産を祈願したのは、実は"安眠"の神だった件〜ラスボス討伐条件は睡眠の加護を持つ俺が勇者の隣で熟睡すること!
轟音に、世界が揺れる。
民を守る最後の砦は、ヒビだらけの城壁だけ。
地上には黒く不気味な影が這い回り、そこかしこに怒声と戦闘音が響き渡る。
そんな戦場で、俺に課された使命はただ一つ。
「今すぐ熟睡すること」
戦地には不釣り合いな天蓋付きベッドに横たわる俺。
その周囲には、国随一の攻撃力を誇る勇者を筆頭に、歴戦の猛者たちが武器を構え、じっと待っている。
彼らは、俺が眠るのを——そして目覚める瞬間を——待っているのだ。
だからこそ俺は……
「……全っ然、寝れない!!!」
◇◇◇
事の発端は、母が安産祈願で間違って安眠の神に祈ってしまったこと。
《なんと熱心なことじゃ! 誰よりも良く眠れるよう……睡眠の祝福じゃ!》
ふざけたパジャマ姿の神様に、はた迷惑な祝福を授けられた。
俺、秋目垂は、子どもの頃から「よく寝る子」だった。
「寝る子は育つ」?
夜だけならいい。
でも太陽の下でも、授業中でも食事中でも登下校の途中でも——おかまいなしに眠気は襲ってきた。
歳を重ねるごとに、その厄介さは増していく。
受験、就活、商談、デート……
空気を読まずにやってくる眠気は、完全に人生の障害だった。
記憶力と考察力には、少しだけ自信があった。
よく眠れる分、頭の働きは冴えていた。
——肝心の試験中に寝てしまうから意味ないけどな!
それでも何とか専門学校を卒業し、就職。
何度か転職を繰り返しながら、ようやく見つけた居場所。
小さな町工場で、俺はクビになった。
寝落ちが原因で上司を怒らせたのだ。
悲しみに包まれた帰り道、突如として眠気に襲われ……
その瞬間、暴走車に突っ込まれた。
そして——異世界にやってきた。
◇◇◇
異世界での最初の試練。
それは「生存しながら眠ること」。
黒い蛇が跋扈する森の中で、慈悲深き眠りの神は3つの能力を与えてくれた。
《垂のパラメーター》
赤:寝落ちまでの残り秒数を表示
青:睡眠の質を点数化
黄:異世界人に安眠を布教することで上がる。日本帰還に必要な値
このありがた〜い能力のせいで、俺はいま絶賛ピンチ。
『3』『2』『1』——
赤いカウントが寝落ちを告げる。
そんな俺を助けてくれたのが、金髪金眼の狩人・フミンさん。
不眠に悩む、寡黙な男性だ。
名前はちょっと残念だが、命の恩人。
俺は彼を不眠の苦しみから救いたいと誓った。
◇◇◇
フミンに連れられてやってきたのは、城壁に囲まれた工場の街。
そこで垂は2つ目の試練に直面する。
それは「金がなければ寝床もない」。
フミンと優しい宿の女将に助けられ、どうにか工場に就職。
しかし今度は「16時間のブラック労働」。
……って、8時間勤務で16時間休憩の間違いじゃないのか!?
「8時間勤務で16時間分の成果を出してみせます」
非効率な現場を見て、俺はそう宣言した。
そしてもう一つの試練。
「劣悪な睡眠環境」。
異世界の寝床は、ノミダニだらけの藁布団。
そこから始まり、ハンモックにチャーポイ(紐編み布団)、ウォーターベッドなど、さまざまな寝具をプロデュース。
文明レベルの低いこの世界で、俺は安眠のために試行錯誤を重ねていった。
◇◇◇
工夫を凝らした宿は、安眠体験宿として大繁盛。
工場でも、俺の機械技術と効率化提案で生産性は大幅に改善。
炭酸泉の足湯、ヨガ、朝活モーニング……
思いつく限りの安眠アイテムを提供し、街の人々の眠りの質は格段に向上していった。
異世界に現れる「黒い蛇」は、人々の不安から生まれるモンスター。
眠りの質が良くなれば、人々の不安は減り、蛇の数も自然と減っていった。
◇◇◇
日本に帰るため、地道に安眠布教に努める垂。
順調すぎる日々に、誰もが油断していた——。
その時、巨大蛇が街を襲う。
原因は隣国の暴走。
不安から生まれる蛇のエネルギーを人工的に生み出そうとして失敗、国ごと崩壊。
暴走した巨大蛇が、ついにこの街にもやってきたのだ。
勇者が討伐に派遣されるも、「魔」と呼ばれるエネルギーが足りない。
聖職者たちを集めても、まだ足りない。
まもなく城壁は破られる……。
「……1人だけ、心当たりがある」
狩人フミンがそう告げた先にいたのは——垂だった。
◇◇◇
そして、冒頭の場面へ戻る。
巨大蛇が城壁に迫る最前線。
その向かいに、勇者たちに守られながらベッドに横たわる垂がいた。
改めて、垂の能力を確認しよう。
《垂のパラメーター》
赤:寝落ちまでの残り秒数
青:睡眠の質(点数)
黄:安眠布教によって蓄積。帰還に必要な値
今、最も重要なのは**「青」**のパラメーター。
これは寝起きの一瞬に「魔」を発生させる指標。
つまり、良質な睡眠を得ることで、高い魔力を放つことができる。
だからこそ、ラスボス目前にベッドが設けられた。
ハーブ湯の足湯。ヨガとストレッチ。
白湯を飲み、耳栓をして、可愛い羊を数えながら……さあ、夢の中へ——
銃声。
壁が砕ける音。
怒号。
「眠れるかぁっ!!」
あまりの戦闘音に、思わず布団を蹴り飛ばす。
『98』ピロン。
視界に赤い数字が表示された。
それは、気絶までのカウントダウン。
「やばいやばい!」
赤の数字がゼロになると、強制的に寝落ちしてしまう。
今必要なのは質の良い睡眠。寝落ちは最悪だ。
赤パラメーターは、ストレスや疲労が溜まっている時に表示される。
カウントゼロ後の睡眠は、質が最も悪い。
その結果、「青」のパラメーターはマイナスとなり、周囲の魔力を吸収してしまう。
つまり、勇者たちの戦闘力を奪ってしまうのだ!
「やばいやばい、早く寝ないと……!」
『65』『64』『63』
果たして垂は、カウントゼロの前に寝付くことができるのか——!?
《続きは本編にて!》
最後までお読みいただきありがとうございました。
もしこの短編を楽しんでいただけたなら、本編である
『あと◯秒で寝ます!〜突発性寝落ち体質が、異世界で安眠布教に目覚めた件〜』
もぜひ覗いてみてください。
眠気と戦う(?)主人公が、異世界で「快眠こそが正義」と奮闘する長編ファンタジーです。
本編ではさらにパワーアップして眠りの魅力をお届けします。